第二十八話 奴隷娘

 数刻後、ソフィアの姿はホルゲの街の領主の屋敷前にいた。

 ホルゲの街はそう大きくもなく、領主が周囲の五つの村を管理している。

 爵位は持っていなかったが、領内から光の力を持つ聖女候補であるレイラが出た事で男爵を許されていた。

「お邪魔するわ」

 

 ソフィアは領主邸の玄関に向かって、「炎爆」と唱えた。

 こぶし大の炎がソフィアから発射され、両扉の玄関は黒焦げた丸い穴が開いた。

「ちょ、ソフィア様……」

 


「何者だ!」

 と男の使用人が何人か駆けてきた。

「レイラに用があるんだけど」

 とソフィアが言った。

「レイラ? ああ、光の娘か」

「そうよ、ここにいるって聞いたけど?」

「代わりに金を払いにきたのか?」

 と先頭の男がニヤニヤとしながら言った。

「金?」

「そうだ、あの貧しい娘はゲムル様にかなりな借金があるからな。少しくらい聖魔法が使えると言っても擦り傷を治すヒールくらいじゃな。何年かかるか」

 と男が言った。

「レイラは聖女候補よ? こんな田舎で治癒師なんかして小銭を稼ぐなんて馬鹿馬鹿しい。王族にも嫁げるのに。ってかだいたい、魔法学園への進学費用って国から払われてるはずよ。何の言いがかりでレイラに借金なんて押しつけてるのよ」

 とソフィアは腕組みをして使用人をにらみつけた。

「学費だって寮費だってレイラは無料なはず、それに月々支払われる生活費だって自分の物は何も買わずほとんど家に仕送りしてた。ケチな田舎の領主に借金なんかしないはずよ。どうなってんの? 嘘でレイラと家族を追い込んでるんなら、領主共々火あぶりの刑にしてやるわ」

 ソフィアの目に殺意と、そしてその手の平に今度は氷の塊が生まれた。


 男達の目の前にいるのはまだ八歳で、銀髪に同じ色の瞳、みるからに儚げな華奢な少女だが、その瞳には明確な殺意と底意地の悪さが潜んでいた。

「し、知らねえ……俺っちは……」

 ソフィアが歩を一歩進めると男達は後ずさった。

「メアリ、レイラを探してきて。レイラの安全が一番。邪魔するなら喰っちまいな」

「了解」

 メアリはそう言い、ぴょんとジャンプし、軽々と男達の頭上を越えて奥へ走り去った。

「げえ」 

 男達は可愛らしいメイドの人間離れした動きに反応も出来ず、目の前の八歳の少女の迫力になすすべもなかった。

 すぐにメアリがレイラを抱きかかえて、風のような素早さでソフィアの横に戻った。

 レイラはげっそりと痩せ細り、溢れんばかりだった魔力のオーラも消えていた。

 レイラの身体には合わない大きな白いマントのような物を羽織っていて、メアリはそれごとレイラを抱きかかえていた。

 不安そうな顔だったが視線がソフィアを捕らえると少し目を見開いた。

「ソフィア様?」

 そしてどたどたと重そうな足音がして、領主のゲムルが現れた。

 小太りで毒ガエルのようなイボイボの肌。背は低く大きな口。

「そいつを捕まえろ!」

 ゲムルはガラガラした声で命令した。

 使用人達はソフィアの魔法を警戒しながら動き出した。

 魔法は恐ろしいが雇い主の命令は絶対であり、不様なところは見せられない。

「レイラ、あの領主に何かされた?」

「え……」

「例えば裸にされて不愉快な事をされたかどうかよ。されたならすぐあの首を取って、街の入り口に飾ってやるわ。ここの領主、ロリ変態らしいからさ」

 とソフィアがゲムルを見た。

「ひ!」

 ソフィアの視線を受けてゲムルが飛び上がった。

 冷たく暗い、絶望の瞳。


「いえ、ただ、借金の返済の為に働いていました。近隣の村や町の人で病気や怪我をしている人を治す仕事です」

 とレイラが言った。

「飲まず食わずで? いくら聖女候補でも魔力だって際限ないわけじゃない。休みもさせずに飲まず食わずで魔力を注ぎ続けてたの? こんなに痩せて、魔力もカラッカラじゃん!」

