第3話 マリンブルーの瞳

「ホロア、この唐揚げセットを運んだらカコと交代して」


「あいよ!」


 白狼の仮面のおかげで幾分は可愛らしく見えていたが、「ウルフ」じゃない時のホロアの外見は街中のヤンキーにしか見えない。


「唐揚げセット、ごゆっくり〜 ねっ、美味しそうだから一つ貰っていい?」


「おいおい、お前ウェイトレスだろ! ちゃんとしろよ……今回だけだぞ」


「やりぃー」


 ムーンゴースツのアジトはピーラ国で最も治安の悪い第十区の外れにある。

 ギャング、薬物中毒者、元犯罪者、売春婦。第十区で暮らす区民はまさしく社会の最下層。


 そして日中のムーンゴースツはそんな民衆のために、「サン・フラワー」という名の食堂を営んでいる。

 ゴースツの四人はみんなの子供・孫のように可愛がられており、ホロアの接客態度は逆に可愛くらしく見える。


 客の唐揚げを口に入れながらホロアはエプロンを脱いで2階に上がる。

 ノックという概念を知らないホロアはカコの部屋のドアを乱暴に開ける。


「カぁ〜コ、交代!」


「うぃ」


 エプロンをカコに投げて渡すと、ホロアはそのまま隣の仕事部屋に入って行った。中では「ファニ」が魔術で少年の指輪の解析をしていた。

 今回の窃盗依頼は奇妙な形で終えてしまった。

 

 依頼料は前金しか貰えてないのに依頼主は先に死亡してしまったし、残った少年も眠ったままで起きない。だから唯一の所持品の指輪を調べるしかない。


「どう? ツバキちゃんなんかわかった?」


「困ったことになったわ。本物の十魔法の指輪よ、これはきっと『色彩』の指輪に違いない」


「……じゅ、じゅうまほうの指輪、ね! あれだよね、有名なヤツ」


「知らないでしょ」


「はぁあ!? 私をナメんな、知ってるし!」


「へぇ〜…… まあいい。情報整理のために説明するわ」


 魔法が世界から消えて数千年も経過したにも関わらず、なぜ人々は魔法の実在を信じて疑わないのだろうか。

 理由は簡単だ、魔法の存在を証明する証拠が残っているから。


 それが十魔法の指輪。


 遥か昔、地上最後の魔法使いは十の滅びの予言を残した後、それに対抗するための十魔法を指輪に込めて亡くなった。

 現代まで残っている十の指輪は国が管理しており、ごく稀に短期間の展示をすることもある。

 ロケット発射時に使用されている魔術は『希望』の指輪から発生した重力魔法を利用したもの。


「な、なんかすげぇ……この指輪がそんなにすごいモンなの? 売ったらいくらになるんだろ」


「伝承によれば『色彩』の指輪は元素魔法を使えるはずなんだよね。でも、足がついちゃうから使えないし売れもしない……だから困ってるんだよね……先生に連絡して相談してみる、ホロアは少年の様子を見てきてちょうだい。あの子が目覚めたらなにか分かりそうね」


 指示されるがままにホロアは少年のいる部屋へ向かった。

 ツバキのような柔軟性も、フレデリカのような冷静さも、カコのような愛嬌もない。

 自分はせいぜい体を張ることしかできない脳筋、だからホロアは指示が好き。指示は何も考えなくて良いし楽だから。


「全然起きねぇな」


 見たところ少年は多分14歳前後なのだろう、だとしたらホロアは2歳も年上だ。

 年上らしく大人しくするべきなのだが、気が付けばホロアは名も知らぬ少年の頬を指で突っついていた。


 プニっとした感触が面白かったのか、ホロアは無言で何度も突っついてみせた。普段はギャングや傭兵ばかり相手してたので、これほど無力な少年を見たことがない。


「ほれほれ、起きないとプニプニしまくるぜ」


「……──……」


「……こいつ……か、かわいぃ……」


「……ん? おねえ、さん?」


 もっと観察してやろうと少年に顔を近づけた瞬間、少年は朧げに瞼を開いた。

 不可抗力に目を合わせてしまった二人、少年のマリンブルーな瞳はホロアを大きく驚かせる。


「わっ、わぁああああああああ!!」


 ホロアは咄嗟に少年を突き飛ばして部屋の外へ逃げてしまった。

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