第四十四話 ケイトの恋人

「フレデリック叔父様!」

 満面の笑みで男に駆け寄っていくケイトの表情は頬が上気し、とても嬉しそうだった。馬車から降り立った男、フレデリックは両手を広げ駆け寄るケイトを抱き締めた。

「お嬢さん、 元気そうで何よりだ」

 フレデリック・ヘンデル卿、ヘンデル伯爵の一番下の弟で、無職。金髪碧眼の素晴らしく美しい男。その顔を生かして女からの貢ぎ物と兄弟からの仕送りで生きていた。

 ローガン、エリオット兄弟は伯爵のすぐ次の弟の子供で、フレデリックは三男になる。

 三十になったばかりで、美貌には気をつけているので、いつまでも美しい青年のままだ。


「兄さん達はいないんだろうな?」

「ええ、ナタリーの事で父様と母様は静養の為に領地へお帰りになってしまったわ。かなり落ち込まれてたから……私だって……どうしてすぐに来て下さらなかったの?」

 とケイトが恨みがましく言った。

「ごめん、ごめん、しばらく国を離れていたからね。実は隣国の貴族と知り合いになって招かれていたんだ」

「まあ、そうなの!」

「隣国の珍しい土産をたくさん買ってきたよ。他の子供達は?」

「マルク兄様は部屋に閉じこもっているけど、ローガンとエリオットは学院よ。夕食には揃うでしょう」

「そうか」

「でも、夕食までに私を可愛がってくださる時間はあるわ」

 とケイトが小声で言い、両胸をフレデリックに押し当てた。



「ああ、フレデリック叔父様!」

 日に焼けた逞しい身体にしがみつき、ケイトが吐息を漏らした。

「可愛いケイト。他の男にこの綺麗な身体を見せてはないだろうね?」

「も、もちろんだわ……私の身体も心も全てフレデリック叔父様の物……叔父様……一生私を離さないでくださいますわね?」

「もちろんだ、可愛いケイト」

「ああ、叔父様!」

 官能の絶頂意に達したケイトはすぐにうつらうつらとしだした。

 フレデリックに操を立てていて、他の男など考えもつかないが、とうのフレデリックが屋敷を訪れるのは年に二回ほど。父親である伯爵は吝嗇家で弟へ仕送りすのを嫌がっていた。

 早くどこかの金持ち令嬢へ転がり込めばよいものを、と考えていたが女遊びの好きなフレデリックは遊び歩いて身を固める気配がない。

 兄に嫌われているのを口実にこの屋敷へ足が遠ざかるのは、ケイトに飽きてきていたからだ。見えない事はないが、美人というほどでもなく、ぎすぎすした身体。フレデリックにまとわりつく情念が重く、どこのサロンや舞踏会でも遊び人で人気者のフレデリックにはその一途さが気持ち悪い。ケイトが八つの時に彼女を女にしたのは、元々が若い娘が好きだからだが、十八ともなればフレデリックにしては旬を過ぎていた。金の為ならばどんな年増とでも肌を合わせられるが、父親に内緒で持ち出す額も少額なケイトにはもう興味がなかった。

 すうすうと眠ってしまったケイトを置いてからフレデリックは部屋を出た。

 食堂で茶でも飲もうと階下へおりたところで、執事のワルドが玄関口で、

「おかえりなさいませ、ソフィア様」

 と言っているのを見かけた。

 コート姿のまま入ってきたソフィアを久しぶりに見たフレデリックはぴゅーと口笛を吹いた。伯爵夫人が毛嫌いしていた愛人の娘だということしか知らず、あまり顔を合わせたことがなかった。

 プラチナブロンドに白い肌、シルバーの瞳。小さな愛らしい顔に華奢な手足。

「なんて愛らしいんだ」

 とフレデリックは呟き、さっそく歩を進めて屋敷の中に入って来たソフィアに声をかけた。

「やあ、ソフィア、久しぶりだね」

 ソフィアはふと視線を声の方へ向けて、フレデリックを見た。

 それから困惑したようにワルドに視線をやった。

「こちらはご主人様の一番下の弟様のフレデリック様でございます」

 ワルドに寄生している魔王の右足がワルドの記憶を探ってそう教えた。

「へえ、どうも」

 とだけソフィアは答え、興味なさそうに行き過ぎようとした。

「おやおや、どうしたんだい?? 伯爵家令嬢は客人にきちんと挨拶も出来ないのかな?」

 ニヤニヤ顔でフレデリックが言った。

 ソフィアは学院の制服姿だったがスカートの裾をつまんで丁寧にお辞儀をして見せた。

 そのソフィアの耳元で囁くワルドの声がした。

「フレデリック様はケイト様の恋人でございますよ。今もケイト様の部屋からのお帰りで。フレデリック様はプレイボーイの名を馳せておりますが実は幼女が一番の好物で。昔からこの屋敷でもケイト様を膝に乗せて遊んでおりました。そしてフレデリック様が幼いケイト様にむしゃぶりついて、彼の肉棒で貫いたのはケイト様が今のソフィア様と同じ年でしたでしょうか」

「はあ?」

 ソフィアは顔を上げてワルドを見た。

 今し方、ソフィアの耳元で囁く声がしたがワルドはすました顔で離れた場所で立っている。

「久しぶりだな。君に会えて嬉しいよ、ソフィア。ナタリーの訃報を聞いてね。兄上は領地へ戻ったらしいし、様子を見に来たんだよ」

 キラッキラの笑顔でフレデリックがそう言い、ソフィアに近づいた。

 親しげに肩を抱き、

「兄上がいない今、子供達だけでは不安だろう? マルクは相変わらず引きこもっているようだし。しばらく逗留しようかと思っているんだ。だから困った事があれば何でも私に相談しなさい」

 と言った。

「まあ、フレデリック叔父様、ありがとうございます。でも……フレデリック叔父様と親しくするとケイト姉様に叱られます」

 とソフィアは返事をした。 

「何故そんな事を?」

「だってフレデリック叔父様はケイト姉様の恋人でしょう?」

 ソフィアがフレデリックを見上げるとフレデリックは焦ったような顔をしていた。

「だ、誰がそんな事を?」

「フレデリック叔父様、ケイト姉様だけに優しいんですもの」

 ソフィアは極上の笑顔を浮かべて見せた。

「そんなことはないさ。皆、可愛い甥っ子姪っ子さ。ローガンやエリオットだって亡き兄上の忘れ形見だし」

「そうなんですか? 私みたいなメイドの産んだ子供でも?」

「変わりは無いよ。兄上がメイドのミランダに夢中になった気持ちも分かる。ソフィア、ミランダに似てきたね。とても美しい」

「えー、でもケイト姉様は私の事が嫌いなんです。メイドの子だからって……いつも私を鞭で叩くんです。あ、いけない。こんな事を言うつもりはなかったのに、フレデリック叔父様、ごめんなさい。どうか忘れてください」

 シュンとした顔でソフィアが言うと、

「鞭で叩くだって? 君を? こんなに白く美しい肌を? なんてこった!」

 とフレデリックが頭を抱えた。  

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