第三十五話 雷系魔法
「ソフィア」
階下へ下りて行くと玄関口でローガンが待っていた。
「ローガンお兄様」
「エリオットと何の密談だい?」
ソフィアはクスクスと笑って、
「ローガンお兄様にはお土産を届けたでしょう? エリオット様にもお裾分けをしただけよ? でも割に合わない?」
「え」
「確かにあのメイドはソフィアを酷く虐めた。汚水をぶちまけられたり、虫の入ったスープを食わされたり、叩かれたり蹴られたり。マイアやメアリだってそうだった。でもそれは生きたまま喰われるほどの罪だと思う?」
「思うね」
とローガンが言ったのでソフィアは目を丸くした。
「俺はソフィアが好きだった。死にかけて猫に化けるのがやっとのやさぐれ魔物の俺になけなしのパンをくれて、寒い夜には寄り添って眠った。魔物のくせにと思うかい? でも俺には大事な日々だった。ソフィアと二人で喰うや喰わずだから、それほど回復も出来ず、ソフィアの死を守る事が出来なかった。あなたに力と命を貰って、この屋敷の人間を皆殺しにするという目的も達成出来そうだ。あなたには感謝しかない」
ローガンは丁寧にソフィアにお辞儀をしてから、
「もし俺がやり過ぎだとあなたに忠告したら、あなたはやつらに手加減しますか?」
と質問を返した。
「あたしが? まさか、あたしはクズを殺すのが好き。あたしに悪態をつくやつが大好き。たった今まであたしを見下ろして威圧していたクズが泣き叫んで許しを乞うのを見るのが大好き。でもね、最近、気が付いた。殺しちゃったら一瞬でクズに安らぎを与えてしまう。だからゆっくりじっくり殺すのがいい。せっかく回復魔法なんて便利がものがあるってのに」
そこまで言ってからソフィアはローガンから少し離れた。
フランがつかつかと二人の方へ歩み寄って来ているからだ。
「ローガン様! そんな者に構っていては学院に遅れてしまいますわ!」
と言いながら近寄って来て、ソフィアの肩を強く掴んだ。
華奢な肩をぎゅうっと掴まれてソフィアは顔をしかめた。
「お前! 今日は部屋から出ないようにケイト様に言われていたはずよ! こんなところで何をしているの! ローガン様に気安く声なんかかけるんじゃない!」
フランはソフィアの耳元でがなりたて、ソフィアはうるさそうにそれを払いのけた。
「うるせえよ。臭い口開いてがあがあ騒ぐんじゃねえよ、おばさん」
ソフィアの言葉にフランの眉が上がった。同時に手の平が飛んで来てソフィアの頬を叩いた。
「ソフィア様!」
とローガンが言い、フランを睨みつけた。
「ま、まあローガン様、貴方様がこんな女に敬称つけて呼ぶなどおかしいではありませんか。この女は卑しいメイドの子でございますよ!」
ソフィアはローガンの身体を押さえ、
「兄様、どうぞ学院へお行きになって。私はケイト姉様のお言いつけ通り休みますわ」
と言って、ローガンを見上げた。
「分かったよ。行ってくる」
「ええ、それがよろしいわ。エリオット様も今日はお忙しくてお休みだと思いますから」
「ああ」
玄関口で待っていた執事がドアを開くとローガンは出て行った。
パタンとドアが閉められた瞬間、フランがソフィアの腕を強く引っ張った。
「こっちに来るんだ! 今日は一日食事も抜きだからね! まったくお前はあの女にそっくりでのろまな邪魔者だ」
「あの女って、もしかして私のお母様の事?」
ぐいぐいと引っ張られながらソフィアが聞くと、
「ああ、そう。お前の母親だよ。ミランダとかいったけねぇ。少しばかり顔がいいのを鼻にかけて、伯爵様に取り入り、奥様を泣かせたとんでもない女だ。一番格下のメイドだったくせに!」
階段を上がりながらもフランの愚痴が続く。
「この私がさんざん忠告したのに、聞き入れず伯爵様を受け入れ、よりによってお前みたいな子を成すとは! 腹がデカくなった頃には伯爵様も飽きたのかお前の部屋にも行かなくなってねぇ。私達もやりやすかったよ!」
ソフィアはフランの顔を見上げた。
醜く歪み、ミランダを虐めていた過去を思い出したのかにへらと笑っている。
「食事も与えず放っておけば、腹のガキを流すと思ったのにねぇ、しぶとい女だった。そうそうパンを一片もらう為に腹ぼての身体で若い執事達の性処理をやっていたようだけど。最後には痩せ細って腹だけがぼってりだったから、さすがに男達も無理だってね。そりゃそうだ。風呂も入れず臭い身体で痩せ細ってね。いくら無料の穴でも使う気にならないだろうね!」
そこまで言った時にちょうどソフィアの部屋に到着し、フランは扉を開いた。
ソフィアの身体を部屋に押し込み、
「じっとしてるんだよ!」
と言って掴んでいた手を離そうとしたが、逆のソフィアにその手を掴まれた。
ソフィアの手は氷のように冷たく、がっちりとフランの手を掴んでいた。
「何? 離しなさい!」
フランは手を振り払い部屋を出て行こうとしたが、足が動かない。
「な、何を!」
足下を見ると、床が黒い影のようになりどうしてもその場から動けない。
「お前! この私に何を! い、痛!」
ソフィアの爪がフランの手の甲に食い込んでいた。
食い込んだカ所からはうっすら血が滲んでいる。
「離せ! 離せ!」
フランは手をぶんぶんと振ったがソフィアの爪ががっちりと食い込んで離れない。
「一つ疑問なんだけど、それだけ憎いメイドの子供、よくもまあ育てて魔法学院まで通わせたね。まあ、学院でも虐められてたけど」
