第4話 No.8

「先生、仕事の相談をしに行きますね……えぇ、新病特効薬の件です……」

「わっ、わぁああああああああ!!」


「!? ホロアの声? ……すみません先生、また今度お願いします」


 先生と呼ばれる人物との通信を切断して、ツバキはすぐさま悲鳴の元へ向かった。少年と指輪の件で少し神経質になっていたツバキ、「ファニ」のコードネームに似合わないしかめっ面で部屋から出る。

 最悪な事態を想定したが、目に映ったホロアはなぜか少年の部屋の前で座り込んで顔を隠している。


「…………何してるの?」






 十分後。


 ツバキはホロアを落ち着かせた後、少年の話を一緒に聞くことにした。


「あたしはツバキ。横のヤンキーはホロア……キミの名前は?」


「エイト。シリーズNo.8、です……いいえ、僕はセリヌ……いや、デイヴです……これも違う、僕はレオンです……」


 少年は何かを思い出しながらひたすら自分の名前を言い続けた。

 目の前のツバキたちをからかっているわけではなく、その表情は真剣そのもの。どの名前も本気でらしい。


「つ、ツバキちゃん、これどういうこと? 私こわい」


「……そうだな、ひとまず最初に言ってくれた名前「エイト」で呼ぶよ。エイトくんは自分についての記憶が錯乱してるみたいだね。今はエイトくんのことは一旦置いておこう」


 ツバキはポケットから少年の所持品『色彩』の指輪を取り出して見せてあげた。


「この指輪について、何か知ってる?」


「……それは僕のモノです。返してください」


「あぁ……実はね、エイトくんが眠ってる間に指輪が暴走したの。私が鎮めるからしばらく預けてくれない?」


「え? そうなのツバキちゃん? いつ暴走なんかし」

「黙ってて」


 ツバキは素早く鈍感ガールの口を手で塞いだ、ホロアは良くも悪くも察しが悪い。

 エイトと指輪を調べるためには一度先生のところに連れて行く必要がある、それまでこの少年を逃してはいけない。彼の依頼主からは前金しか貰ってなかったのでこのままじゃ赤字で終わってしまう。

 人質なり臓器をバラすなり店に売るなり、少年の情報があればやり方次第でお金に変えられる。


「そうだったんですか。ありがとう、ございます……それじゃしばらくの間、お願いします」


 記憶が錯乱しているだけでエイトの意識自体はしっかりしている。

 指輪のことを聞き出せないなら、今は別のことに注目してもらった方が良い。


「ホロアはエイトくんのことがだいぶ気になってたみたいだし、エイトくんも気分転換したいでしょうから、ふたりで散歩して来なよ」


「気分転換は必要ないです」


「いいの!? ほら、お姉さんと出かけるぞっ!」


「え、えっ、ホントに行くんですか!?」


「あったり前じゃん!」


「散歩って何も面白くないですよね」


「何言ってんの!? 街のチンピラと悪ガキをボっっコボコしようぜ、スッキリするしサイコーに楽しいから!」 


 エイトの困惑を無視してホロアはその細い腕を引っ張って出て行った。

 ホロアの騒がしさに悩むことも多いが、ツバキはその明るさに助けられることも多い。

 徹夜で作業してた疲労を忘れるように、一人きり残った部屋で大きな伸びをする。


「さって……下でフレデリカの料理でも食べてこよっかな」

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