第四十五話 嫉妬
「叔父様、私、着替えてきますね。居間でお茶でもいかがかしら?」
「いいね」
嬉しそうな顔でうなずくフレデリックにソフィアは内心、糞野郎と思いながらも笑顔で階段を駆け上がった。
部屋にはマイアとメアリが待機しており、
「ケイト様はお楽しみの後、真っ裸でご自分のベッドでお休み中ですよ」
と言ってクスクスと笑った。
「あんなにやけた男のどこがいいんだろ。趣味悪い」
とソフィアが言った。
ソフィアを普段着のドレスに着替えさせながら、
「ローガン様やエリオット様に似てますし顔は綺麗なんじゃないですか。人間は美醜を語るものでしょう」
とマイアが言った。
「確かにローガンは学院でも人気者らしいから、そうなのかも。でもフレデリックって無職なんでしょ? 伯爵からの援助で生きてるらしいじゃない。女遊びと賭け事と散財に人生費やして……そういう人間知ってるけどたいていがクソ。そうそう、メアリ、そろそろケイトお姉様を起こしてさしあげて。それと誰か暇なやついたらな……」
何やらメアリに耳打ちをして、ソフィアはドレスに着替え部屋を出た。
階下の居間ではフレデリックがにやけた顔でソフィアを見た。
お茶でもいかがと言ったはずだが、フレデリックは酒を飲んでいた。
伯爵の留守の間にと、高級な酒瓶をワルドに持ってこさせ封を切る。
「ソフィア、こちらへおいで」
とフレデリックは自分の膝を叩いた。ここへ乗れと言っているのは明白で、八歳の幼女にすれば親族の叔父の膝に乗るのはごく普通のことかもしれない。
けれどソフィアは両腕に鳥肌が立つほど嫌悪感がした。
ソフィアは幼女好きの男が怖気がふるうほど嫌いだ。何も分からない幼い子供に猥褻な行為をする性犯罪者よりは人殺しの自分の方がましなのではとソフィアは思う。
前世を少し思い出してソフィアはケッと言った。
「あら、駄目ですわ。ケイトお姉様に叱られてしまうわ」
と言い、ソフィアは向かいのソファに腰を下ろした。
「ケイトが何故怒るんだい?」
「叔父様の膝の上はケイトお姉様の場所だから。恋人なんでしょう?」
「ケイトは可愛い姪っ子さ。それ以外何者でもないよ。さあ、こっちへ来るんだ」
ソフィアはフレデリックの側に立つワルドを見た。
魔王の右足は面白そうな顔でフレデリックを見下ろし、どんどんと高級な酒を勧めメイドのマイアが代わりのグラスを次々と持ってくる。
「まあ、おとうさまの大事になさっている高価な酒をこんなに飲んでしまわれて」
とソフィアが言った。それにカチッときたのかフレデリックは、
「ふん、先代からの財産だ。同じ血族の私が飲んで何が悪い。長男だからというだけで伯爵家を継いだだけじゃないか。さあ、ソフィア、こちらへおいで」
と言った。
ソフィアは素直にフレデリックの隣に座った。
早速、肩を抱き自分の方へソフィアを引き寄せる。
ワルドもマイアもニヤニヤしながらソフィアを見ている。
「でも、先程も言いましたけど、私、ケイトお姉様が本当に怖くて……あの鞭で叩かれるのはもう嫌」
とソフィアが言うと、
「こんな小さな子に鞭を振るうなんて酷いな」
とフレデリックの腕に力が入った。
「さようでございます。フレデリック様、ケイト様の鞭でソフィア様の背中にはミミズ腫れの跡が残っているのでございます。白くて小さなお背中にです。おかわいそうなソフィア様」
とマイアが言った。
「何だって! 見せてみなさい」
とフレデリックが言い、ソフィアは首を振った。
「たいした事はございませんわ」
と小声で言って俯いた。
「見せなさい!」
ソフィアのドレスの背中のファスナーに手をかけ、引き下げる。
白い背中に鞭の跡があるのは一目瞭然だった。
「なんて酷い事を……」
ファスナーを引き下げられたせいでずれてくるドレスを胸の前で慌てた風に押さえるソフィアと、それに構わず背中に手を入れようとするフレデリック、そしてケイトとメアリが満面の笑顔で居間に入ってくるのがすべて同時だった。
