第二十四話 哀れみ

 どん! という爆発音に、メイドのマイラとメアリが駆け込んできた。

「ローガン様、どうかしましたか!」

「いや、なんでもない。メアリ、お前、足が速かったな」

 とローガンが言った。

「え? はい」

 メアリの中身は人間に使い捨てられ見殺しにされた元騎士団所属の戦闘犬だった。

 人間を恨み辛み呪っていて、人を襲う妖魔に成り下がったが、それでもこの窮屈な人間の生活に馴染んでいた。

「ソフィア様を乗せて、サルマ村まで走れ。人目にはつくな。いいな。マイアも同行しろ」

 と言った。

 マイアはただうなずき、メアリは嬉しげに変身を解いた。

 目の前に現れる、大きく黒い毛皮の獣。

 四つ脚で床を踏みしめるその姿はどっしりとしていたが禍々しかった。

 毛の一本一本から瘴気が流れ出て、途端に空気が重くなった。

「ソフィア様、どうぞ」

 と頭を垂れて、ソフィアの前に伏せる。


 どすっとソフィアがその背に座り、

「座り心地がわりい」

 と言った。

「え、それは……」

「何、このごわごわの毛、硬いし獣臭がするし、風呂入ってる?」

「すみません」

「すみませんじゃねえよ。まあ、いいや。行って」

 ソフィアの身体がふわっと浮き、次の瞬間には森の中にいた。

 スピード感は感じるが、ソフィアは寒くもなかった。

「対物結界、冷気遮断結界は張ってありますので」

 と獣のメアリが言った。

「へえ、やるじゃん」

 とソフィアに褒められ、メアリは目を細めた。

 元々が人間に飼われていた軍用犬で、人間に使い捨てられた身でも人間に褒められる事はやはり喜びだった。


 メアリは飛ぶように森の中を走り抜け、途中に出会う魔物もなぎ倒しながら進んだ。

 マイアは黒い羽の生えたナニカに変身し、その後を付いて飛んだ。

 ソフィアは黒く大きな獣の背で、こめかみを押さえた。

「いっつ……」

 このところ夢見が悪く、頭痛が酷かった。

 夢に青白い顔のソフィアが出てくる。

 人を殺すたび、悲しそうで恨めしそうな顔のソフィアが夢に立つ。

 けれど、文句を言うでもなく、現ソフィアを諫めるでもない。

 ただ悲しそうな顔をするだけだった。

 現ソフィアの行いを悲しみ、殺戮でしか自分を表現出来ない事を哀れんでいるようにも見えた。

「ふざけんな、お前が出来なかった事をやってやってんだ。あんなやつらにおめおめと殺られたくせに、出張ってくんじゃねえよ! 消えろ!」

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