第9話 彼女の名はメリア

 ホロアがメリアのボディーガードとして勤めて一週間、エイトたちは尾行して見守りという名の監視を続けた。エイトとカコはメリアを怪しんでいたがどれだけ尾行しても尻尾をつかめない。


 襲いかかる裏社会の刺客の退治、商談が破綻した時の保護と制圧。

 ホロアにさせていた仕事はどれもボディーガードの範疇のものだった。


「尾行始めてからもう一週間ね。メリアは嘘ついてないようだし、報酬もちゃんと支払っている……尾行はそろそろやめてもいいんじゃないかな?」


「…………そう、ですね。こういうのあまり良くないですよね」


「じゃあ、めし、たべたらサン・フラワーにかえろう」


 結果を得られなかったエイトたちはしょんぼりと料理を口に運ぶ。昼食を食べるためにレストランに入ったメリア一行を追って、エイトたちは少し離れた席についた。


 メリアのテーブルにはホロアの姿がなく、メリアとその後輩らしき人物が座っている。


「いや〜 さすがっす!あいつのおかげでこんなに早く邪魔なライバル共を消せるなんて」


「言葉に気をつけるように、ホロアはお手洗いに行っただけですよ」


「何言ってんすか? これでうちの組織は安泰っす!」


 午前中にすべき商談を終えたのか、陽気に話す後輩のそばでメリアは優雅にワインを嗜む。


「これで私の仕事は残る一件、明日で仕上げですね」


「もう待たずに今日しちゃいましょうよ! 今ならみんなイケるし」


「マグラック、落ち着いてください。せっかちはキミの良くない点です、予定は明日で変わりません」


「メリアの姐さん、ビビってんすか? あんな低脳女ぐらい俺一人で行けますって!」


「…………」


 メリアは何も言わずにグラスをそっとテーブルの上に置く。

 アルコールで僅かに紅潮した頬から熱が消えて、目つきは氷山のように冷たくなった。


 調子に乗って楽しげに話していた後輩のマグラックも流石に異変に気づき、慌ててメリアの様子を窺う。


「……あ、あの、オレ、なにか言っちゃいけないことを……」


「マグラック、私の元で働いてどれほど経ちましたか?」


 メリアはマグラックをまっすぐと見つめながら、両手でワインボトルを取って注ぐ仕草をして見せた。

 相手をもてなす仕草には有無を言わせない圧力が込められている。マグラックは空のグラスでメリアから注がれたワインを受け止めるしかなかった。

 

 メリアの席の異様な空気は周囲にまで漂い、エイトたちは気が付けば食事の手を止めていた。


「は、半年、だと思います……」


「へぇー……まぁほら、遠慮せずにお飲みなさい」


「はい、いい、いただきます……」


 グラス一杯ピッタリと注がれたワイングラス、それを持つマグラックの両手は震えていた。


「234日19時間ですよ」


「……え?」


「ここまで細かく覚えるのは難しいかもしれませんが、1分前の自分の発言なら覚えてますよね?」


「……あ、す、すみません。おぼえ」


 次の瞬間メリアはマグラックの発言を待つことなく、手に持っていたワインボトルでマグラックの頭を思いっきり殴ってみせた。

 店内に響く悲鳴を気にも留めずにマグラックの首を掴む。


「違います。「覚えてません」を聞きたいわけではありません。どうです? 自分の発言、思い出しましたか?」


「……うぅぐ、あぁ、すみま、せん」


 マグラックは意識朦朧で上手く答えられない。

 ほしい答えを得られなかったメリアはもう一度ボトルで殴ってやった。一回目と違って今度は手加減してないので、ボトルは「バリン」という鋭い音を奏でながら破片と化した。


「「低脳女」ですよ、思い出した?」


「…………ぅ」


 マグラックは暴行受けて気を失ったが、メリアはそれでも手を止めなかった。

 割れたボトルを逆手に持ち、それをマグラックの右太ももに深く突き刺してやった。


「……「新人教育」は一回までですよ。次にホロアを貶めてみなさい、その場でキミの手足を刻んで食べさせますね」






 その後、メリアは嘘泣きをしながらホロアの帰りを待った。

 マグラックは敵商社の刺客にやられたと説明した。



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