第二十二話 唆す
ソフィアの部屋にやってきたメルルとミルルはふてくされたような顔で、
「何かご用ですかぁ」
と言った。
ソフィアは驚いたような顔で彼女達を見た。
「びっくりするほど不愉快な女どもね」
とソフィアが言うとメルルは頬を膨らませて、
「私達ねぇ、次期ヘンデル伯爵の妻になる立場なのよ! マルク様が私とミルルを妻にしてくれるんだから! そうなったら、あなたみたいな子、すぐ追い出してやるんだから!」 物乞いでもして暮らすがいいわ」
と言った。
「馬鹿なのね。まあ、あのお兄様のメイドですものね」
とソフィアが言って笑った。
「何よ!」
とメルルが言い、ミルルも綺麗に整った眉をひそめた。
「言っておくけど、このままじゃマルクお兄様は廃嫡されるのを待つばかり。ケイトお姉様がローガンお兄様と結婚して、伯爵家を継ぐようになるわ。そうなったらあなた達みたいな何の役に立たない色物メイドはお払い箱、ケイトお姉様は紹介状も書いてくれないと思うわよ」
「え?!」
と二人が言い、顔を見合わせた。
「そんな……」
「マルクお兄様はあなたたち二人が側にいればお幸せなんでしょうけど? あなた達は? 地位も名誉もお金も失ったマルクお兄様とそれこそ物乞いでもするの?」
「い、嫌です!」
「なら考えるのね? どうやったらマルクお兄様が無事に伯爵家を継ぐ事が出来るのかって事をね?」
と言ってソフィアが笑った。
「邪魔なのは誰?」
「え……」
「ナタリーお姉様はもういない。跡継ぎはマルクお兄様とケイトお姉様の一騎打ちだわ」
「そ、それはそう……ですが……でも、どうやって……どうすれば」
メルルとミルルは短いスカートの裾を握ってもじもじとしている。
「どうって、ケイトお姉様には消えていただけば?」
とソフィアが言い、メイド二人ははっとした顔をした。
みるみる顔が白くなり、目を大きく見開いた。
「あら、あなたたち、案外善人なのね。でも考えてもみなさいな。ケイトお姉様に消えていただかないと、あなた達、奴隷落ちなんじゃないかしら? ケイトお姉様はマルクお兄さまの生活態度やあなたたちのような色気と若さしか取り柄のないメイド、凄く嫌ってますわよ? みせしめに奴隷落ちさせるくらいするんじゃないかしら」
「そ、そんなの嫌です!」
二人は身体を寄せ合って、震えだした。
「だったら、殺られる前に殺れ、ですわ」
とソフィアが言って笑った。
「でも、どうやって……ケイト様には近づく事すら出来ないんです。私達、嫌われていて」
「そうね」
ソフィアはふふっと笑った。
ケイトは兄のマルクも彼の色物メイドも嫌っていた。
色気を振りまいてマルクから金銭を奪う、それは=ヘンデル伯爵家の財産を不当に搾取している事に他ならないからだ。マルクを廃嫡するのもこの汚らわしいメイドを処分したいが為だった。
「どうやればいいのかって? 少しはその足りない頭で考えなよ。あんたらがソフィアにした仕打ちだって忘れてねえからな?」
ソフィアに睨まれてメルルとミルルはぞくっとした。
「マルク兄様がどこぞで拉致ってきた娘いただろ? パンか金貨をちらつかせてさ、貧しい地区に住む娘をさらってきたろ? それに気が付いたソフィアが決死の思いで逃がしてやったよな? それ、あの変態にちくったのお前らだろ?」
「だ、だってぇ」
「あれは……」
メルルとミルルはもじもじとうつむいた。
これはどうも様子がおかしいぞ、と感じた。
自分の事を話すに他人事のようにソフィアと言うのはおかしいし、この迫力と視線は殺気さえ感じる。
以前もめそめそソフィアとは違い、凄まじく恐ろしい。
「娘を逃がしたっつって、折檻されたんだぞ? さすがにあの変態も異母妹に手を出すのはまじいと思ったんだろうけど、裸にされて鞭打ちだぞ? 今でもミミズ腫れが消えてないんだぞ? あ? どうしてくれんだ?」
「ご、ごめんなさぁい」
「ごめんですめば警察はいらねえんだよ。お前らケイトを殺してこいよ。そしたら、変態を伯爵にしてやってもいいぞ? そんでお前らを伯爵夫人にしてやってもいいぞ」
とソフィアが言った。
「え! 本当ですか?」
「本当さ」
ソフィアはクスクスと笑った。
「近々、お前らをケイトお姉様のメイドにしてやる。そしたら近付けるだろ?」
メルルとミルルは不安そうにお互いの顔を見合わせてから手を繋ぎ、
「はい……」
と言った。
「頑張れよ? ケイトお姉様の鞭は結構痛いから気をつけなよね」
とソフィアが笑った。
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