第十六話 噴水の柱に磔になる

「ローガン」

 声をかけられて振り返り、ローガンは長兄のマルクを見た。

 太って、背が低く、いつも人目を気にする性質だが、その中身は傲慢な男だった。

「何でしょう、兄上」

 正確にはヘンデル伯爵の弟の子供なのでローガンとヘリオットは従兄弟にあたるが、幼少からずっと同じ屋敷で暮らし兄弟のように育っている。

 それでもマルクはいつも自分が嫡男でお前達は居候だと示すのを忘れなかった。

 特に容姿が良く、魔力も高いローガンにはあからさまに嫉妬している。

「ナ、ナタリーがいないらしいんだが、知らないか?」

「さあ、昨日、学院から戻ったのは見かけました。そういえば夕食は自室で摂るとメイドに言いつけてませんでした?」

「そうだ、メイドが夕食を運んで行って、それからすぐに体調がすぐれないので休むと言いつけたようだ。それで朝、起こしにいったらいなかった……」

 二人は話しながら朝食の席へ着こうとする直前だった。

 その場には伯爵夫妻と長女のケイトがすでに席についていた。

 ソフィアは伯爵が気まぐれに呼ぶ時だけしか食事を共にする事は許されていなかった。


「ナタリーは出かけた様子もなかったのに。どうしたのかしら?」

 とケイトが言った。

 母親に似て、ほっそりとした美人だったが、つり上がったきつい目と薄い唇が少し冷たそうな印象を与える。

 魔法学院の総会長であり、魔法学が優秀で成績も良い。

 ソフィアを虐める事に執念を燃やすのは、母親の受け売りを信じているからだった。

 ソファの母親はヘンデル伯爵夫人お付きのメイドで美しくよく気の付く女だった。

 好色なヘンデル伯爵に目をつけられ子を成しそして死んだ。

 ソフィアを誰かに頼む間もなく、生まれたばかりの子の心配をしながら死んだ。

 夫人がソフィアを外へ出さず、嫌々ながらも娘として迎え入れたのは復讐の為でしかない。母親に似て美しく育つソフィアは、どこへ出しても愛され、平凡でも幸せを手に入れるかもしれないと思うだけで、夫人の心は張り裂けそうになる。

 ならば手元に置いて、虐めて虐めて虐め抜いてやろう、と思う。

 ケイトとナタリーは母親の言うがままにソフィアを虐め、蔑すむ。

 二人はそれを見て喜んで笑う母親を見て育った。


「誰か探しに行かせなさい」

 と不愉快そうにだけヘンデル伯爵が言った。

 余計な手間をかけさせるな、という表情だった。


「失礼いたします!」

 家令が駆け込んで来て、ヘンデル伯爵に耳打ちをした。

「何!?」

「どうなさいましたの?」

 と夫人が言った。

 ケイトは不思議そうな顔で両親を見て、マルクは興味なさそうに朝食を口にした。

 ローガンはそんな四人を見て、ナプキンで口をぬぐいながらにやりと笑った。


「ナタリーが……街の噴水公園で……見つかったそうだ」

「まあ、そうですの。そんな所で何を?」

 夫人の問いに伯爵は持っていたフォークを揺らしながら、

「し、死体だそうだ……噴水の柱に……磔に……」



 ざわざわとした衆人環視の中、ナタリーの死体は伯爵家の者の手によって回収された。

 王宮へ続く緑の公園の広場には大きな噴水がありベンチがある。

 カーニバルの季節には市が立ち、普段でも出店や食堂で賑わっている。

 普段でも約束の目印にされる事もある噴水は人通りも多く、たいそう人目につく場所だった。

 その噴水の吹き出し口を囲むように立つの二本の柱にナタリーは磔にされていた。

 両手首はそれぞれの柱に綱がれ、衣服は着ていない。

 真っ裸で両足の間からは太い杭が差し込まれ、それはナタリーの口から飛び出していた。

 腹は縦に引き裂かれ、中からべちゃべちゃと飛び出した臓物が噴水の水を赤く染めていた。

 気の早い猛禽類が頭上を飛び回り、人間の目を盗んで急下降しナタリーの肉を啄む。

 引き千切られたナタリーの臓物が空中でパチンとはじけ、見物に来ていた者の頭上で飛び散る。

 見物の群れが引いたり押し寄せたりしているうちに憲兵がやってきて伯爵家の者と共に無残なナタリーの死体を下ろし、そして野次馬を追い払った。

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