ツタの葉を辿りて-2
――――神祖曰く、人を含めたあらゆる生命には、大なり小なり「この世の果てから『力』を汲み上げる水脈」があるという。
それは地域によって魔力、気力、霊力など様々な呼び名をつけられるものの、根本的にはすべて同じ単一のエネルギー。特殊な訓練や先天的素質によってこれを操縦、制御できるものの、基本は知覚することもできず漏出し続ける。
更に、無色透明であるそれは生命、特に人の感情によって色を変えて漏出する。
人の感情の比率というものは個々人やその時の状態によって千差万別であるのは当然で、それゆえに漏出し続ける『力』も類似こそすれど同一はあり得ないとされる。
――――人や生命は生まれながらにして不可視かつ固有のリソースを湧出させ続ける、『意志を持った小さな湧出口』。それが生まれながらにして現在の菊花と同類であった神祖の視点から見た世界の姿だった。
『故に、今の君とかつて肉体があった頃の君というのは私からすれば大差がない。その『力』の湧出量を除いてね』
「不可視の『湧水地』に自意識がくっついている状態になってるから肉体の有無と『湧水地』の消滅がイコールにならない……だっけ? 前にアンタから聞いた話だと」
『そうだ。身も蓋もないことを言えば体質だな。それを先天的に有した状態で条件……おそらくは『湧水地』の知覚を果たすことで、私や君のようになる準備が整う。私の場合は物心ついた時には『力』を認識していたことが引き金になったんだろう』
「俺の場合は
『逆に言えば、君と同じ体質持ちは誰一人として居なかった。同等かそれ以上に魔力操作に長けていたとしても肉体を失えば普通に死ぬ』
「カレンが同類になったのは……死に際に偶然知覚しちまったってやつか」
条件はたった二つ。しかし地球であれ異世界であれそれを同時に達成できる人間はほとんどおらず、故に彼らは希少種とならざるを得なかった。
「……じゃあ、アンタの娘は?」
『彼女の場合は少し特殊だ。何せ生まれがそもそも人ではない』
「というと?」
では、漏出し続けた『力』はどうなるのか。
殆どの場合はそれは霧散し、時間をかけて「世界の果て」へと戻っていく。しかし、ごく一部の滞留してしまった『力』は似通った色同士で集束し、不完全な湧水地として現実世界で自我を得る。
それこそが地球における数多の怪異の正体であり、また異世界における魔獣の祖。そして、その不完全な湧水地から菊花たちと同格へ至った異世界唯一の存在こそ神祖の娘――――義理ではあるが――――だった。
『この世界において最も収束しやすかった感情は「世界への恐怖」だったのだろうな。そうして初めて生まれた怪異はあまりにも強大で、後続をすべて飲み干してあらゆる恐怖を我が物にしてしまった』
「そして、事故でこっちに飛んだアンタが生み出した魔獣への対抗策が魔法だった、と」
「神祖」は彼なりに自身の状態というものを研究し続けていた。その過程で生み出したものこそ、常人でも有するリソースの外部への出力――――この世界の人々が語る「魔法」と「魔力」の概念の開発だった。
一人につき一つ、魔力の他者への譲渡はほぼ不可能というデメリットこそあれど、例外なく得られる魔法が強力であり操縦に長けることで身体の強化や回復にも使え、優れた技術者であれば魔力を流すことで魔法を発動する「魔道具」の作成も可能。極めつけに物理攻撃の効きが極端に悪かった魔獣に対して特攻になる、と、異世界の人々にとってはまさしく「神が齎した奇跡」であった。
しかしてそれは例に漏れず選民思想や特権意識を生み出し、魔力の多寡や魔法の有用性のみで価値を決めつけられる狂った国を生み出すことになってしまった。
聖法国はより強い魔法と魔力を備えた「選ばれし者」を擁することによる自国の価値向上を求めて拉致や誘拐を繰り返し、その果てに「異世界から素質ある者を誘拐し洗脳する」というあまりにも人道を無視した凶行に走った。
