第四十話 フレデリック叔父

「頭が痛いわ……」

 朝日で目が覚めたがケイトの身体は重く倦怠感がのしかかってきた。

「どうしたのかしら……」

 重く自由にならない身体を無理矢理起こすと、

「おはようございます。ケイトお嬢様」

 と声がしてメイドのリーファとパウラがベッドの側に控えており、すぐにパウラが洗い桶に水を汲んでベッドサイドに運び、リーファはタオルを用意した。

「……」

 ケイトはキビキビと働く二人を見て違和感を感じた。

 仕事に関しては厳しく躾けてあり、二人共にきっちりとやる。

 フランとシリルの次に責任を与えてあり、若いメイドを躾ける仕事も任せていた。

 ケイトの従順な僕でもあり、快楽と金銭に目がない。

 それさえ与えておけばどんな仕事でもやる。

 人間性では二人とも悪だろう、とケイトも思っている。

 フランとシリルは母親である伯爵夫人のメイドだった事もありケイトいうよりは伯爵家へ仕えているが、ローファとパウラは明らかにケイトからの報酬が目当てだった。それがあるうちは裏切らず、従順である事もケイトは知っていた。


「よくお休みになられてましたね。丸一日お眠りになって」

 とリーファが言った。

 勝ち気なブラウンの瞳が綺麗な娘だが、金に対する執着が凄まじく愛だ恋だよりも金を貯めることに生きがいを感じている。何がリーファをそうさせるかはケイトは知らない。ただ金で言うことをきく駒であればよかった。

 パウラは逆に淫乱な娘だった。白い肌に甘え上手な言動、顔も可愛らしく、伯爵家へ雇われた時分にはマルクの専用メイドにもなったが、金の為でもマルクへ媚びるのは無理だと、ケイトへ泣きついてきたのを引き取った。

 パウラはマルク以外、執事長のワルドを始め伯爵家に仕える全ての男と関係を持っていた。八歳のエリオットにさえ色目を使い、その小さな性器も咥え済みだ。

 ケイトの世話さえ怠らなければ、いつでもどこでもだれとでも交わる事は許されていた。

 だが今日からリーファには金を数える事が楽しみではなくなり、パウラも二度と人間と性的交わりをする事はなくなった。二人共にエリオットの呼んだ魔王の左足や魔物達によってその身は引き千切られ中身を喰らいつくされたからだ。

 彼女達の皮を貰った魔物は嬉しげにそれを楽しんだ。 

 例え、しばらくの間ソフィアという人間に仕えなければならないとしても、美しい人間の皮は魅力的だった。食いっぱぐれもなく、暖かい寝床、魔力が欲しければソフィアの側にいるだけでよかった。類い希な膨大な魔力の持ち主であるソフィアの垂れ流す魔力を堪能できる。

 ソフィアの眷属になりたがる魔物は増え続ける。



「丸一日ですって?」

「はい、深く深くお眠りになっておりましたわ」

「そんな……」

 ケイトは急いで起き上がり、リーファの用意したドレスに袖を通した。

 揃いの靴をパウラが用意し、

「お食事はどちらでなさいますか?」

 と聞いた。

「ダイニングへ行くわ」

 ケイトの答えに、

「「かしこまりました」」

 とリーファとパウラが同時に答え、微笑みながら頭を下げた。

 


「おはようございます。お嬢様」

 ダイニングへ降りてきたケイトへ、真っ先に声をかけたのは執事長のワルドで、ケイトは何故かほっとした。

 いつもの通り、きちっとした皺一つ無い制服、ピカピカの靴。動きもキビキビしている。

 ワルドの指示でメイドたちもてきぱきと働いている。

「おはよう。そういえば、ワルド、フランとシリルの姿を見ないのだけど?」

 席につき、手慣れた手順で紅茶を注ぐワルドへケイトが言った。

「フランメイド長とシリルはマルク様付きのメイドにいたしました」

「マルク兄様?」

「はい、ミルルとメルルがケイトお嬢様にお仕えしたいと申し出ましたので、交代にフランメイド長とシリルを。不都合でしたでしょうか?」

 とワルドが言い、ケイトは首を傾げてしばらく考えていたが、

「いいえ」と言った。

 フランメイド長は口うるさい昔ながらのメイドだった。

 伯爵夫人を一流の貴婦人にしたのは自分だと自負していた。ケイトにもそれを望み、一流の教養、マナーなどを教養した。それ以外は興味がなく、金も色もフランには必要なかったので、ケイトのメイド達がどんな性癖でもケイトさえ一流の貴婦人にするという目的の前には関係無かった。ただメイドの業務さえこなしておけばよく、フランの目にはケイトしか入ってなかった。