「ソフィア様……」

 レイラの知るソフィアははやはりいじめられっ子のメソメソした少女だったので久しぶりとはいえ、その変貌に目を丸くしている。

「それに、借金だって嘘でしょ? レイラは最有力聖女候補よ? 誰よりも優遇されなきゃならないのに、借金なんてあるわけない。帰るわよ。お母さん、心配してるんじゃないの?」

 いじめられっ子同士の二人、特に仲良くしていたわけでもないがごくたまに言葉を交わすこともあったので、お互いの境遇は知っていた。

 レイラには身体の弱い母と幼い弟がして、家族の話をする時だけ、レイラは笑顔になった。


「ソフィア様……」

 マイアが耳打ちをして、ソフィアの顔がこわばった。

「メアリ、先にレイラを家族のところに連れてって」

「かしこまりました」

 と言った瞬間にメアリがその場からシュッと消えた。

 それに慌てたゲムルが「こら!」と言ったが同時に、足下からヒヤッとした冷気を感じた。 いつの間にか屋敷の中の床、そして自分たちの足が凍っていた。


「わわ!」と叫んで足を動かそうとしたが、足首まで氷り漬けに固定されて、バランスを崩し倒れる者もいる。

「な、なんだこれは! 貴様! 男爵の地位を頂いたこのわしに!」

 とゲムルは言いながら気が付いた。

 氷が足を登ってきている。

 ふくらはぎ、膝、太ももと氷が纏っていく。

「ゲムル様! お、お助けください!!」

 使用人たちは口々に叫ぶが、当のゲムルはすでに腰まで氷が登ってきており、その冷気と痛みに身体中が悲鳴を上げていた。

「お、お前! 何者……」

 ソフィアはそれに答えず、ゲムルを無視してずかずかとロビーの大きな階段を上り、片っ端から部屋のドアを開けた。そして一番奥の大きな部屋に数人の少女が鎖に繋がれ床に倒れこんでいた。人間の娘が二人に獣耳の生えた獣人の娘が一人いた。

 彼女らは一応に薄いスケスケのキャミソール一枚を身につけただけで、全裸も同然の格好だった。

 ソフィアは彼女達を見回し、

「ここで何をしているの?」

 と言った。

 彼女達は首輪だったり、手かせ足かせだったり、と頑丈な太い鎖に繋がれていた。

 床に金属の器が数個置かれ、室内は生物が腐ったような匂いもしていた。

「私達……はゲムル様の奴隷です」

 と少女の一人が言ったがすでに生命の火が燃え尽きる寸前だった。

「奴隷?」

「はい……」

「ずいぶんと酷い目に遭ったのね?」

「……ヒール」

 パキンとソフィアが指を鳴らすとふわあぁと緑色の光が発せられ、奴隷少女達の身体の傷が治り、体内の生命エネルギーも回復した。

 ソフィアの指が奴隷少女達の首輪に触れると、その指先から紫色の液が垂れだし、ジュワジュワとその金属を溶かした。

「あんた達、下にゲムルを足止めしてあるから、好きなように料理したらいいわ。同じ目に遭わせてもいいし、もう関わりたくないなら好きな所へ逃げてもいいわ」

 とソフィアが言った。

「あの、あなたは様は?」

 ソフィアはぎろっと奴隷少女を睨み、

「関係ないっしょ。さあ、さっさと行く! 十分後にはこの屋敷ごと潰すから、ゲムルを殺ったらさっさと逃げなよ」

 と言った。 

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