加熱する選民思想によって自身の娘が国の頭として担ぎ上げられ洗脳されることを恐れた神祖は娘を幽閉し存在を完全に隠蔽するという強硬手段を採り、定期的に『神託』を授けることで軌道修正を図ろうとした神祖自身も最終的に聖法国から距離を置く道を選んだ。
だが、
『全て私のミスだな。ゲブラ帝国やケセド連邦は私が魔力の概念を教える前に魔力についておぼろげながら知覚し、運用手段を模索し、そして魔法なしに魔獣へ対抗する手段を作っていた。根本的に私は不要だった訳だ』
「……」
『私がなしたことと言えば、数多の人間を狂わせて凶行に走らせ、そして自身の娘を虐待し、果てには子供に戦争を経験させた……もはや絶望する気にもならない。鼻で嗤う他ない』
「……それを言ったら俺だって同じだ。さんざん虐められてムカついたから国を滅ぼして、なんとなく八つ当たりしたかったからで世界を消そうとしたんだぞ」
『君がそうならざるを得ない環境を作ったのが私だったという話だ』
「でもあの時選択したのは俺だ」
『だから……いや、止めよう。これはお互い平行線のままだろうからな』
「…………そうだな」
推進機での飛行と着陸を繰り返すこと数度。どうにか日が暮れる前に、菊花は目的地である『聖地』へと到着した。
天を衝く、という言葉をそのまま形にしたかのような5本の純白の尖塔。中央の一際太い塔へ菊花が触れると、継ぎ目一つない塔の外壁が動いて入り口を形成する。
「これもアンタの作った魔法か?」
『君に教えた仮想空間の応用だ。外殻の薄皮一枚のみを実体化し、その内側へは同類しかアクセスできないよう制限を掛けている』
「何でもできるなあの技術……」
『どんなものでも使い方次第、ということだ。そのまま入って、中央の物体に触れてくれ』
外壁など何処にもないかのような鏡めいた湖面と青い空が広がる塔内部の空間。おおよそ半径100mほどの領域の中央に存在しているのは、あたかも墓標のような白いモノリスだった。
「まるで墓場だな」
『私の理想的な安住の地……のつもりだったんだがね。今となっては大罪人の流刑地だ』
「皮肉なことで」
モノリスへと触れると、外壁同様にそれはぐにゃりと歪み、そのまま真下へ向けて螺旋階段を形成する。いつの間にか地面には大穴が口を開いており、中には無造作に極細のワイヤーらしきものが張り巡らされている。肉体を持った人間が踏み込もうものなら自由落下の勢いで細切れにされていただろう。
「仮想空間の領域じゃないだろ……」
『仮想空間で覆って隠していたが、縦穴とワイヤー自体は実在しているとも。ついでに言えば穴の底付近には魔力強化と魔法を霧散させる結界も張ってある。塔を物理で破壊して侵入した挙句に縦穴を見つけ、ワイヤーを防いだとしても最後には自由落下で即死だ』
「殺意の塊かよ」
仕掛けられた単純ながらも確実に侵入者を殺害する罠を悠々と観賞しながら、菊花は穴の底へと降りていく。神祖が語った通り底から数十mの位置に結界が張られており、そこを通った瞬間に推進機に残っていた魔力が維持できず霧散してしまった。
「俺の体には干渉しないんだな」
『一種のフィルターだからな。私が手動で設定すれば無害化も可能だ』
「ああ、そういう」
『構造を複雑化すれば外部干渉には強くなるが、その分自由度は失われる。ならば仕組みを単純化して後付けできる余地を残すのも使い手の技量だ――――底面へ着いたな、あとは正面の扉の先へ進んでくれ』
螺旋階段を降り切り視線を前方へ向ければ、神祖の言葉通りに扉があった。
それは異世界でも滅多に見ない、いわゆるSFじみた純白のもの。塔外壁やモノリス同様に手を触れれば、機械じみた駆動音と共に扉は開き、その先の廊下が照明で照らされる。
それはどこか病院のような空気を纏っており、廊下の壁には手すりが備え付けられている。長年放置されていたはずなのに埃一つ付いておらず、菊花の頭に
