第三十四話 何度も何度も喰らわれ続ける
ソフィアが自室のドアを開くとリリイが学院へ行く為の荷物を準備しているところだった。教科書を鞄に入れ、そして厨房のコックの目を盗んで作る粗末な弁当。それは硬くなった黒パンとチーズの端切れだったりだが、小遣いも持たされないソフィアは学院へ行って皆のように食堂へ行って昼食を取る事が出来なかった。たいていは夕食まで我慢して、その夕食にも呼んで貰えない日もあった。こうしてリリイがわずかな残り物でも持たせてくれる事がソフィアの命を繋いでいたとも言える。
「ソフィア様、ずいぶんとお早い……」
振り返ったリリイは口を閉じた。
ソフィアの後ろにシリルが腕組みをして立っていたからだ。
「ああ、あんた、この家畜の係だっけ。あんたみたいな役立たず、せいぜい家畜の世話くらいしかする事ないか。リリイ! この家畜、まーたケイトお嬢様を怒らせちゃったから、今日は一日部屋から出さないようにね」
「え、ですが、ソフィア様は本日は学院……!」
言い終わらないうちに、シリルはリリイの頬を叩いた。
「口答えするんじゃないわ! 言われたことすら出来ないの? 本当に役立たずなんだから! 田舎もんが! お前もこの家畜も臭いったらありゃしない! 家畜の匂いが充満して、あたしたちのメイド部屋までくっさい匂いが漂ってくんのよ! ねえ、お願いだから死んでくれない? マジで死ねよ、お前ら」
シリルは鼻をつまむような動作をしながら半笑いでそう言った。
「酷い……あ、あんまりです。ソフィア様は」
またシリルの手が上がりリリイを叩こうとしたが、その顔に何かが当たってシリルはリリイから視線を移した。床に転がったそれは柔らかいぬいぐるみだった。
「はあ? あんた、家畜のくせに何するのよ!」
シリルの気がソフィアの方へ注がれ、リリイは難を逃れた。
「リリイ、悪いけれど食堂へ行ってエリオット様を呼んで来てくれる?」
とソフィアが言った。
「は、はい、でも、あの」
「大丈夫だから、早くね、お願い」
ソフィアがにっこりと微笑んだのでリリイは足早に部屋を出て行った。
「何なの、お前がエリオット様を呼びつけるなんて無理に決まってるじゃない。家畜の分際でって怒られるのがオチ……!」
腰に手をやり、ニヤニヤ顔でソフィアを見下ろしていたシリルはガクンッと身体がよろけてそのまま床に転がった。だがそれが何故そうなったのかが理解出来ないでいた。
はっと顔をあげると、今度はソフィアが自分を見下ろしていた。そして手先足先が燃えるように熱く痛かった。
「いっ!」
立ち上がろうと腕に力を入れたが、上手く床に手をついて身体を起こすことが出来なかった。
「な、なんで……痛い……痛い……」
「あらあら、手も足も失ってしまってはもうケイト姉様付きのメイドは出来ないわね」
と声がしてシリルはようやく自分の手首から先と足首から先がない事に気が付いた。
「いやああああああああああ! な、なん……なんで、あたしの手がああああ!」
床に四つん這いになったシリルは立ち上がろうともがいたが、地面を踏ん張って立つ足先はなく、身体を支える手の平も無くしていた。
「な、なんで……」
切断された足首手首の先からは、どんどんと血液が流れ出ている。
「い……や、まって……」
ソフィアは優しい笑みを浮かべながら、部屋の中に散った四つの足先と手先を足で蹴った。
それを見たシリルは自分の物を取り返そうと、それを腕でかき集めた。
「あらあら、血がたくさんでて、失血死しちゃうと大変ですわ。消毒してあげましょう」
ボッとソフィアの手の平に炎が現れた。炎は四つに分かれてふらっと飛んだ。それぞれ、切断されて血を流しているシリルの両手足の切断面にピタッとくっついた。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!」
顔面崩壊するほどの形相でシリルが悲鳴を上げた。
切断面からは肉の焦げる匂いと骨が焼けるチリチリという音がした。
シリルの顔面は恐怖と痛みで固まり、涙と鼻水と唾液をだらだらと垂れ流している。
「さんざん虐めをしといて、いざ自分が虐められたら泣くの余計にむかつくんだけど。こっちが悪者なわけ? ねえ、あんた、あたしに死ねよつったんだよ? あたしの事、家畜つったな?」
「ご、ごめ」
泣いて謝るシリルにソフィアはクスクスと笑いながら、
「謝らなくてよろしくてよ? 許すなんて選択肢ないですからぁ」
と言った。
コンコンとノック音がしたのでソフィアは少しだけドアを開けた。
廊下にはエリオットとその後ろにリリイが立っていた。
「リリイ、あなたは……そうね、ローガン兄様の所へ行って朝の支度のお手伝いをしてちょうだい。エリオット様はどうぞお入りになって」
エリオットが振り返り、優しくうんとうなずいたのでリリイはお辞儀をしてから足早に去って行った。
