第三十九話 魔王の左足
業務を停止させて集まった使用人達は二十人ほどいた。
執事、メイド、コック、洗濯係、掃除係、御者、庭師、雑用係。
「ローガン、私、クズしか殺さないんだけど」
とソフィアが言い、ローガンが笑った。
「ご心配なく、選別は済んでおります。ソフィア様のお眼鏡にかなわない善人は今もそれぞれ自分の仕事を全うしております」
「そうなの」
「はい、執事達はソフィア様に性的悪戯をし、メイドはソフィア様を虐め、お母様から残された少ない宝飾品を盗み、コックはソフィア様の食事に泥や虫を入れ、腐った物、固くなってカビの生えたパンを食べさせました。掃除係は躾けと称してソフィア様自身に泥水の入ったバケツをぶちまけました。洗濯係はソフィア様の衣服やシーツを洗濯するのを拒み、ソフィア様に汚れた物を使用させました。御者は毎朝、徒歩で学院へ行くソフィア様の横をわざと乱暴に馬を走らせソフィア様を驚かせ転ばせて怪我をさせ、雨の日には泥水を被るようにしました。庭師は土の中から生きた虫を採取してコックに渡しました。それがソフィア様の食事に混入されるのを知ってです。雑用係はこの屋敷で一番身分が低いにも係わらずソフィア様の事を他の者に告げ口し、嘘の悪口を言い広めました。そうする事で他者に擦り寄り、自身の地位が上がるとでも思い上がっているのでしょう」
ローガンはそう言って一番隅っこで小さくなっている雑用係の娘を見た。
青くなっているのは雑用係だけではなく、その場に呼ばれた使用人達はすべて焦った顔をした。だが執事長のワルドもソフィアを疎んでいた事を皆が知っているので、絶望的ではなかった。執事長は自分らの味方で、そしてこの場をどうにかしてくれるはずだと思っていた。
何よりローガンやエリオット、マイアとメアリも同じようにソフィアを虐めていたのは周知で、この場にいるのは皆、同じようにソフィアを虐めていた者ばかりだ。
「ほんと、クズばっかりね」
とソフィアが言った。
「確かに」とローガンが言い、エリオットもくっくっくと笑った。
ソフィアとローガンの会話にしびれをきらしたワルドは顔を引きつらせて、力一杯に鞭を床に叩きつけた。
「ローガン様! いい加減にしてください。一体何のつもりですか! その娘を主人のように扱うのは何故ですか!」
「主人のように? ようにじゃない。ソフィアが俺達の主人だからだ」
ローガンの言葉に、ワルドも集められた使用人達も一瞬ぽかんとし、それからニヤニヤ笑いになった。
「ローガン様、おかしな事を。なぜそのメイドの娘があなたの主人なのですか? エリオット様も、一体どうなさったんですか!」
エリオットはワルドを無視して、ソフィアのほうへかがみ込み、
「実は先日、我の相方が見つかりまして、今日、ここへ来ております。プライドの高いやつですから、何とぞ地位のある人間をお与えくださいますようお願い申し上げます」
と囁いた。
「相棒? 魔王の右足の相棒? 魔王の左足って事?」
「そうです」
「へえ……なんでもいいけど。魔王の左右の足が揃って、それで? 次は腕を探して? 数百年前に勇者にやられた魔王軍の復活を企んでるの? そういうの興味ないんだけど。魔王復活させたいなら他所でやってくれる?」
「めっそうもない、そんな事は企んでおりません。でもとりあえず、執事長を左にくれてやってよろしいですか?」
「どうぞ、お好きなように」
とソフィアが答えるとエリオットは微笑んで、「左、おいで」と言った。
ずううんと地鳴りがし、伯爵家が揺れた。
突然の収集に何事かとザワザワしていた使用人達が身体のバランスを崩し、悲鳴を上げ、辺りを見渡した。
床が丸く黒く変色し、そこから鋭い突起が生えてきた。
丁度その場にいた、雑用係は突起の端に引っかかり、身体を真っ二つに引き裂かれた。
その瞬間でさえ、自分に何が起こってるのか分からない様な顔で死んだ。
人間の身体が綺麗に二体に分かれたのを見た他の使用人達は大音量の悲鳴と共に逃げ惑う。ワルドは腰を抜かし、その場で座りこんでしまった。
五つの突起は銀色で、鋭く尖り、どうんどうんと屋敷を揺らしながら姿を現した。
突起の根元は黒く硬い鱗のような物で覆われ、それが全て姿を現すと、ようやく足先であると認識できた。
「まあ、大きな足だこと。それに強そう。魔王の右足、あなたが出てきたとき瀕死だったらしいけど、左足は元気そう。自身の力だけで生きて行けそうじゃない?」
