第十七話 腐臭と屍肉 蘇るナタリー

 ナタリーの葬儀は王都で一番大規模な大聖教教会で行われ、彼女に別れを告げに来る友人達で溢れていた。

 棺に入れられたナタリーの身体は出来るだけ修復されたが、蓋は閉められたままでその顔を見る事は叶わなかった。

「ナタリー」

 ハンカチを濡らし肩をふるわせる伯爵夫人に寄り添うケイトの姿があり。

 美しい顔が悲壮に歪み、それは見る者に涙を誘った。

 二人共に意地の悪い性質だが姉妹仲はよく、成績優秀なナタリーに魔法学院総会長のケイト、二人は学院の中でも生徒達の憧れの的だった。

 見送る生徒達に混じって、ソフィアのクラスメイトでナタリーの取り巻きでもあったローラが参列していた。

 ローラはあの日から体調を崩して学院を休んでいた。

 ナタリーの訃報を聞き、ローラの頭に真っ先に浮かんだのはソフィアに殺されたのでは、という疑問だった。

 それが事実でもどうでもローラにはなすすべもなく、告発する気もない。

 毎夜、あの日の事を夢に見て飛び起き、全身汗だくで震えが止まらなかった。

 上級生が、何より姉のナタリーがソフィアを虐めていたのだ。ローラはその尻馬に乗っただけだった。そもそも庶民は虐められ虐げられるのが貴族界での常だ。身分の上下とはそういうものだ。生まれ持った身分の差とはそういうものだった。

 だが圧倒的な魔法力にローラは自分の身を守ることすら出来なかった。

 ローラの魔力量は多い方で、魔法省官僚になろうとも思っていた。それだけの力と成績、それに人脈もあった、だが今は魔法学院をやめたいとさえ思いつめていた。


 学院の先輩であるナタリーに義理を果たしにきただけですぐに帰るつもりで ローラは伯爵夫人にお悔やみの言葉を言い、棺に献花をした。噴水の柱に磔になった無残だった最後の姿を聞き、顔を見たいとも思わなかった。

 棺の側にいる伯爵家一同に礼をした瞬間、

「もう帰るの? もうすぐ面白い事始まるのに」

 と耳元で声がした。

 顔を上げるとソフィアが笑っていた。

「ひいいいい」

 その場を繕う事も出来ず、ローラは悲鳴を上げて腰を抜かした。

「ご、ごめんなさい」

 そう言うのが精一杯だった。


 ガタンッと棺が動いた。

 その音へ数名が視線を動かしたその瞬間、

 バンッと棺の蓋が吹っ飛び、宙を舞った。

「え?」

 と言う声と驚愕の声が上がった。

「ナタリー!!」

 というケイトの声に、皆が棺を見た。

 ナタリーが上半身を起こし、両手は棺の縁を掴みんでいた。

 顔は薄化粧をされていたが青白く、下から杭が突き抜け破れた口と鼻の部分は綺麗に縫い合わされていたが、元の形はなくギザギザの縫い目だけだった。

 ナタリーはゆっくりと起き上がったが、醜い顔と干からびた手足、そして真っ白になって半分ほどが抜け落ちた薄い頭皮が彼女を老婆に見せた。

 

 会場は阿鼻叫喚。

 ヘンデル伯爵とその夫人は真っ先に逃げ去り、腰を抜かした級友たちや、貴族達がガクガクと脚を震わせながら出口の方へ向かう。


 ナタリーは棺から出て、床に脚をついた。

 最初にすぐ側で腰を抜かしているローラに目をやり、

「ド、ドーラー」

 と懐かしそうに言った。

「や、やめて……助けて……」

 ローラは腰を抜かしたまま、這いずるように逃げ出したが、ナタリーはそのローラの髪の毛を掴んで、笑うような仕草をした。

 腐臭がローラの鼻をつき、その悪臭にローラが嘔吐いた。

 死臭、腐りかけた肉の匂い。そして何より、ナタリーの足下に滴り落ちながら溜まっていく腐った体液。

 ナタリーはローラの髪の毛を引っ張り上げ、そしてその頬を寄せた。

 ぐにゃっとした柔らかい感触が自分の頬にあたり、そして何より濃くなる腐臭にローラの喉から嗚咽がこみ上げ、そして朝食に食べた物を吐き出させた。

「た、助け……誰か……」

 ローラが捕まっている間に弔問客は逃げ去り、残っているのはソフィアとメイドが二人、そしてローガンが彼女を見下ろしていた。

「た、助け……くださ……」

 とローラが言ったが、その言葉にソフィアが笑った。

「聞きたい事あるんだけど。クラスメイトにレイラって子いたじゃない? 聖女候補とかの魔力だけど庶民からの入学だったから、結構虐められてたじゃない? 夏頃から急に学院に来なくなったけど。あれ、誰の仕業?」

「……私……知らな……」

「嘘つくな。あんた、一年の代表格だろ? 庶民が聖女候補だなんて生意気だって言ってたよね? このあたし、ソフィアもずいぶんと虐めてくれたよね? この間のでそれがチャラになるなんて思ってないよね?」

 とソフィアが笑顔で言った。

「ご、ごめ……」

「謝らなくていいよ。許さないし。で? レイラはなんで学院に来なくなったの?」

「あ、あれは……ケイト様のお言いつけだと、ナタリー様が……」

「ケイト?」

「は、はい。ケイト様も聖女候補ですよね? それで……レイラを生意気だと」

「ケイトって聖女候補なの? あんな腹黒で?」

 とソフィアがローガンを見た。

 ローガンは肩をすくめて、

「そうさ。聖女に認定されると、ゆくゆくは王妃候補にもなるからね。伯爵家の娘が狙う最高級の地位だ。だけど、レイラの方がケイトに勝ってた。魔力でも人柄でもね」

 と言った。

「それで追っ払ったってわけ?」

 ローラの首には腐臭を撒き散らすナタリーの腕ががっちりと巻き付き、顔の継ぎ目から溶け出し漏れてくる体液にローラはうげえうげえと嘔吐しながら泣いている。


「悪霊成敗!」

 と声がして、教会の入り口から聖魔術師達が駆け込んできた。

 ナタリーはローラの首を離し、シャー!っと魔術師達を威嚇した。

「マジで悪霊成敗って言うんだ」

 とソフィアが笑った。

「ヘンデル伯爵家の方ですね! 早くお逃げください!」

 と先頭の魔術師が言い、ローラは這々の体で入り口までじりじりと逃げた。

「ナタリーお姉様、どうやらお別れですわね」

 とソフィアが言い、ローガン、メイドのマイアとメアリを連れて入り口の方へ向かった。

 ナタリーは再びシャー!と言い、その後を追うように動いたが、魔術師達の聖魔法によって身動き出来なくなり、そしてローガンの方へ手を伸ばしながらその身は粉々になって消滅した。

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