エリオットはソフィアの後について部屋に入り、床でのたうち回るシリルを見て、
「これは見事な」
と言った。
「エリオット様、このメイド、私にお願いだから死んでって言うんですの。酷いでしょう?」
とソフィアが上目遣いでエリオットを見た。
ソフィアとエリオットは同じ八歳だが、エリオットの方が発育が良く上背がある。
我が儘で飽食、望んだ物は全て手に入る環境で、エリオットは肥満体型だったのだが、魔王の右足に内臓を喰われて内部を乗っ取られた際に、細身の少年の体型に変化していた。
「全くだ! ソフィア様に死ねなどと、許しがたい発言ですね」
とエリオットが言った。
エリオットが部屋に入って来た瞬間、ほんの少しの安堵を覚えたシリルだが、エリオットの言葉に顔を引きつらせた。
「あ、あの……エリオット様、どうぞお助け……ください」
震える声でシリルは言ったが、エリオットはソフィアに向けた笑顔からさっと真顔になってシリルを見た。その顔は冷たく、悪意しかなかったが、それはシリルがよく見かける顔でもあった。メイド長のフランや、ケイトの取り巻き達がケイトに言いつかってソフィアを虐めた時の顔だ。
「わ、私は……ケイト様やフラン様の言いつけで……それにこんな……酷い……」
とシリルは自分の両腕を持ち上げた。血塗れの手先は床に転がっている。
「おやおや、お前はソフィア様の死を願っていたんだろう? 自分の死を願われたからって酷いはないもんだ」
とエリオットが言った。
「それで? 私をここへ呼んだのは何故ですか? ソフィア様」
「エリオットの中身はかつてない悪者だってローガン兄様が言ってたけど、そうなの?」
とソフィアが腕組みをしてエリオットを見た。
「さあ、どうですか。悪かどうかはそれぞれの立場で決まるだけの事。人間でなかった時は魔王様の四肢の中では私は慈悲深い方でしたよ」
何かを思いだしたのか、エリオットは少し懐かしいような顔をした。
「そうなの。まあ、なんでもいいわ。このメイドはね、ケイトの手下で仕事もせずに他のメイドを虐めて、自分は男の膝に乗って快楽を楽しむだけ。とってもろくでなしよ。だからあんたにあげるわ。人間を喰うんでしょ?」
「それはありがたい。ローガン兄様にはよろしいのですか?」
エリオットは舌舐めずりをした。
先程からソフィアの炎に焼かれた人間の肉のよい匂いがしている。
勇者に破れ、魔力も枯れ、闇に隠れて暮らしていたので人間の肉の匂いは魔王の右足の食欲を奮い立たせた。
「ローガン兄様にはお土産を渡してあるから大丈夫だと思うわ」
「ほう、ですがソフィア様、この屋敷の人間の皮を全て我らの仲間にいただけると聞いておりますが? 喰ってしまってよろしいのか?」
「別にそう決めてるわけじゃないし、いくら中身が変わっても、腹立たしい人間を側に置いて置きたくないわ。だいたい、ローガンだって、エリオットだってそう。ソフィアを虐めてた奴らに今更ソフィア様って傅かれても、なんかむかつくわ」
「確かに。それに人間はごまんといる」
そう言ってエリオットはシリルの方へ近寄って行った。
ソフィアはにやっと笑って、「ヒール」と完全治癒魔法を唱えた。
「エリオット様、ゆっくり時間をかけてお召し上がりになってね」
途端に回復、再生するシリルの手先、足先。
「ああああ!」
とシリルが歓喜の声を上げたが、すぐその後に、絶叫が響いた。
あんぐりと大きな口を開けたエリオットがシリルの脇腹に喰らいついていた。
金髪美少年の美しい顔、口周りは真っ赤な血で汚れ、喰い千切った胴体を咥えたエリオットが振り返ってソフィアに微笑んだ。
「思うのですが、少しずつ喰らい、それをソフィア様に回復して頂くとそれはもう永遠に減らない食料になるのでしょうか?」
そう言いながらもエリオットはガツガツとシリルの身体を貪り喰っていく。
腕をもいで喰い、足を千切ってかぶりつく、胴体にむしゃぶりつき血を啜る。
「そうかもね。なら魔法で自動回復をつけてあげるわ。その女の生体エネルギーが瀕死になったら、完全回復するようにね。それはあなたのおやつ箱として差し上げるわ。殺さないように大事に食べてあげてね」
パチンとソフィアが指を鳴らすと、喰い千切られたシリルの細切れになった身体が回復した。今度はエリオットが歓喜の声を上げた。人間の皮を被ってはいるが、中身は魔王の右足だ。獲物に夢中になり、その姿が元の醜悪で残酷な魔物に変化しかかっていた。
血を啜り、肉を喰らう合間にシリルの絶叫がBGMとして流れる。
絶叫が消えかかる頃、再び、シリルは回復され元の人間に戻る。
消耗され、壊れかけた精神すら元の時間に戻る。
シリルは狂う事も死ぬ事も許されないまま喰らわれ続ける。
「ごゆっくり」
と言ってソフィアは鞄を手に部屋を出た。
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