「とんでもない! 私よりももっと瀕死だった左に魔力を分け与え、ここまで回復させたのは私ですよ! 幸い、この少年が豊富な魔力の持ち主だったのと、ソフィア様から分けていただく最高級の魔力のおかげで。さあ、魔王の左足よ。我らが主、ソフィア様がそこの執事長をお前に下さるそうだぞ。事情は前に話した通りだ。そこの人間を食べて、お前が今日からこの屋敷の執事長だ」
とエリオットが言った。
巨大な左足はきょろきょろと辺りを見渡すような素振りをしてから、ワルドを見た。
ワルドは「ひいいい」と言いながら抜けた腰で後ずさっていく。
「左足さん、あなたが嫌なら無理することないわ。あなたがそれを喰ってしまえば、あなたはこれから執事長として働かなきゃならないわ。魔王の足だったあなたには屈辱かもしれないし」
とソフィアが言った。
左足はひょいと向きを変えてソフィアを見た。
「私はね、私の復讐をしたいだけ。あなた達もあなた達の好きなようにすればいいのよ」
魔王の左足はエリオットを見て、それからローガンを見た。
二人ともにすっかり人間になりきっている。高級な布で仕立てた豪華な服、靴、それに仕えているマイアとメアリも魔物の匂いがするが、すっかり人間に馴染んでいるようだ。
「面白そうだ。枯れた魔力が復活するなら数十年、人間に仕えたところで何の支障もない」
と低くしわがれた声が響いてから、腰を抜かし巨大な左足を凝視しているワルドの方へ足先が向いた。
「ひ……」
とワルドが言った瞬間、大きな左足がワルドを踏みつぶした。
悲鳴を上げて苦しがるワルドが、
「な、何故?! 私がど、どんな罪を! 伯爵家に仕えてさ、三十……確かにその娘に辛辣に対応はした! だが、それが死……死まで課せられる罪か! 主人も奥様……もケイトさ……まも皆、認め……むしろ……喜ばれた。私は模範的な……執事……」
「あなたにあなたの言い分があるのは分かったわ。キツネさん、でもそれは私には通じない。ソフィアを虐めて楽しかったんでしょう? そこにいる使用人達もね。私も同じよ? あなたを虐めるのは楽しいわ」
ソフィアがにこっと笑い、ワルドは絶望を知った。
次に左足がその大きな足を上げた瞬間、ワルドは胸から下の胴体、腰、足先までが厚さ一センチほどになっていた。
「た、たすけ……ロ、ローガンさ……まぁ」
と徐々に弱まっていくワルドの身体に他の使用人達は釘付けだった。
ソフィアに対してやっていた虐めがこれほどの代償を払うようになるとは信じがたかった。
ほんの退屈しのぎだった。
皆がやっていたから。
伯爵家当主自身がソフィアを疎んじていたから。
誰も虐めを止めなかったから。
だが、自分がそうされるかもとは思いもしなかった。
しかも倍返しよりも残酷な仕返し。
「殺しては駄目なのだろう?」
「そうだ。息があるほうが身体を乗っ取っても馴染みやすい。その男の脳を喰って、お前の物にしろ」
とエリオットが言った。
「ゴキュ! グジャ! ボリボリ!」
鮮血が飛び散り、内臓があふれ出す。
骨に付いた肉を喰らい、目玉をしゃぶる。
ワルドの身体が左足によって食い荒らされる様子を使用人たちは青ざめた顔で見ていた。
吐く者、失禁する者、恐怖に負けて自我を失い笑い出す者、様々な反応だった。
残ったのはワルドの頭部だけで、すでに彼の命は閉じていた。
その頭部を一口で喰いごきゅっと飲み込んだ瞬間、左足の身体が今し方残虐に喰われてしまったワルドに変化した。
顔も服装もそのままで魔王の左足はワルドを再現して見せ、ソフィアに丁寧にお辞儀をした。
「このようなしなやかな身体をいただき、感謝いたしますよ。ソフィア様」
「ワルドに聞きたい事があったんだけど?」
「何でもお尋ねください? この男の知識は全て私が」
とワルドになりきった魔王の左足が言った。
「そう、では昔、この屋敷にした庭師の夫妻の居所を教えて。ソフィアを養育して、ミランダにも手をさしのべてくれた人なんでしょう? もし、職がなくて困窮しているようだったら、ここで働いて貰えないかしら。だって今の庭師はいなくなるみたいだし」
ソフィアは庭師を見た。恐怖に震え、失禁したまま、そして心は壊れてしまっていた。
へらへらと笑いながら、すぐ側にある雑用係の肉片を指でいじっていた。
「そうですね。すぐに手配いたします」
と、ワルドが言い、ソフィアは満足そうに笑った。
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