第3話
僕は、今日も梨花の眠る病室に足を運ぶ。
梨花は、ご両親の希望で、東京の有名な大学病院に入院していた。ここは、脳神経外科の専門の病院らしい。少しでも希望があれば、そう思うご両親の気持ちが、僕には痛いほど分かった。
あの日、梨花の乗るスクーターは、彼女の住むコーポの一キロ手前の交差点で、無理に右折してきた車に接触して吹き飛ばされた。
僕が、知らせを受けて病院に行った時は、梨花はもう病室のベットで動かない状態になっていた。
大学を卒業した後、僕は東京の会社に就職した。そして、その初日、仕事が終わってから梨花に会った僕は、三年間僕等の気持ちが変わらなかったら、結婚しようとプロポーズした。
梨花は涙ぐんで、それをOKしてくれた。
その、すぐ後だった。
人口呼吸器が、空しく音をたてる。
何時も生き生きとしてた大きな目は、見開いているのに何も見えていない。
それでも、一縷の望みを託して、梨花のご両親はこの病院に梨花を預けた。
田舎にいて、通えない彼女のご両親の為に、僕が毎日梨花の元に通う。
目覚めない梨花を毎日見つめながら、色々な出来事をただ思い出す。
約束の三年目が来ても、梨花はまだ目覚めなかった。
事故の後、一年たったある日、梨花のお父さんは僕に謝って、「梨花の事は、もう諦めて欲しい」と頭を下げた。何時までも、若い僕が目覚めない恋人を待っていても仕方が無いと。
新しく恋人を作って、幸せになってくれと。
でも、梨花はまだ生きている。そして、僕は梨花を今も変わらずに愛しているんだ。
その梨花を置いて、他の人など好きにはなれない。
だから僕は、こう言った。
「待ってますから、僕は梨花さんが目覚める日を」
梨花のお父さんは、黙ったまま涙を流した。
・・・・・梨花、梨花、早く戻っておいで。
もう、ずっと長い間、君は眠っているんだ。そろそろ、起きてもいい頃だよ。
何時も僕が目覚めた時、君の笑顔があったように、今度は君が起きる時、僕は飛び切りの笑顔で迎えてあげよう。
だから、早く起きて。君が起きないと、僕の朝はやってこないんだよ。
「あたし、あの主人公には納得できないな」
二人で映画を見た帰り道、何時も近くのコーヒーショップに立ち寄って、僕らは飽きる事なく映画の話しをしたものだ。
「そうか?恋人の為に身を引くなんて、健気じゃないか」
「何で、そう思うかな?好きなら、戦うべきよ。いくら、彼氏が選んだからって、簡単に引き下がるのが納得出来ないのよね。あんな女の人と一緒になって、彼が幸せになれるとは思えないわ。絶対、あの娘と一緒になった方が幸せになれると思う。だから、頑張らなきゃ」
たかが映画の話しなのに、梨花は疑問があると何時も剥きになって話す。
その不機嫌そうな顔が、なんだかとても可愛かった。
だから僕は、わざと梨花とは違う意見を言うんだ。すると、梨花は益々剥きになって、僕はそんな梨花の様子を見てるのが好きだった。
「でも、好きな男と暮らす事で、あの女の子も優しくなるかもしれないぜ。人は変われるんだって、主人公の子も言ってたじゃないか」
「そうかな~、奏ちゃんはあれが正しかったと思う?」
「そうじゃないけどさ、梨花は白黒ハッキリする事に、こだわりすぎてんだよ。悪い奴は悪い、いい奴はいい。そりゃそうだけど、その中にも色々物語りがあって、逆になる可能性だって一杯あるって事。主人公は、戦う事より身を引いて、でも見守る事を選んだんだろ。本人が決めたんだから、いいじゃないか。それも、一つの愛って事さ」
「なんか、悔しいな。奏ちゃんは、冷めてるんだよね。人は人、他人は他人、そうやって割り切れる人なんだ。でも、あたしは、主人公の立場だったら、絶対ヤだな。奏ちゃんを譲るなんて、出来ないもん。それも、あんな嫌な女に」
「バカだな、僕はそんなにモテないよ。梨花が僕を好きだって話しも、あり得ないって思ったくらいなのに」
僕が笑うと、梨花は少し怒ったように眉をしかめた。
「奏ちゃんは、ニブ過ぎる。なんで、そうかな?奏ちゃんに魅力があるから、あたしが好きになったんじゃない。自信なさ過ぎるよ。奏ちゃんは、自分で思ってるよりずっとカッコいいんだから、もっと自信を持って欲しい」
それから、少し疑うように僕を見て、
「でも、本当に、浮気してないのかな?なんか、奏ちゃんって女の人に誘われても、気づかずについてっちゃいそうで、怖いんだよね」
と、言った。
「酷いな~、そんな訳ないだろ」
僕がちょっとムッとして言うと、梨花はゴメンと笑った。
何時も、周りには笑いがある。暖かい気持ちになって、心地いい。
それが、梨花と一緒の時間だった。
僕みたいに、ちょっといい加減で、投げやりな所のある男でも、梨花と一緒だまともな奴になれそうな気がした。
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