第十五話 メイド、メアリの最後

「お前、ローガンの手下になったんなら、中身は妖魔のたぐい?」

 ソフィアはメアリを担いで自分の後ろをついてくるマイアを振り返った。

「……」

 マイアはこくんとうなずいた。

 マイアの中身はある種の妖魔だが、力のない弱い妖魔だった。少ない魔力で犬や猫に分して人間に近づきその生気を喰らうか、他の魔獣達が殺し合い残った残飯をこっそり喰らうくらいしか出来ない。

「そう、それで? その怪我してるメイドもだけど、このままここに住み着くつもりなの?」

「え、えっと、人間の皮を貰えたら、人間に混じって生きやすいから」

「そ、好きにすればいいけど、あたしの邪魔をしたら許さないわよ?」

「は、はい」

 ソフィアの部屋の前まで来て、そしてソフィアはふんと中に入って行った。

「何、あの人間、人間のくせにやっべえ魔力じゃん」

 マイアはメイドの部屋に入ると担いでいたメアリを床に下ろした。

 血の匂いを嗅ぎつけて、早速、同じような妖魔が集めって来ている気配がする。

 次は自分に人間の皮をくれ、と瘴気を出してマイアに告げる。

「待ちなよ。ローガン様に言われてるんだ。どんな妖魔でもいいってわけじゃない。役に立つやつじゃないとね」

 マイアの中の妖魔はマイアの脳みそを喰らっているので、マイアの意識も知識も共有している。しゃべりも生活様式もマイアの暮らしをなぞる事が出来る。それは元々この妖魔の持つ知性が高かったから出来る事だった。ローガンはマイアにそれを求め、仲間を増やすのはいいが、知性の高い、役に立つ妖魔を望んだ。


「人間の暮らしをするんだ。この人間がやっていたメイドって仕事もしなくちゃならない。我々はローガン様に仕え、ローガン様のご主人はソフィア様だ。それを理解できるやつにメアリになる資格がある。いいか、人間の皮は便利だ。食いっぱぐれはない。だが、人間ってやつは窮屈だ。それを理解できるか?」

 マイアの周囲がざわざわとした。

「ソフィア様はすげえ魔力を持っていて残酷だ。容赦がない。だが間違いなく人間だ。我々は人間に仕える事になる。ソフィア様とローガン様の言うことは絶対。それを屈辱とするやつはここから去れ」


(人間に服従だと?)

(妖魔のプライドを捨てて?!)

(ソフィア様とやらの目的はなんだ? 妖魔に人間の皮を与えて何をしようと?)


「ソフィア様が自分からそうしているわけではないらしい。ソフィア様は自らの手で復讐ってやつをなさる。人間の皮はその時にでる副産物にすぎず、腹を減らした妖魔にお与えくださるだけさ。だがローガン様もこの私もそれでずいぶんと助かった。もう腹が減る事もなく、なんなら人間の食いモノもたくさん腹に入る。干からびた野ねずみや腐った肉を食うために奪い合って殺し合わなくてもいいんだぞ」

 マイアの言葉にざわっと空間が揺れた。

「さあ、どうする?」

 と言うマイアに一匹の妖魔が名乗りをあげた。

(では……)

 マイアは暗がりから姿を現した、一匹の妖魔を見た。

 獣型で黒い大きな身体に長い四肢が禍々しい。

 飢えの為かその肢体は痩せこけ、妖気も感じられない。

「ずいぶんと痩せこけてるが、お前、何が出来る?」

(人間界には詳しい。元は人間界で飼われていた)

「ふん、飼い犬が妖魔に食われて、自らもそうなったのか。いいだろう。その大きな身体に爪、牙はソフィア様の役に立つだろう。今回はお前にする。他の者は腐るなよ。またチャンスはある。ローガン様はこの屋敷中の人間を我々にくださるらしいからな」

 歓喜のような奇声と、ざわめきが部屋中に溢れ、そしてその気配は徐々に消えた。


「では、お前はこの人間を喰え。そしてお前が今日からメアリだ」

(わかった)


 この時、メアリには息があり、折檻された背中は痛み、意識も飛びがちだったが、それでもマイアと妖魔達の話は聞こえていた。

 そして今から自分が目の前の大きな犬のような獣に食われる事も理解した。

「や……いやだ……」

 ずりずりとドアの方へ這いつくばりながら、動こうとするが激痛が走りうまく逃げる事が出来ない。

「ギャッ!」

 這いずりながら動こうとしているメアリの身体を大きな脚が踏みつけた。

 そしてザーリザーリと背中の傷を舐める。

「い、痛い……」

 トゲのついた棍棒で殴られた背中は皮膚が破れ、血肉が飛び出している。

 神経がむき出しになったその箇所を舐められ、メアリは激痛で泣き叫んだ。

「ギャアアアアアアアアアア!」

 そのぶ厚く、熱いベロはザーリザーリとメアリの傷を舐め、そして尖った牙で背中の肉を食いちぎった。その傷口に頭を突っ込んで、ざくざくと肉を食い、ごりごりと骨を砕く。

「た、たすけ……いた……だれか……たふけ……て」

 部屋の中にクスクスと笑い声がした。

 遠くなる意識の中、メアリがそちらへ目をやると、マイアが笑っていた。

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