第五十三話 キャンプ初日の夜
「今日はここで野営する」
指示された場所に到着するとリーダーを務めていたブライアンが言った。
魔獣が出る森林地帯は危険きわまりない土地だ。
だが将来、国軍騎士や宮廷魔術師を目指す学生達には修練の場であり、志願してここへ来た者は例え貴族であろうとも警護や使用人をつける事は反則だった。
だから荷解もテント設営も全て自分達でやらなければならない。
剣王学院の者は慣れた様子で荷を解き野営の準備をし始め、ソフィアとローガンも尖った石などない場所を選んだ。
手ぶらのソフィアとローガンに注目が集まる。
異空間からテントや毛布、食器、さらに調理された食料を取り出す。
はたまたテーブルに椅子まで取り出したので、皆の目が丸くなった。
「凄いな! そんな物まで入るのか!」
とブライアンが近寄ってきた。
マジックボックスはギフトという天からの贈り物、恩恵であり、滅多に現れない。
魔術師にしか現れず、さらにその維持に魔力を消費し容量が多いほど魔力を使う。
次々取り出すソフィアの荷物にパーティの面々は驚くばかりだ。
一番遅れて到着したのは手ぶらで歩くエレナと彼女の荷物を背負わされて疲労困憊のヘルマンとジョサムだった。
ソフィアとローガンは優雅に紅茶を飲み、それを剣王学位の生徒達にも振る舞っていた。
焼き菓子も持参し、焼きたての甘い香りが漂う。
それをみたエレナの顔色が真っ赤になり、ヘルマンとジョサムは疲れ果てて地面に白餅をつくような格好で座り込んだ。
ソフィアはエレナを見たがふいっと横を向いた。
それがエレナのしゃくに障り、
「何をやってるの! さっさと私のテントを出しなさい! それに暖かいお茶を入れなさいよ!」
とヘルマンとジョサムに向かって怒鳴った。
「エレナ様……少しお待ちください」
ヘルマンとジョサムは背負っていた荷物を下ろした。
荷物の中からやかんや茶葉などを取り出すが、焦って手際が悪い。
ガチャガチャと音を立てながら水筒から水をやかんに注ごうとする彼らに、
「何をやっているの? 私の座る椅子は? それに足を洗って頂戴。疲れたからマッサージもね」
とエレナがまた怒鳴った。
学院では身分に上下もなく生徒は平等だが、四大公爵家の子息に対してはそれは通用せず、それが身に染みている下級貴族の子息達は媚びへつらうのが常だった。
「す、すみません、エレナ様」
ヘルマンとジョサムは中等部の生徒で、エレナよりも年上だが生まれながらの公爵令嬢である彼女には不平を漏らせるはずもない。
優雅に茶を飲むソフィアとローガンをちらっと見てため息をついた。
「火なら使うといい」
とブライアンが声をかけたので、ヘルマンは頭を下げてからやかんを手に火に近づいた。
「すみません」
剣王学院の生徒四人は火を中心に集まり、パンを食べたり干し肉を囓ったりしている。
ソフィアの出した小さめのテーブルにはポットとカップ、そして甘い匂いさせる焼き菓子が皿の上にあった。
ヘルマンはごくりと喉を鳴らしながらもやかんを火にかけた。
ソフィアがエレナを見ると、ジョサムがエレナのテントを出して組み立てていた。
エレナは文句を言いながら切り株に腰を下ろしている。
「大変ですわね。研修と名のつく学院の行事に参加しておきながら身の回りの事も人任せだなんて」
とソフィアが冷やかすように言った。
ヘルマンはちらっとソフィアを見たが、それには返事をしなかった。
「さて、ソフィア、我々も腹ごしらえをしておこうか」
と紅茶を飲み干したローガンが言い、立ち上がった。
「何を食べたい? 今日はたくさん歩いたから疲れただろう?」
「そうですね。お兄様の食べたい物でいいですわ、私、たくさん食材を持ってきました。もちろん、すぐに食べられる物もコックがたくさん持たせてくれたのですよ。うちのコックは私の為にたくさん美味しい物を作ってくれるんですの」
ソフィアがぱっと手を開くと、皿に乗ったままの大きな鳥の丸焼きが出てきた。こんがりと焦げて美味そうだ。
干し肉を囓っていたカイトがぴゅーっと口笛を吹いた。
「凄いね! 焼きたてじゃん、うまそー」
「良かったら一緒にいかがですか? まだまだありますから。他の人に道具も食材もお借りしなくても大丈夫なんですよ。私達」
とソフィアが笑った。
深夜、野営地では交代で見張りを置く。
どんな場所でもそれは冒険者パーティとしての決まり事で、学生の研修でも同じ事だ。
剣士と魔術師がコンビを組んで見張り、それ以外の者は身体を休める。
初日の夜、最初の見張りはカイトとエレナとジョサム、そしてローガン、レイジ、デリク組、三組目はブライアン、ソフィア、ヘルマンだった。
だが、最初の見張り番のジョサムが腹痛を訴え、それにブライアンが交代を申し出た。
夜は静かに通り過ぎ、魔獣も出現せず、深夜の寝ずの番は何事もなく交代していった。
三組目の番になり、ブライアンが再び見張りに立とうとした時、
「最初の時に出られなかったので、私が番をします」
とジョサムが顔を出した。
「体調はもう大丈夫なのか?」
「ええ、もうすっかり、ですので私が番に行きます」
「そうか、何かあったらすぐに起こしてくれよ」
とブライアンはジョサムの案を承諾した。
そしてジョサムは火の番をしているソフィアの後ろ姿に目をやった。
ヘルマンもテントから出てきて二人は顔を見合わせた。
「計画通りだな」
「ああ、やるぞ」
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