「ソフィア! 何しているの!」
とケイトが叫び、ソフィアは怯えたような顔をした。
フレデリックが「ケイト! こんな小さな妹に鞭を振るったというのは本当か!」
と怒気を含んだ声で言い、ケイトは一瞬、言葉に詰まった。
「フレデリック叔父様、私は大丈夫ですから……ケイト姉様を怒らないで下さい。ケイト姉様がおかわいそうです」
とソフィアが言ってケイトを見返ったが、その唇がくいっと右にあがり、歪んだ笑いを見せた。
「ソフィア! お前!」
とケイトの手があがり、ソフィアは「キャ」と言ってフレデリックにしなだれかかる。ますますケイトの顔が上気し、嫉妬で醜く歪んだ。
「叔父様から離れなさいよ!」
ケイトはソフィアの腕を掴んで引き剥がした。
その衝撃でドレスがズレて肩と腕が露わになる。
ほっそりした白い肩に華奢な腕にフレデリックの視線が一瞬見惚れたが、
「やめないか!」
と次の瞬間、フレデリックの大きな手の平がケイトの頬を叩いた。
「あ、」と言って床に倒れ込むケイト。
「叔父様……なぜ……」
叩かれた事が信じられないという顔でケイトはフレデリックを見上げた。
「クスクス」と小さな笑い声がした。
「ソフィア、お前……」
「フレデリック叔父様は年増には興味ないんですって」
ケイトの顔色が変わった。
「お前! メイドの子の分際で!」
急いで起き上がり、ソフィアに掴みかかろうとしたが、逆にソフィアがさっと立ち上がり、目の前のテーブルに置いてあった酒瓶を取り上げそれでケイトの顔を殴りつけた。
「ぎゃ!」
と叫んでケイトは床に倒れ込み、見ていたフレデリックも思わず腰を浮かせた。
「お前、うるせえ。変態ロリコンおっさんと血の繋がった叔父と平気で乳繰り合う色情魔、揉めさせたらおもろいと思ったけど、面倒くさくなった。実際、自分の手で殺るのが好きだし楽しいしね」
ソフィアの変貌に唖然とするフレデリックとケイト。
「ソフィア……何を?」
ソフィアはドレスを着直してから、
「ケイトの虐めは本当に酷かった。ナタリーやメイドに言いつけ、徹底的にソフィアを虐めた。最後は庭の噴水でに沈められて死んだ。殺すつもりはなかったのは知ってる。ソフィアに死なれたら困るもんな。お前の母親、ソフィアとオルボン侯爵の長男との婚約を取り決めてきたよな?」
ケイトの顔が青ざめる。
フレデリックはわけが分からない顔でソフィアとケイトを見ている。
「万が一ソフィアが死んだりしたらお前が嫁がされるだもんな。まあ、誰だって嫌だよな。お前の母親、侯爵家と縁続きになる為にソフィアを差し出すってマジ鬼畜じゃん。ソフィアが駄目なら長女のお前だろ? でもお前はロリコンジジイと一緒になりたかった。オルボン家に嫁げば虐めから逃げられるってソフィアに言ってたよな。ソフィアはそれでも少しは希望を抱いてたんだ。どんな人間でも旦那様になる人間に尽くせばってな。だけど、オルボン侯爵家の跡継ぎ、うちのマルク以上の引きこもりで、もう何年も風呂も入らない不潔なデブで食うだけが生きがいの、ゴブリン以下つったら、ゴブリンに気の毒なくらいの代物だった。ソフィアは絶望してしまったんだよ。お前らのせいで」
「ソフィアをオルボン家に嫁がせるのは……お母様の意見だわ。お父様も賛成してた。私は何も……」
「どうでもいい、そんなこと。お前らの悪巧みはお前らの勝手だ。好きにすればいい、この時代、貴族なんてそんなもんなんだろ? だがな、それならそれで報復されても仕方ないって話さ。あんたらがソフィアを虐めるのが楽しいなら、あたしもそうさ。あんたらをぶっ殺すのが楽しくて仕方がないね」
とソフィアが言って笑った。
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