「それで、頼みたい事って何だよ。娘を預かってくれっていうやつじゃないのか?」
『そこに関連している』
「……というか、今更だがアンタは何処にいるんだ。自分から引き籠ってただけで自由に出歩けないわけじゃ無かったろ」
『…………そう、だな。今まではそうだった』
「今までは?」
実体化した菊花の体が歩む靴音だけが響く廊下。その先には、物理破壊もハッキングも許さぬとばかりの分厚い隔壁が下りていた。
『
「了解」
何のためらいもなく真っ直ぐに歩いていく。すると、菊花の体はさも当然のように隔壁を透過した。
幽霊じみた存在といえど不可能であるはずのその行為は、仮想空間の結界を隔壁とぴったり重なるように構築し、その内部を移動することで現実の実体を無視するというバグじみた技術。
果たして内部に会ったものは、菊花の度肝を抜くには十分なものだった。
『……此処こそが、娘を幽閉しておくための場所だ』
長い沈黙を挟んで、全てを後悔するかのような声音を届ける神祖。
その発生源は、菊花の正面、部屋の中央にあった。
『実体のない存在を閉じ込める常套手段は、『器』を用意すること。俺は人造の肉体を作る方法を秘密裏に手に入れ、そして此処でそれを実践した』
壁面に立ち並ぶ液体の入ったタンクと、そこから液体を引き入れている中央の巨大なガラス管。
そこに、膝を抱えた姿の少女が胎児のように浮かんでいた。
『全て俺の予想通りに事は運び、俺は自分の娘を永久に封印した。そして、君の起こした魔力の大津波によって俺は消滅し、この子だけが残されるはずだった』
ごぼごぼと大きな気泡が突如として立ち上り、ゆっくりと液体の水位が下がっていく。同時に浮力を失った少女の体もガラス管の底面に着地し、そのまま倒れこむ。
内部の液体の除去が完了すると、今度はガラス管の壁面が地面へと潜っていく。
少女が外気に晒され、そして目を開いた。
「――――そして、本当に取り残されたのは私の方だった」
◇
「はぁ、はぁ、ごぼっ…………!」
「お、おい!」
衝撃的な光景に反応が一拍遅れた菊花は、推進機をその場に投げ捨てて神祖――――を宿した少女――――の体を支えに向かう。
体内に入っていた、ガラス管内部を満たしていた液体を凄まじい勢いで吐き出す神祖。呼吸は荒く、立ち上がろうとするも手足にうまく力を込めることが出来ていない。
「…………っ、すま、ない……生身の肉体は、慣れなくてね……」
言葉に耳を貸す前に肩を貸す菊花。
どうにか立ち上がらせ、神祖の歩行を補助する。神祖は部屋の隅に置かれていたコンテナへと真っ直ぐに向かい、そこから女性物の衣類一式を取り出す。
「すべて、娘のためにと、用意したの、だが……はは、恨まれているはず、などと、言っておいてこれだ……未練しか、ない…………」
「そういうのいいって。自力で着れるか」
「…………すまない、補助を」
「分かった」
青い衝動や羞恥を押しのけて「助けねば」という思いが先行する菊花。
着替え終わった頃には、紺色のワンピースと厚手のパーカーを着込んだ可愛らしい少女が出来上がっていた。長く伸びた銀灰色の癖毛と金の瞳が人ならざる者の雰囲気を湛えているも、一見しただけではただの人間にしか見えない完成度であった。
「それで、頼みってのは?」
再三に渡って聞くも後回しにされ続けた疑問へ、遂に神祖は言及する。
「この体には、間違いなく私の娘が居る」
「感知できてんのか」
「ああ、今は主導権を完全に放棄して眠っているらしいが」
菊花の目的であった神祖の娘。彼女は今、自身の義父に器の主導権を明け渡し昏睡状態にあった。
――――神祖は、その理由も目的もまったく分からない。
「娘を目覚めさせる方法を、探ってほしい」
地球と異世界、それから幽霊。 何もかんもダルい @Minestar
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