第五十七話 土塊

 もりもりもりと地面が盛り上がった先から現れたその大きな物体には苔や土、枯葉などがからまり付着していた。大きな山のような者は長身のローガンを見下ろすほどの高さになった。

「魔王の……右腕ぇ右足ぃ」

 と響く声で唸ったが、それだけで地面がうねり華奢なソフィアはひっくり返って尻餅をついた。

「卑怯者がぁああ。魔王様を裏切り、己らだけ逃げくさってぇええ!」

 その声だけで地面が揺れるので、ソフィアは立ち上がる事も出来ない。

 ローガンとエリオットは別にたじろぎもせず、すました顔で立っている。

 メアリが元の四つ脚の獣の姿に戻って、守るようにソフィアの前に出た。

「ううう」

 と唸っているが、全身の毛が逆立っている。

 メアリでは太刀打ち出来ないほどの魔力であるという事だ。

「犬ころがぁぁ」

 山のように巨大な固まりが腕を振った瞬間、「キャイン!」とメアリが吹き飛んだ。


 ソフィアはそろそろと立ち上がった。

 地面はまだ揺れていたが側の樹木を支えに立ち上がる。

「何なの、こいつ」

 とソフィアが呟いた。

「右腕ぇ、人間界に隠れ住んで人間の小娘に媚びて食わせて貰ってんのか? ああ? てめえ、魔族のくせに人間に付き従うなんざ、魔王様の右腕が堕ちたもんだなぁ! おい! そうは思わねえか?」

 と大きな魔獣が叫ぶと、そこらかしから冷やかしのような雄叫びが沸いた。

 集まってきた魔族、魔獣達は二重三重にソフィア達を囲んで、臭い息と人間への憎悪の念を吐く。

「魔王様亡き後、どう暮らそうと俺達の勝手だ。お前らは地下に埋もれて眠ってろよ」

 とエリオットが言った。

「はっはっは!」

 と土塊が巨体を震わせて笑い、

「笑止! 魔王様の死と共に魔族の誇りも無くしたらしいな!右腕右足! そこの幼女、か細くて食いでもないが、久しぶりの人間だ、我が喰らってやるぞ!」

 と言った。

 土塊が遙か上からソフィアを見下ろした。

 人間は魔族を見るだけで震え上がり、泣き叫ぶ。

 がたがたと身体を震わせて這々の体で逃げ惑う。

 それが魔族の常識だった。

「ローガン、何なのこいつ? 魔王の尻尾かなんかだった奴?」

 とソフィアは言い、ローガンはくすっと笑った。

「いえ、それほどの者ではございません」

「ふーん、そうなんだ」

「貴様! 我を愚弄するか! 脆弱な人間の分際でぇえええ」

 とまた土塊が咆哮した。

 地面は揺れ、さらに集まってきた魔族どもが一斉に吠える。

「あー、うるっせえ……エレナは逃がしちまうしよ……うんざりだ」

 ぷるぷると震えているソフィアを見下ろした土塊は小気味よさそうに笑う。

「なんと震えているではないか! そうだ、人間よ、泣き叫び許しを乞うがいいぞ!

 この残虐な我に懇願しろ! はっはっはっは!」

「ああ!? うっせえな! てめえ!」

 ソフィアの手には先程召喚した銀のナイフが握られたままで、彼女はそれを土塊の胴体に突き刺した。

「てめぇ、今頃出てきて、偉そうに語ってんじゃねえよ! セイント!」

 ソフィアがそう叫んだ瞬間、ローガンはやれやれという顔で、エリオットはクスッと笑い、そして土塊はソフィアのナイフから発せられた聖魔法で身体に聖なる十字架を刻まれた。

「ぎゃあああああああああああああああああ」

 十字架の傷の内側に侵入した聖なる光は土塊の内部を破壊し、土塊は一瞬でぼろぼろとその身体を崩して消えた。

 その聖なる光の余波でソフィア達を囲んでいた魔族の何百匹かが消失し、それを見て残った魔族達は悲鳴を上げながらいっせいに姿を消した。

「ちょ、ソフィア様、聖魔法を使う時はもう少し配慮してくんないと。俺達も魔族だからね? 今、ちょっとやばかったからね? メアリなんか消滅しちまったんじゃない?」

 とエリオットが言った。

「え、メアリ! 死んだ?」

「だ……大丈夫っす」

 地面が動き、瀕死の獣型のメアリが顔を出した。

「やばかったっすけど……地面の下は効果も薄かったっす」

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