第三十話 つるつる~っと内臓を喰らう

 レイラの父親はマイアとメアリに家を追い出され、ブツブツ言いながら行く当てもなく歩いていた。

「くそ! くそ! 何だってんだ! あの小娘どもめ! 魔法なんか使いやがって! 元々レイラが自分から学院をやめると言って戻ってきたんだ。光の娘だかなんだか知らねえが、こんな辺境の貧しい村で生まれた田舎モンが王都でやってけるわけがねえってんだ。どうせいじめられて戻ってきたんだろうさ。へっ。レイラが戻りたいならそれでいいさ。そうすりゃあの娘も何も言ってこないだろうし、しばらく待てばまたサーヤんとこに戻れるだろう。弟の方もどこぞに売り飛ばしてやろうか。見目もいいし、光の娘の弟だ。どこぞの好事家が買ってくれるだろうしな、ひっひっひ」

 自分勝手な妄想でニヤニヤしながら男は村を出た。

 レイラが村を出るまではしばらくは身を隠しておいた方がいい、と判断したのだ。 

「けど、もう領主様のとこへは行けねえなぁ。どこかへ身を隠すか。しばらく他所の街へでも行って……」

 呟く男の足元に影が落ちた。

「ん?」

 男は空を見上げる。

「わぁああああ!」

 大きな真っ黒い鳥のような魔物が空に舞い、男を見下ろしていた。

 身体と顔は人間だが、背には真っ黒い翼、腰から下は黒い羽毛で覆われ、足は鳥のそれで鋭い鉤爪だった。

「ま、魔物!」


「幼い娘をゲス領主に売り飛ばす人間の方がよっぽど、ねえ、ソフィア様」

 鳥型魔物が男の背後に視線を移したので、男も振り返った。

 真っ黒で禍々しく、鋭い牙、爪、今すぐに嬲り殺してやろうという意志を持つ獣の背に乗ったソフィアがいた。

「ひいいいい! な、なんだよ! レ、レイラが俺を自由にしてやってって言ったんだろ!」

「そうよ、レイラのお義父様。レイラは光の聖女だもの。貴方みたいなゲスでも、殺すなんて出来やしない。心の優しい娘だからレイラは貴方が姿を消し、どこか遠くで心を入れ替えて幸せになるように毎日祈るでしょうね」

 男はほっとしたように「な、なら」と言った。

「でもお前にはそんな心はない。根っから腐ってるからな。レイラが公式の聖女になったら、父親でございって顔出すつもりだろ? 例え義理でも聖女の父親だ。世間やましてレイラが邪険に出来るわけもねえ。お前みたいなカス野郎は謙虚にレイラの邪魔にならないように生きるなんて出来やしないんだ。聖女になったレイラから金を搾り取るつもりだろう?」

「そ、そんな事は」

「ソフィア様ぁ、レイラさんの母親と弟君からこれまでの全てを聞いてきましたからぁ」

 と上空でマイアが漆黒の翼をはためかせながら言った。


「最初はいい顔して、苦労している母親に楽させてやるって家にするりと入り込んできてからは、飲む打つ買うのギャンブル三昧、レイラさんの仕送りもぜえんぶ飲んじまって、あげく光の娘を売りにして借金三昧、文句の一つでも言おうなら殴る蹴るの暴力三昧。レイラさんの弟、ろくに食べさせてもらえなくてガリガリ、成長も止まってしまってさ。それでも母親の為に村のお手伝いをしながら少しでも食べ物を分けてもらいそれを母親と半分こにしてるってね」

 とマイアが言った。

「そうなの。聞くも涙の物語ね。本当にクズ。けど、こういうクズはどこにでもいる。それを甘受して増長させたのはレイラのお母さんでもあるんだよ! クズはね、甘い顔したら駄目なんだよ。心を入れ替えるなんて絶対出来ないんだよ! 泣いて縋って、暴力に屈して、そんなことすっから、余計に増長すんだよ! 子育てに疲れただぁ? 誰かに頼りたい時だってあるだぁ? ふざけんな! くそババァ!」

 ソフィアは高級な生地で作られたドレス姿で、少しヒールがある綺麗なエナメルの靴を履き、髪飾りにも本物の宝石がきらめいていたが、その姿で地面をだんっと踏んだ。

 何度も何度も腹立ち紛れに地団駄を踏んだ。 


「ソフィア様」

 メアリの呼び声にソフィアははっと我に返った。

「あー、悪い、クソのせいで嫌な事思い出しちゃったじゃん」

「この男、どうします?」

「マイア、メアリ、はらへってんだろ?」

 二ツのい魔物の目がキランと光った。

「頂けるんですか?」

「ああ、こんなとこでまで一緒に来てもらったしね。喰っちまえばいいよ。でもこんなクズ喰って消化不良になったら大変だ。出来るだけ時間をかけてゆっくりと味わって喰えばいいいよ」


