第三十八話 素敵な一日

 ローガンは首を振った。

「俺なんかソフィアの魔法にとてもじゃないけど敵わないよ」 

「ローガン様、一体どういうおつもりで? この娘に肩入れす理由をお聞かせ願いたいですね。伯爵ご夫妻がお留守にしている現在、この私には伯爵家をお守りする義務がある。例えローガン様といえど、邪魔されるのなら考えがあります。奥様に次いでこの伯爵家で高い地位に折られる女性はケイト様。あなたやエリオット様よりも高いのです。ましてやそのメイドの産んだ娘は……」

「もういいわ。戯言はたくさん」

 と言ったもはソフィアだった。


「戯言だとぉ!」

「そうよ。有能な執事かなんかのつもりだろうけど、狼の皮を被ったキツネ以下よね。でもそんなキツネさんに聞きたい事があってね、今日一日、ケイトお姉様には眠って頂いたのよ」

「聞きたい事?」

「そうよ。庭師の夫婦の居所が知りたいの」

「庭師? なぜ、そんな事を……」

 ソフィアの指先にぽっと炎が灯った。

 ソフィアはそれをゴミのようにぴんっとワルドの方へ弾いた。

 小さな炎の塊はワルドの執事服のネクタイに飛び移り、それを焦がしただけでシュウと消えた。

「フランちゃん、マルク兄様をお部屋にお連れになってちょうだい。見たいなら見ててもいいけど。それとリリイもしばらくお兄様のお部屋にいなさい」

 とソフィアがフランとリリイを見た。

 その視線にぞっとしたフランは慌ててマルクに声をかけた。

「は、かしこまりました! マルク様、どうぞお部屋にお戻りください」

「えー」

「マルク様、昨日、コックが焼き菓子を大量に焼いてございますから。それと紅茶はいかがですか」

 フランの提案に何よりも焼き菓子が好きなマルクは大急ぎで立ち上がった。

「分かったよ」

「リリイ、あなたもマルク様のお部屋に来なさい」

 とフランが言い、リリイはおずおずと肯いた。

「ソフィア、じゃあな」

「ええ、お兄様、素敵な一日をお過ごしになって」

 とソフィアが微笑んだ。


 マルクとフランとリリイが食堂から出て行く様子を眺めながら、ソフィアは自分も朝食を終わらせた。

「さて、ワルド、庭師の夫妻は今、どこにいるの?」

「何故、そんな事を?」

 ワルドはソフィアを睨みつけた。

 先程、豆粒ほどの火の弾がワルドのネクタイに焦げを作ったのが許せなかった。

 いつも手に持ってる躾用の愛鞭に力が入る。

「乳飲み子のソフィアを育ててくれたって聞いたわ。一度きちんとお礼を言っておきたいの。それにミランダの事も気にかけてくれてたんでしょ? 主もクズなら執事、メイドもクズばかりのこの館で良心的な人間もいたものだと思って」

「失敬な! メイドの娘の分際で! ご主人様と奥様の慈悲がなければこうやってまともに成長する事もなかったのだ! ぬくぬくと屋敷で育ち、暖かい食事を与えられた恩も忘れて!」

 激昂するワルドを横目に、ローガンがすっと手を挙げて、

「ソフィア様、今日は友人がたくさんきております。こうやって一人ずつ人間を罰するのもまだまだ時間がかかる。いっその事、屋敷中の使用人を一斉に取り替えてもよろしいでしょうか?」

 と言った。

「いいわ。好きにすれば」

「かしこまりました。マイア、メアリ、屋敷中の執事達、メイド達、それ以外も者達。選別はすんでいるんだろう? 連れて来てくれ」

 マイアとメアリは顔を見合わせて、うれしそうに笑った。

「かしこまりました。ローガン様」

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