第五十五話 キャンプ初日の夜 3

「ひいい」

 ヘルマンは這いながらテントを出た。

 ソフィアが腕組みをして睨み、顔を火で焼かれたジョサムは蹲ったままだった。

「どうして……」

「それはこっちのセリフだっつの。さっさとエレナを起こしてきなよ。お前らみたいな小物は殺さなくてもいっかと思うんだけど、自分の邪魔されるのめっちゃ嫌いだから。エレナを起こしてきたら逃げなよ。成績には関わるけど命よりリタイアする方がましでしょ?」

「は、はい」

 とヘルマンは火傷で呻いているジョサムを助け起こそうとした。

「けどお前らが、学院のカスたちとソフィアをいじめた事実は消えねえからな。いつあたしの気が変わるかもしれないんだから、この先の学院生活、気をつけなよ?」

 とソフィアがふふふと笑いながら言い、二人は大慌てで立ち上がりエレナのテントの方へ飛んで逃げた。


 エレナは揺り起こされて目を開いた。

「何よ~~」

 暗いテントの中でヘルマンとジョサムが自分を見下ろしていた。

「驚くじゃないの! 何? テントとはいえレディの寝室に許可もなく入ってくるなんて!」

 とエレナは語気を強めた。普段なら格下の爵位を持つ子息なのでエレナの言いなりだが、二人はエレナに睨まれてもそれに動じず、テントの外をちらちらと見ながら、

「エレナ様、す、すみません、ソフィア・ヘンデルが……」

 と言うだけだった。

「何? もしかして、あなたたち、ソフィアを殺してしまったとか? それはやりすぎよ。でも、キャンプでの出来事ですもの。そういう事故もあるって……」

 エレナが言った瞬間、ざくっと音がして、エレナの布製のテントが切り裂かれた。

 その切れ目の向こうに立っている人影がソフィアだという事にエレナはすぐに気が付いた。

「よくも私のテントを切り裂いたわね! これはあなたみたいな貧乏人が使う学院の共用テントじゃなく宮廷魔術師が特注で使う高級な物よ!」

 エレナは毛布をはね除けて起き上がり、テントの外に顔を出した。

 ヘルマンとジョサムはすぐさまエレナの元から走り去る。

「え、ちょっとどこへ行くの! 私を一人にするなんて! お父様に言いつけるわよ!」

 エレナの叫びに彼らは振り返る事もなかった。

「少し脅されたぐらいでご主人様を捨てて逃げ去るなんて、宮廷魔法剣士なんてとても無理じゃないの」

 とソフィアが笑った。

「何よ! あなたの仕業なの? この私にこんな事をしていいと思ってるの?!」

「仕掛けてきたのはお前だ」

「!」

 剣召喚で出した銀色に光るナイフをのど元に突きつけられて、エレナは口を閉じた。

「お前、レイラに学院辞めさせたくて、虐めてたんだってな? それでレイラが復学したらあたしのせいだって、このキャンプであたしを殺せって、あのへなちょこ魔法剣士らに言いつけたんだよな? そんで返り討ちに遭ったら、被害者づらすんな。お前が公爵家の娘だろうが関係ないね。あたしに牙を剥くやつはみんな殺すって決めてんだ」

 ソフィアはふふふと笑った。

「そ、そんな事をしたらヘンデル伯爵家は取り潰しよ!」

「ははは、いーね。お前、ソフィアが伯爵家でどんな扱いを受けてたか知ってんだろ? ゴミみたいに扱っといて、取りつぶしになるって慌てても知らねえよ」

「……あなた、誰よ? ソフィアじゃないのね?」

「へえ、どうしてそう思う?」

「魔法が使えるんでしょ? ソフィアはそんな事出来なかったし、あなたみたいにはっきり意見を言う子じゃなかったし」

「はっはっは」

 とソフィアは笑った。

「いいえ、あたしがソフィア。この世界の人間を鏖にするつもりのソフィアだ。でもお前には聞きたい事がある」

「何?」

「レイラを学院から追い出すのは光の娘、所謂聖女候補だからだろ? お前の姉を聖女にするためだけにレイラを虐め殺そうとしたのか? そんな事で?」

「そんな事って……聖女になるのはとても名誉な事で……ゆくゆくは王族に嫁ぐようになるんですのよ? それをレイラに持っていかれたら……私達貴族が……平民の子に頭を下げて敬わなければならなくなるのよ?!」

「だから?」

「だからって! そんな屈辱! あり得ないわ」

「光の娘なんだからしょうがないじゃない? そもそも国がそう決めた事なんだし?」

「光の娘が現れるのは現存する聖女がお隠れになるか、そのお力が衰弱した時ですわ……平民からの出現はとても稀で、数百年単位の話ですから、自分の時代に平民から出るなどあり得ないと思い込んでいて……だから余計に腹立たしく」

「でも、あんたの姉に、うちのケイトもそうでしょ? 聖女候補でしょ? 確かにレイラは力が強いと聞いてるけど、他にも潰し合う相手はいるじゃない。そもそも聖女なんて何人いてもいいんじゃないの?」

「ええ、でも一番力が強い娘だけが聖女を名乗れるのですわ。他の者は聖女補佐になりますから。それだけでも、レミリアお姉様やケイト様には屈辱でしょう」

「そのレミリアお姉様、あんたがこのキャンプに出発する時、何も言わなかった?」

「何を?」

 エレナが首を傾げた。

「この森の魔獣の瘴気が濃くなってる事とかよ」

 ソフィアがそう言った瞬間に地面がぐらりと揺れた。

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