第二十話 化け物の子
「何をしているの?」
そう言いながらエリオットの部屋に入って来たのは長姉のケイトだった。
ナタリーを悼んでか、黒いドレスを着用している。
「エリオット、あなた、足がどうとか言ってなかった?」
上着の袖に腕を通しているエリオットがケイトに振り返り、
「姉様、ごきげんよう。僕の足はもうすっかりよくなりました」
と言いながらついでに足踏みをして足が完治した事をケイトに見せた。
「あら……そう、なら、良かったわ。でも、あなた、両足骨折してたのではないの?」
「そうですけど、兄様がよい治癒師を紹介してくださって」
とエリオットは少年らしい輝くような笑顔を見せた。
「そうなの?」
とケイトはローガンを見た。ローガンもケイトを見返してうなずいた。
「それならいいけど。エリオットの足がどうって変な噂を聞いたものだから。ナタリーの葬儀にも出られなかったくらいだから重傷だと」
「ナタリーの葬儀には無理をさせなかっただけさ。両足骨折は本当だったし」
「そう、ならいいわ。いいこと? お父様もお母様も領地へ行ってしばらくは戻らないのだから、マルク兄様を始め、私達でヘンデル伯爵家を守って行かなくちゃならないのよ?」
と言うケイトにローガンはニヤニヤとして笑った。
魔王の右足はエリオットの中身をすっかり平らげていた。
エリオットとしての知識が詰まった脳みそにも舌舐めずりし、彼の全てを自分の物にした。そして次の瞬間からエリオットを演じることは魔王の右足には至極簡単な事だった。エリオット自身が持つ魔力を堪能し、そして心地よい人間の皮の中。いずれ魔力を取り戻した魔王の右足がうんと伸びをすれば、瞬く間に破裂してしまうだろう、脆弱な人間。
それでも今は満足な魔王の右足だった。
「分かってるよ。ケイト姉様、兄弟達で力を合わせて頑張ろうよ」
「そうね、でもローガン、あなた最近変わったわね」
とケイトが言った。
「そう?」
「ええ、元々出来る子だったけど、最近は特に真面目に勉強も魔法も学んでいるらしいじゃない。学院内であなたを追いかける女の子達も遠ざけてると聞いたわよ?」
「まあね、女の子と遊ぶのもいいけど、やっぱり今は学ぶ事がたくさんあるしね」
「そう、なら、お父様がおっしゃてた通りになりそうね」
「父上が何て?」
ケイトはクスッと笑った。
「マルク兄様では伯爵家を継ぐに値しない。ローガンの方がまだましだと。あなたは遊び人でそれもどうかと思っていたけど、血縁ではあるし、あなたと私が結婚して、この家を守っているようになると思うわ」
「へえ、俺が? ヘンデル伯爵家を継ぐって? マルク兄様はいいの?」
「あの人は出来が悪くて、お父様も困ってらしたわ。その上、容姿も悪い。恰幅が良いと言えばいいけれど、太っていてだらしがないとも言うわ。二年前に卒業した学院も成績は下の中、飛び抜けた魔法を使えるでもない。今は毎日部屋にこもってお気に入りのメイドを侍らせて遊んでいるだけ。運動神経も悪く乗馬も出来ず、美術も興味なくて芸術品を見る目もない。人付き合いも下手で、気の利いた会話も出来ない。それでは我がヘンデル伯爵家を継ぐのは無理だわね」
ケイトは腕組みをして、呆れたようにため息をついた。
つり目のきつい顔だが、見ようによっては美しいケイトをローガンは眺めた。
そして面白そうだ、と思った。
俺と結婚? そして子を産むのか? 妖魔の俺の子を?
はたしてどんな子が生まれるやら、だな。
人間の皮を被った怪物の子だ。
さぞかしおぞましい子が誕生するだろう。
そこまで考えてローガンは、それでもその役はできたらソフィア様にお願いしたいな、と思った。それならその化け物の子を俺は大事に育てるのにな。
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