 ケイトは少々それに辟易していた。

 聖女候補にも挙がっているケイトはフランの自慢だった。

 何としてもケイトを聖女に押し上げれば、聖女を育てた自分の手柄になると思っており、その為にケイトの行動に目を光らせるのだった。

 少しでもフランと離れられると思うとケイトは安堵した。

「そうね、しばらくはマルクお兄様の側にいて、あのだらしないお兄様を何とかして欲しいわ」

 そう言いながら準備された朝食に食べ始めた時、

「おはよう。ケイト姉様」 

 とローガンとエリオットが一緒に入ってきた。

「おはよう。あなたたち、珍しいわね」

「何が?」

「一緒に来るなんて」

 とケイトは言った。

 ローガンとエリオットは実の兄弟だが気の合う二人ではなかった。

 ローガンは幼い弟よりも自分の快楽や得を優先する人間で、エリオットも我が儘、癇癪が通じる人間だけを側に置きたがった。共通するのは説教や叱咤が何より嫌いな二人だった。

「まあね、生意気言うけどまだ八歳だ。ナタリーの事件もあったし、何よりこの世で二人っきりの兄弟だ。一緒にいられるうちはね」

 とローガンが言い、エリオットもうなずいた。

「そう、仲良いのはよい事よ。エリオットも最近あまり癇癪おこさないらしいし、ローガンも真面目に勉強しているようだし、その調子で頑張りなさい」

「そうだね。ケイト姉様も聖女候補からの最終試練がそろそろだね?」

 とローガンが言って、エリオットがクスッと笑った。

「私は聖女候補にはなったけど、試練は辞退するつもりよ」

 とケイトが言った。

「何故? ケイト姉様、聖女に選ばれれば王族に嫁ぐのもありなんじゃないの?」

 とエリオットが無邪気を装う。

 聖女の第一条件として、乙女でなければならないが、ケイトはすでに乙女ではなかった。

 ケイトの蕾みを散らした男はローガンもエリオットも知っているが、今は何存ぜぬ顔だ。

「ローガン、あなたには言ったでしょう? マルク兄様はとてもこの伯爵家を継いでいける人間じゃない。だからローガンと私でこの家を継ぐの。聖女は魅力的よ? 国の為にその力を使って……素晴らしい事だわ。でも私は自分が生まれて育ったこの伯爵家と領地と領民を守っていけたらいいと思うの」

 ケイトの告白に、ローガンは笑顔でグラスを持ち上げ乾杯、という風な動作をした。

 エリオットはパンを千切ってそれにジャムをつけて食べた。

 二人の世話にマイアとメアリもその場にいたが、皆が黙ってそれぞれの動作をし、リーファとパウラもまた黙ってケイトへ給仕をしていた。

 そこへ姿を消していたワルドがケイトへ、

「お嬢様、フレデリック様が本日、昼食時においでになられたいとの申し出ですがいかがでしょうか」

 と手紙を持って現れた。

「フレデリック叔父様が? もちろんお受けしてちょうだい! 昼のメニューも私が考えるわ。フレデリック叔父様のお好きな物を揃えましょう」

 と弾んだ声で答えた。

「姉様、じゃあ、今日は学院へは行かないの?」

 とエリオットがジュースを飲み干しながら言った。

「ええ、そうね、今日は休むわ。フレデリック叔父様がいらっしゃるんですもの。あなた達は?」

「俺達は行くよ。そろそろ試験も近いしね。帰りは図書館で勉強してくるから遅くなると思う。叔父様には悪いけど、夕食を一緒には無理かも」

 とローガンが言い、エリオットも、

「僕も長い間、怪我で休んでしまったから、遅れを取り戻す為に先生の所へ寄ってこようと思うんだ、姉様」

 と言った。

 途端にケイトの顔がぱあっと明るくなるのはフレデリック叔父と二人の時間を持つ事が出来るからだと言うことをローガンは知っていた。

「フレデリック叔父様によろしく伝えてよ」

 とローガンは言い、ダイニングを出て行った。それに続きながら、

「ワルド、後は頼むよ」とエリオットも言った。

「かしこまりましてございます」

 ワルドは満面の笑みを浮かべてから丁寧にお辞儀をした。

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