とソフィアが言い、フランから手を離した。
「それなりに無駄金じゃね? そこんとこどうなの?」
「お前……この私にそんな口をきいてただですむと思ってるの? 私にはケイト様の……ギャアアアアアアアア!」
ソフィアの指先からぴりぴりとした物が発生し、その指で触れられるとフランの身体が痺れて激痛が走った。
「聞かれたことだけ答えろっつの。そんなに憎い子、なんで育てた?」
「そ……それは慈悲深い奥様の……ミランダは憎いが……子供は……ぎゃあああああ!」
「嘘ついてんじゃねえ。慈悲深いってなんだ。まあどうせ、虐める為に生かしただけだろうけどな? そうだろ? 答えろ」
「ぎゃああああ! 痛い、痛い! お前の……ぎゃあああああ!」
「この期に及んでまだ、お前って言う? 勇気あんね」
「……ソフィア様みたいな子はどこの貴族の家でもありがちで……万が一の子供として養育するのも普通の事で……」
「万が一?」
「つ、つまり……貴族間の婚姻は家同士の問題ですが、意にそぐわぬ婚姻もあり、上位貴族や国王からの命で他国へ嫁ぐ断れぬ婚姻もあり、その様な場合に……ソフィア様の様な子を使います……貴族の子には違いなく嫁がせるには問題なし、愛してもない子だから良心も痛まぬという具合で……」
「なるほど、最低限のマナーを身に着けさせられ、魔法学院にも通わせ、貴族の体面だけは守るってか。ふーん」
ソフィアは自分の指先を見た。パチッパチッと火花が散っている。
雷系の魔法だ。
ソフィアは火花の散る右人差し指をフランの左目に差し込んだ。
「グヒャ」
とフランが叫んだが、ソフィアは構わず、ずぶずぶと指先を目の中に突っ込んだ。
「い、いだい……お助け……いだだだだ! 助け……くだひゃい」
目から入ったソフィアの電撃は微弱な物だったがフランの目の奥の神経を焼いて、そしてそれは脳を走り、身体中を駆け抜けた。
「ひゃああああ!」
フランはぼとぼとと尿を漏らし床を汚した。
「本当はさ、自分の手で殺すのが好きなんだよね。獲物はナイフかなんかでいいよ。こうやってさぁ、生きてる肉に刃物を突き立ててやるの」
ソフィアは見えないナイフを握って、フランの胸に突き立てるような仕草をした。
「細胞がさぁ、死にたくねえって抵抗してさ、反抗するんだ、筋肉とかがね。それを蹂躙してざくざく切り裂くのが楽しみだったのにさ、こんな貧相な八歳のガキんちょになっちまってさ。魔法に頼んないと駄目だってさ。ふざけんなって感じ。でもまあ、魔法も楽しいよね? めちゃくちゃ切り裂いても回復出来るなんてすげえじゃん? 何回壊しても回復出来るなんて最高だよ。あんたの手下のシリルだっけ? 今、楽しんでる最中でさ。見に行く?」
ソフィアがパチンと指を鳴らすと、ふわぁっと世界が揺れて空間が変化した。
フランは動けないまま、急な変化に頭痛がした。
目を瞑り、それをやり過ごすと、
「た、すけて……フラン様ぁ」
と声がした。
「……シ、リル?」
シリルは身体中の皮を剥がれ、全身がピンク色の肉だった。
そのピンク色の肉にかぶりついているのは制服を血だらけに汚しているエリオットだ。
「エ……エリオット様!」
「ん?」
振り返ったエリオットは生肉を咥えたまま、にやっと笑った。
「また、新たな餌? ソフィア様」
「エリオット様……あなたは……シリルを!」
「大丈夫だよ。ソフィア様のおかげでシリルは死なないから、ほら」
エリオットがシリルの頭を抱えて、力尽くで首の骨を折った。
シリルの頭をボールの用にぽんと床に投げ捨てる。
すると再生の時期が来たのか、みるみるうちに頭から首、身体、手足が生えて裸体のシリルが再生した。
再生したシリルは、はっと我に返ったような顔をし、フランを見つけてそちらへ這い寄ろうとした。
「助けて下さい……フラン様……」
再生している間にフランの身体を食べてしまったエリオットは笑顔で、
「駄目だよ。シリル、君は僕のおやつ箱なんだからぁ。おやつはみんな食べたら美味しいからね、ほら、友達を呼んであるんだ」
と言った。
ざわざわと部屋の中に黒い影が集まってくる。
「いい匂い……魔王様の右足であらせられるエリオット様……どうか我々にも……」
としわがれた声がした。
「いいぞーほら」
エリオットはまた回復し終わったシリルの首をぽきっと折って胴体を引き千切った。
それを放り投げている間にまたシリルは回復する。
何度か繰り返し、部屋には頭が無いが若い女の肉体が数体。
血の匂いで寄って来た魔族の数がじわじわと増えて行く。
魔物達がシリルに集って肉を貪り喰うのをソフィアは腕組みをして見ていたが、
「エリオット様も学院へ行かないと、長い間休んでたでしょう?」
と言った。
「それが貴方の命令ならば。何かその魔法学院とやらでこの私がやらなければならない事が?」
「そうね、貴方には人気者になって欲しいわ。ケイトお姉様は今年卒業だし、ローガンお兄様も来年卒業でしょ? あなたには魔法学院の次の人気者になって欲しいわ。今のケイトお姉様みたいに、学院の中枢にね」
「なるほど、それは面白そうだ」
エリオットは喰っていた肉塊を放り出し、立ち上がった。
「では着替えて学院とやらへ行く事にするか」
「ふふふ」
とソフィアは笑った。
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