第二十一話 色物メイド
「何をやってるんだ」
エリオットの部屋の前に立っているソフィアにマルクが声をかけた。
「マルク兄様」
とソフィアが言ったが、マルクは唇を歪ませて、
「誰が兄と言っていいと言ったんだ?」
とソフィアの長い銀髪を掴んだ。
「キャ」
とソフィアは言い、細い身体が揺らいだ。
「だって、兄様にはもうソフィアしか味方がいません」
「何?」
「中でケイト様とローガン兄様が密談中です。マルク兄様を廃嫡して、ケイト様がこの伯爵家の跡継ぎになるんですって。そしてローガン兄様と結婚するらしいですわ」
「な、なんだと!」
「可哀想なマルク兄様、ローガン兄様は見目も良いし、上級の魔法の遣い手ですもの。魔法学院を卒業したら、魔法省庁へお入りになるようですわ。宮廷魔道士の地位もすぐそこだとか」
「そ、そんなまさか……」
「ローガン兄様はケイト様との結婚には興味なさそうですけど、ケイト様はとても乗り気ですわ。お父様もそれに賛成しているとか?」
「嘘だ! この家の跡取りは僕だ!」
「そうですわね」
とソフィアは言ってふふふと笑った。
「お前、僕の味方だと言ったな?」
「ええ、だってお兄様ですもの」
「ど、どうすればいい? どうすれば……僕の地位は守られる?」
「それは……やはりケイト様がいなくなるのが一番では? ローガン兄様とエリオット様はお父様の弟、つまり叔父様の子。ケイト様が夫にするのもうなずけますけど、ケイト様がいなくなればマルク兄様が正当な跡継ぎですもの。もうローガン兄様の出番はありませんわ」 と言ってソフィアは笑った。
「た、確かにそうだな。ケイトさえいなくなれば……でもどうやって……」
マルクはすがるような目でソフィアを見た。
マルクは表だって妹達のようにソフィアを虐めることはなかった。
ただ無関心。
自分の部屋に気に入りのメイドを集めて、給金以外にも自分の小遣いから金を与え、マルク様、マルク様、と傅かれているだけで満足だった。
誰も彼を傷つけず、誰も彼に意見せず、嫌な事があると慰めてくれて、素晴らしい素晴らしいと褒め称えてくれる、それがマルクの人生だった。
「そうですわね……あら、マルク兄様、お茶の時間ですわ。お部屋に戻ってお茶でも飲めばまた良い案が浮かんできますわ。メイドのメルルとミルルがきっとお茶とお菓子を用意して待ってますわよ」
とソフィアが言った。
「ん? そうだな。お茶の時間は大事だからな!」
「ええ、ゆくゆくは伯爵様ですもの。高尚なお茶の時間は大事ですわ」
ソフィアがにっこりと笑うと、マルクはほっとしたような顔で自分の部屋の方へ小走りに行ってしまった。
「マルク様、お帰りなさいませ」
「メルル、ミルル」
「ささ、お座りくださいな。今日はとても美味しいお紅茶とメルルがマルク様の為に焼いた菓子がありますわ」
専属メイドのメルルがそういい、マルクをソファに促した。
「それは楽しみだ」
「マルク様、ミルルだってぇ、マルク様の為にいっぱいお仕事しましたんですのよ?」
もう一人のメイド、ミルルはぷううと頬を膨らませた。
「そうか、ミルル、ありがとう」
カップに紅茶が注がれ、よい香りが立つ。
マルクは満足そうに紅茶のカップを取り上げ一口飲んだ。
屋敷のメイドは一律、黒のメイド服着用だが、マルク専属だけはピンクやらブルーやらのエプロンにミニスカート、シャツは提灯袖でウエストはきゅっと搾ってある。
何より給金を倍もらっているようなものなので、羨望と嫉妬が入り交じった視線で見られ密かにメイド同士の争いもあった。
「失礼しますよっと」
と言いながら入ってきたのは、元ナタリーのメイドで今はソフィアの世話をしているマイアとメアリだった。
「マイア! マルク様に何の用?」
ピンクメイドのメルルがマイアを睨んだ。
ナタリー付きだった頃から、マイアとメルルは仲が悪かった。
元のマイアは主人に似て意地の悪いメイドで、全てのメイド仲間を下に見て、そしてマルクに優遇されているメルルとミルルをことのほか嫌っていた。
今のマイアはローガンに忠誠を誓うナニカだが、生前のマイアの記憶を受け継ぎ、メルルを嫌っていた。
「ソフィア様からの伝言さ」
「ソフィア様? なぜあの娘に様なんかつけるの?」
「うるせえ、お前には関係ない。マルク様、あなたの願いを叶える方法を思いついたから、今すぐ、メイドを入れ替えて、このあたしマイアとメアリをマルク様の専属メイドにするようにとの事っす」
「え」
とマルクが言い、メルルとミルルは猛烈に怒った。
「何を言ってるの! そんなことあり得ない! 私達がマルク様から離れるなんて!」
メルルはマイアにそう怒鳴っておいて、
「ねえ、マルク様、メルルとミルルはずっとマルク様のメイドですよねぇ?」
と甘えた声でマルクに言った。
「え」
とマルクは迷っている。
メルルとミルルはお気に入りだが、ケイトをどうにかしないと自分は廃嫡され、伯爵家を継ぐのは生意気なローガンになってしまう。マルクはそれだけは避けたかった。廃嫡された後、屋敷を追い出されば生きていく才覚などない自分は路頭に迷う。どこかの道ばたで餓死ならまだしも、奴隷買いにでも捕まれば終わりだ。
「分かった。ソフィアの言う通りにする。マイアとメアリを専属にする」
と絞り出すような声でそう言った。
「マルク様ぁ!」
「そんな!」
メルルとミルルはマルクの膝にすがりつくが、マルクは俯いて拳を握るだけだった。
「ほら、お前らは今日からソフィア様のとこに行けよ。しっかり仕えるんだぞ」
とマイアに言われて、メルルはぷうと頬を膨らませた。
「マルク様、本気で私達を追い出すのですかぁ?」
「そうじゃない、やることがあるんだ。とても大事な……だから今だけだ。それが終わればすぐに呼び戻すよ。メルル、ミルル、我慢してくれ」
「そんなぁ……マルク様ぁ」
がっくりとマルクの両足に縋るように跪く二人をマイアが蹴り飛ばし、
「さっさとソフィア様のとこに行けよ! いろいろ忙しいんだから!」
と言った。
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