第五十四話 キャンプ初日の夜 2 

「ふえー」と言いながらソフィアがテントから出てきた。

 役目交代のローガンがテントへ戻り、「魔獣には襲われる事はないですから」と言って笑った。

「魔獣には、ね」

 とソフィアが肩をすくめた。

「中等部のジョサムとヘルマンは公爵令嬢の機嫌取りの為にあなたを攻撃するでしょう」

 ソフィアは面白くもなんともないと言う顔だったが、

「返り討ちにしてやんよ」

 と呟いた。

 そのソフィアへ地面の影が、

「ぜひ、私にお任せ下さい」

 と声をかけた。

「メアリ? 残りかすならあなたにあげるわ。でも私の獲物に手を出しては駄目よ?」

 とソフィアが言い、地面の影は大人しく姿を気配を消した。



 小さくなった焚き火に木の枝を放り込みながら、ソフィアはその火を眺めている。

 そのソフィアの背後にジョサムとヘルマンが近づき、ソフィアの両側に腰を下ろしながら、

「マジックボックスなんて凄いじゃん」

「いつの間に? 魔力ゼロじゃなかったっけ? ソフィアちゃん」

 と二人が言った。

「ええ。最近、魔力が発現しましたの。ですからもう役立たずだのと言われる事もなくなるはずですわ」

 とソフィアが言って笑った。

「でもさ、君の身体の傷は消えないだろ? 学園中で玩具にされてた過去は変わらない。だから君はこれからもみんなの玩具さ」

 とジョサムが言った。

 彼らは魔法学院の中等部の生徒で目指すところは魔法剣士だったのでいつも帯剣していた。

「そうそう、マジックバッグは稀なギフトだけどさ。商人になるわけでもなければね、僕らが国の魔法剣士になった時には荷物持ちなんていくらでもいるし。そもそも、それしか出来ない貧しいやつらの仕事を取るのもどうかと思うしな」

 とヘルマンも言って、ソフィアをじろっと見下ろした。

 二人ともにソフィアよりも七つは年上で、背も大きく、剣士を名乗るだけあってまずまず鍛えた身体だった。剣王学院の生徒よりは華奢で頼りないが、それでも今まで培って来た魔法と剣との融合技には自信があった。

 少し手荒く扱えば折れてしまいそうな小さく儚いソフィアの身体はそこらの野ウサギよりも簡単に傷つけられる。

 学院で虐められ玩具にされていた時も、ソフィアは泣いてもごもごと許しを乞うだけだった。どんなに辱められても、ソフィアはしくしくと泣くだけだった。

「所詮、君は僕らの玩具でしか生きていけない。貧しいメイドの子だろ? 僕ら貴族の役に立つんだ。むしろ光栄だろ?」

「貴族ね……公爵クラスならともかく、子爵や男爵程度でよくそういうの平気で言えますわね」 

 とソフィアが言い、それに二人は顔を見合わせた。

 口返事をするソフィアは初めてだっからだ。

「どうせ、エレナに言われてやってるのでしょ? ご主人様の言うことをはいはいって素直な家畜ですこと。さぞかし将来有望なんでしょうねぇ」

 鼻でふっと笑い、いかにも馬鹿にした口調だった。

「なんだお前! 貴様はいずれ惨めな奴隷に落ちるんだぞ!」

「そうだ! 今、素直に僕らに従わないと、奴隷落ちが早まるんだぞ!」

 二人は語気を強めてそう言ったが、ソフィアは興味なさそうにふああとあくびをしただけだった。

「生意気な!」

 とジョサムの手が上がりソフィアの頬を叩こうとしたが、その時には焚き火の中から拾い上げた燃える枯れ枝をソフィアが先にジョサムの顔に押しつけた。

「ぎゃあああ!」

 とジョサムが悲鳴をあげ、顔を押さえて蹲った。じゅっと微かな音と、肉が焦げる匂いがいた。

 ソフィアはヘルマンを見て、

「お前、エレナを連れてこい」

 と言いつけた。

「え……」

「あのガキの言いつけなんだろ? だったら自分でやれよって言ってこい」

 とソフィアがヘルマンを睨んだ。

 途端に彼らを巻き込む、濃厚な闇の瘴気。

 ソフィアの背後に闇の気配が蠢く。黒く邪な気配がヘルマンへ近づく。

 魔法剣士を目指しているとはいえ、ヘルマンもジョサムも今はまだ実践の経験もない学生だ。

 ジョサムは顔を押さえて、痛い、痛いと呻いている。

「こ、これは……」

 ヘルマンは突っ立ったままで怪我を負ったジョサムを気遣う振りもない。

「連れてこないと、こいつは殺すし、お前も殺す。あたしのメイドは大食いでね、腹ぺこがたくさんいるから」

 とソフィアが笑い、ヘルマンは後ずさりをしながらテントの方へ近寄って行った。

 そしてエレナのテントへ行くと思いきや、リーダーであるブライアンのテントに駆け込んで、

「助けてください! 魔物です!」

 と叫んだ。

 テントは危機的状況に瀕した場合でもすぐに皆が駆けつけられるように焚き火台のすぐ側に設置してあるし、もちろん皮の鎧を着用し、衣服も靴も身につけたまま横になっている。

 だがブライアンもカイトも、その他のテントも誰もヘルマンの叫びに呼応しなかった。

 ヘルマンはテントの幕をめくって中を覗いた。

 ブライアンとカイトが横になっているのは見えるが、眠っている。

 ヘルマンは這いずりながら中へ入り、ブライアンの身体を揺さぶった。

「助けてください! あの女、おかしいんです!」

 だがブライアンからは規則正しい寝息が聞こえるだけだった。

 その隣のカイトもおなじだった。

 そしてそれは魔法によってもたらされた眠りである事にヘルマンは気がついた。

「そんな……どうして……」

 ボスッとテントの横側が凹んだ。

「出てこい。無駄よ。完全に眠ってるからね。ちなみに、ここから半径五百メートル以内の生物は眠ってるから。学院の先生だろうが、魔獣だろうが、みーんな、夢の中だから」

 とソフィアの声がした。


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