ホシクズの希望を求めて~旅路~

宮島 久志

月の章

Before 0 Day

第1話 旅立ちの日に ~Before 0 Day~

「せっかくだから、月を離脱するまでカグヤが操船しなさい」

「シミュレーションはしたけど、実機は初めてですよ」


 投げかけられた言葉に、月詠つくよみカグヤは肩をすくめながら返事をした。

 

 操縦席にいるミラ・サンフィールドは、こちらに透き通った蒼の瞳を向けたままだ。

 彼女は美しい顎の輪郭を崩して、悪戯いたずらをするような笑顔を見せる。

 口角が上がり、黄金色こがねいろに輝く髪を静かに揺らした。


「大丈夫です。貴方なら」


 月詠つくよみカグヤの脳内イメージに「操船権限が委譲されました」と表示が現れる。

 体内の生体端末が、宇宙船方舟号うちゅうせん はこ ぶね ごうの制御システムから権限が譲渡されたことを知らせてきた。


 何時までも、操縦室の入り口で立っているわけにもいかない。

 仕方ないなと諦めて、隣の副操縦席に座る。

 

 二人分の物資の積み込みは昨日、完了している。

 今から行うのは出港前の最終確認だ。

 

 動力部異常なし。

 気密隔壁閉鎖完了。

 センサー類も感度良好。

 ドック内の退避も完了。

 

「出港準備、完了しました」


 報告をしたところで、鼓動が高鳴るのを感じた。

 いよいよ、本当に月を離れる。

 期待と不安が、入り混じった感情に胸が押しつぶされる。


「カグヤ、最後に聞きます」


 ミラさんが問いかけてくる。


「今なら月に留まることを選択できる。地球での生活は、人間の汚いところを沢山見ることになります。他人の血も、自分の血も流れる。それでも地球に行くことを選びますか?」


 ミラさんの顔を見つめる。

 私を思いやってくれる優しい表情だ。

 だけど、それに甘えたくはない。


 操縦室のモニターに反射した自分の顔を見る。

 ヘアバンドで留めた黒い前髪に、黒真珠のようだとミラさんに言われた瞳が二つ。

 少し丸い顔つきは童顔のようで、ちょっと前まで気にしていた。


 でも、今は気にならない。

 自分の幼さを言い訳にして、他人に甘えることはもうしたくない。


「我ら操縦者オペレーターは未来をあやつる者なり」


 指導役のオキナから教わった操縦者オペレーターの使命を口に出す。

 ふと、彼とした最後の共同作業を思い出した。

 私の十五年の人生が激変した七日間。


 その最初の日の出来事を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る