第6話 ルーカスの遺産

「サン・フラワー看板娘、ただいまっ戻りましたーーー!」


 食堂サン・フラワーの老朽化を一切気にすることなく、エイトの腕を握ったままボロボロの扉を蹴り開けるホロア。

 強盗を殴った時のアドレナリンがまだ切れてないようでテンションが異常に高い。


「ちょっとホロアさん、いい加減離してくださいよ」


「ごめんごめん! ほら、フレデリカの飯食べよう」


「ホロア、それツバキおこるよ……あと、ホロアのともだち、きてるよ」


「ともだち? 誰?」


 カコはその「ともだち」のいる方向を指差しながら一つ空席の椅子を引いて、席をポンポンと軽く叩いてエイトに座るように促した。


 一方でホロアはカコの指差した方を見ると、食堂の一番奥の席に座る赤髪の少女がじっとホロアを見つめている。


「メリアちゃん?!」


「お久しぶりですね、ホロア」


「スッゲェー久しぶりじゃん!」


 久々に再会した親友を見るや否や、ホロアは彼女の元へ駆け寄って迷わずに大きくハグした。

 メリアからは十区で決して嗅ぐことのできない優しい香りがする。


「ちょっ、ちょっと、息苦しいですよ」


「ご、ごめん……どうしてこんなとこに? というか孤児院のみんなは元気?」


「いえ、私はもう孤児院で暮らしてません」


 両親に捨てられたホロアは数年前まで第六区のヨルム孤児院で育てられていた。

 この時代で孤児という生まれは決して珍しいものではない。むしろ、ホロアの両親は子供を五体満足の状態で孤児院に預けるだけの良心がまだ残っていた。


 一方で孤児になったメリアは8歳の頃に同じヨルム孤児院に編入することになり、奇妙なことに性格が真逆の二人は親友となった。

 

「私、なんとか第ニ区の大規模商社に勤めることができました。それで最近ホロアは第十区にいるという情報を聞いて、気が付いたら会いに来ちゃってました!」 


「すっっごい! それって、お、おんらいん(?)レディーってヤツ、でしょ?」


「オフィスレディ。OL、ね」


 少しおバカなホロアとお利口さんのメリア。

 姿こそ成長したものの二人をつなぐ友愛は少しも変わってない、ソレは目に見えなくとも確かに存在する。


 再会した二人に気を遣ってフレデリカは一番美味しい定食を作ってあげた。暴力と犯罪で汚れきった街だからこそ、わずかな癒しがこの上なく輝いて見える。


「ねぇ、ホロアは覚えてますか? ヨルム孤児院で私をいじめっ子から庇ってくれたことを」


「もちろん」


「ウワサは聞いてます。今でもホロアは喧嘩強いんですよね」


「うん! 私はこの十区で一番強いんだぜ」


「うそ、わたしのほうがつよいよ」

「うるせっ! カコは黙ってろ!」


「フフフ……それでは、もう一度お願いできます? もう一度私を守ってくれませんか? ボディーガードになってほしいです」


 メリアはホロアの手を取って、自分の両手で優しく包み込む。


「ボディーガード? 誰かに襲われたの?」


 微笑みを崩さないメリア、彼女の言葉には不思議な魔力が込められている。

 聞いた者の抵抗も裏切りも決して許さない、そんな支配を植え付けられるような不思議な感覚。


 ますます親に似てきた。

 ホロアはメリアの言葉に潜む確かなカリスマ性にそのような感想を抱いた。


「ええ、お仕事含めて色んな方面の敵、と言いましょうか。それだけでしたら特に問題はないのですが…………最近はお父様が遺した負の遺産にも迫られているのです」


 今から10年前、当時の中下層の区を牛耳っていたピーラ国最大のギャング組織・ルーカス。

 腐敗と裏切りの連続で組織は瓦解し、4万8千の組織員を束ねるボスはその場で射殺された。


 ギャング組織ルーカスが瓦解してから2年後、ボスの一人娘であるメリアはヨルム孤児院に編入された。


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