第7話 一人の支配と七人の死
「ボディーガードなら大得意! 私に任せな」
報酬も敵の詳細も聞かずに即答するホロア。
親友のためなら1秒たりとも迷わずに命を賭けられる二歳年下の彼女。年月と環境に削がれようが情の厚さはちっとも変わらない。
「ホロアなら、きっとそう言ってくれると思いました。ホロア、いつだってあなたは私の一番……ですよ」
微笑むメリアは孤児院で初めてホロアの存在を認識した日のことを思い出した。メリアが編入されてから間もない頃、先生は道徳の授業である有名な思考実験を問った。
『トロッコ問題』
制御不能になったトロッコの二つの路線先にはそれぞれ、身動きのできない作業員5人と1人がいた。その時たまたま分岐器の近くにいたあなたは5人の作業員と1人作業員のどちらを助けるか……
という内容の思考実験だ。
授業を受けていた孤児たちの答えの多数は「5人を助ける」、という結果になった。
他に「何もしない」または「1人を助ける」と答える生徒がいた。また分岐点で上手く路線を切り替えてトロッコを脱線させる、というそもそもの前提を覆す論外な生徒もいた。
メリアは周囲に溶け込むために多数派の「5人を助ける」と答えたが、その本心は真逆だった。
この問題のキモは多人数・少人数を救った達成感なんかではない、正しくは自分の手を汚して人を殺せるかどうかだ。
群れているにも関わらずトロッコ如きで全滅する5人のマヌケは処分して、残った1人を救った恩義で手下として支配する。
手を汚すのであれば中途半端にやるつもりはない、真っ黒に染め上げて手に入る物は全て搾り尽くす。
それが当時10歳になったばかりのメリアの本当の答え。
そして、一番最後に返答した孤児が当時8歳のホロア。
「めんどーくせぇ! 何でこっちが助けてやんないといけねぇんだよ、そのまま帰る!」
「ほ、ホロアさん!」
それまで孤児の声に真剣に耳を傾けていた先生はこの上なく困っていた。
そりゃそうだ、ピーラ国の孤児院という施設は建前として行き場のない子供を保護するが、実際の目的は資源のリサイクルである。
要は金持ちから見捨てられたどうしようもない最下層のガキを搾取できる状態にしておくこと。
だから孤児は全員悪を知らない善い子でなくちゃいけない。
「じゃ、じゃあ、こうしましょう! 路線先にいる「5人」と「1人」はどちらもホロアさんの親友としましょうッ! この場合でしたら帰れませんよね?」
子供は人助けをしなければいけないという妄想に囚われすぎて、先生は問題の本質と自分自身の放った言葉の残酷さに気づかない。
2択のように見える選択肢はどちらも答えが同じ、「親友を手にかける」それしかない。
「だったら簡単じゃん! トロッコで5人殺したあとに、残った1人を殺して自殺するぜ」
「えぇ……そ、それはどうしてですか? その答えじゃ誰も救ってないどころか自分までも死んじゃってますよ」
「私がやれるやさしさはソレしかないから」
ホロアは幼い頃から「暴力」というものとの距離が近かった。
どんなに理不尽な環境でも、どれほどの権力を握る者であろうと、圧倒的な暴力に遭遇すれば等しく「死」という結果に迎える。
ピーラという国は格差によって平等に生きることも、自由に生き方を決めることもできない。だが、誰であろうと死からは逃げられない。
ならば、人の最たる個性は死に様である。
ホロアにとって手軽に死を与えることのできる暴力は、この世で最も優しくて平等なコミュニケーション手段。
その日から、メリアはそんな破滅願望持ちのホロアにどうしようもなく心を奪われた。
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