 男はマイアの鉤爪に掴まれ、森の奥深くへと移動した。

 メアリはソフィアを背に乗せ、飛ぶように走った。

 深い森の奥、小さな泉のある開けた場所に二つの魔物は足を止めた。


 マイアはどさっと男を地面に叩きつけ、メアリがその身体をふんふんと匂う。

 男は息も絶え絶えで、すがるような目でソフィアを見た。


 ソフィアが手頃な石に腰をかけると、マイアは「先に頂くよ」とメアリに言った。

「もちろん、ソフィア様に仕えたのはあんたが先だ。その権利はある。人間の匂いで森の魔獣どもが近づいてきてるから、自分はソフィア様を守ってるから」

 マイアは満足そうに笑って、地面へと降りてきた。翼を畳み、男の身体をだんっと鉤爪のついた足で踏みつける。その一撃で男の腹がへこみ、内臓が破れ血を吐いた。

「ぎゃっ、た、たす!」

「ソフィア様、ちょっとお目汚しになりますが失礼しますよ」

 マイアがそう言った瞬間、人間だった上半身と顔が変化した。

 胸元から羽がぷつぷつと生え始め、顔の皮膚も硬いこぶのように盛り上がった。

 口元が変化し、にゅうっと唇がせせり出てきた。それはやがて黄色く鋭い嘴に変わった。

 マイアはその嘴で男の腹を裂いて、つるつるーっと麺でも喰らうかのように内臓を喰った。

 男は自分の臓物が魔物に喰われているのをただじっと見ているしかできなかった。

 身体の中からずるずるっと引っ張り出される内臓。その度に身体がひょいと軽くなり、引き裂かれる痛み。神経を鷲づかみにされる激痛、逃げる事はもちろん、声をあげる事も、許しを乞うことも出来なかった。

「はやく……ころせ」

 と小さい声で呟くだけだった。


「マイア、旨い?」

 とソフィアが聞いた。

「ええ、久しぶりの人間ですから!」

 とマイアが嬉しそうに答えた。

 ソフィアの横で待機しているメアリは目が男の内臓に釘付けで、獣型特有の大きな口から涎をぼたぼたと落としていた。

「ほらよ!」

 マイアが男の右足を咥えてからポキンと折って、メアリの前にぽんと放り投げた。

 男は絶叫し、ばたばたと暴れた。

「ありがたい!」

 とメアリが言い、その足をふんふんと嗅いでからソフィアを見た。

「何?」

「喰ってもよろしいか」

 とメアリが言った。

「ははっ、あんた律儀ねえ。どうぞ」

 とソフィアが言うと、メアリはその足を咥えゴキンゴキンと咀嚼した。

 その後、マイアは男の四肢を順番にぽきんぽきんと折ってメアリに与えた。

 メアリは周囲に警戒しながらもそれを嬉しそうに喰らう。


 マイアは男の内臓をあらかた喰い、四肢はメアリに与え、残ったのは男の頭と心臓と胴体だけだった。そして心臓はかすかに動いている。

「職人技じゃん、あんだけ喰らって、まだ生きてるよ」

 とソフィアが言った。

 立ち上がり、男を見下ろす。

 男の唇は微かに動いて、タスケテーと言っているように見えた。

「あんた、レイラの母子が助けてつっても、殴る蹴るをやめなかったんだろ? あたしもそうさ、やめない。あたしだってクズさ、いつかあんたみたいに魔物に喰われておしまいになるんだろうね。それまで出来るだけクズを殺すって決めてんだ。マイア、もういいよ。さっさと喰っちまいな」

「あの……ソフィア様」

「何? 足りないの? それともここはこんな山奥深い森で、人間なんか絶対来ない場所だ。あたしを喰らって逃げても誰にも分からないよ?」

 とソフィアが可笑しそうに笑って言った。

「まさか、そんな恐ろしい事しませんよ。全魔法属性持ちの上にその強大な魔力、この瘴気の森の魔獣を全滅せしめてもあなたは痛くもかゆくもないでしょう? ただ、これローガン様にお土産にしたらどうかと」

「ローガンに?」

 メアリも良いアイデアだという風にうなずく。

「それならそれでいいけど?」

「ですからこのまま氷漬けにしていただけますか」

 とマイアが言って笑った。

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