クズその44【迫りくる即死】

「ふわぁあああ~……眠」

「おおおぉい! 何処に出てきてんだよ!」


 荷台に寝そべりながら、女神ルナは頬杖をついてアクビを炸裂させると、まるでコタツでくつろいでいる口調で話し始めた。


「でね、転生案件の話なんだけどさ~」

「待て! おい待てメン○ラ女神!」

「は? 何? てゆーかあたしディスられてる?」

「何? じゃねーよ! いつもどんなタイミングで出てくるんだよ! 神出鬼没にも程があるわ!」

「……ま、そんな事は置いていて、遼くんやっぱ魔王やらない?」

「置いとけねーし、魔王もやらねーわ! 大体、今まさにキス転生のポイントゲットするとこだっつーの!」

「まぁまぁ、そんなに興奮しなさんな、魔王も悪くないよ? とりま魔王に転生してさ、なんか違うな~って思ったら、ジョブチェンジしたらいーじゃん。ねっ?」

「おまっ……そんな楽観的に。あのな、ジョブチェンジって、魔王から何になるんだよ?」

「ん~……ゴブリン?」

「格下げ!? まさかの格下げ!? そして結局ゴブリン縛り!?」


 コイツ……どんだけ俺をゴブリンに転生させたいんだ。あれか? ゴブリンの親玉に幾らか握らされてるのか?


「はぁ……じゃあさ、魔界カレーともう一つ、特典つけるから」

「いらねー! チート勇者に討伐確定魔王なんかに転生しないし、ゴブリンに転生も絶対に無い! 俺は今からキス転生を成功させるの!」


 会話が全く成り立たない──コイツ、一体何のつもりだ? ガチで意味わかんねー。傍若無人ぶりを遺憾無く発揮する女神ルナに対し、寛大な俺も流石に怒り心頭だ。


「あのね、遼くん。あたしは遼くんの事を思って、転生案件を持ってきてるの。例えゴブリンに転生したとしても、やり方次第では成り上がれるかも知れないじゃん? 死ぬよりかはマシじゃない?」

「はぁ……」


 ダメだ、冷静になれ俺。これ以上は水掛け論にしかならない。ここは適当にあしらって、さっさと追い返すか。


「……ねぇ、何で死ぬ事が前提な訳? 死亡フラグでも立ってるんですかぁ?」

「立っている……と言えば立っているのかも。色んな意味で」

「とりあえずさ、一旦お引き取り願えませんか? 次に会う時はイケメン勇者として、異世界でお会いしましょうよ」

「……灯台もと暗し。これに気づけば会えるかもね。んじゃあ、精々頑張って」


 またも意味深な事を告げて、女神ルナは頭上の荷台から消えた。灯台もと暗し? 全く……一体何なんだよ、邪魔ばっかりしやがって。ふぅ、気を取り直してOL痴女にアンサーだ。

 首を立てに振るか? それとも後ろを振り向くか? なんにせよ、コイツとキス出来れば1ポイントゲットなんだ。ここは慎重に返事をせねば……よし、俺は確実に意思を伝える為、思いきって振り向く事に決めた。OL風痴女よ、これが俺の答え── 

 え?

 九十度まで身体を捻ったその時、右尻に何やら固い物体が当たった。これは……なんだ? 棒……状? その固い物体は、木……いや石のような硬質さだ。一体何が俺の右尻に……に、ににににににぃぃいいい?

 まさか、まさかまさか! コレは……もしや。

 形状、質感、ポジション、その他諸々、そこから導き出される硬質な物体と言えば九十九・九%アレ以外ない。残り〇・一%は拳銃という可能性も否めなくはないが、まず間違いなくコレはチ○コだ。 

 何で?

 何でこんな美人に如意棒がついているんだ?

 ともかく、一旦振り向くのはやめ……あっ。

 ぐるん、いや、ぎゅるん? そんな擬音が耳を通り過ぎた瞬間、OL風痴女とご対面した。

 なんと彼女は俺の両肩を掴んで、身体を無理矢理反転させたのだ。その瞬間、俺の視点は彼女の顔にフォーカスされた。今にも羽ばたいていきそうなバサバサのまつ毛、す~っと通った鼻筋、リップグロスで瑞々しく潤んだ唇。何もかもが美しく、俺好み……なのだが、彼女の股間に存在する『硬質の棒状は何なのか問題』を解消せねば、キスには至れない。

 この状況を考察すると、彼女が『おニュー』なお方である可能性が非常に高い。

 先程の【チュリリリン・アタック】によってメモリーされた彼女の胸に関する情報を分析したいのだが、何せ俺はチェリーの上に、移のスライムはツルペタなので、OL風痴女の豊満なスライムの感触が本物なのか、偽物なのかを判別する事は極めて困難だ。ま、それは置いといて一番肝心なのは、おニューの可能性があるOL風痴女とキスしても大丈夫なのか? という事。確実な情報を得なければ、死に直結する事態だ。俺は仮転生規約を視覚データに表示させた。

 ……どれだ? あー、ちゃんと読んでおけば良かったな。視覚データを検索していると、文字越しのOL風痴女が唇を艶かしく動かし「ちゅぴ……ちゅぱ、ちゅぽ」と、いやらしい音を立て出した。どうやらもう我慢の限界を迎えている様子だ。待てよ、もう少しステイだ。


【仮転生規約第三十九条──キス転生に関する補足■対象者が同性の場合は即、死に至ります。しかし、対象者がトランスジェンダーの場合は有効となります】


 おお……大丈夫だ。OL風痴女がニューOL風痴女だとしてもキス転生出来る! よし、待たせたな。さぁ……奪え! 我が唇を奪いたまえ!

 俺は身体の力を抜き、ゆっくりと瞼を閉じた。これで、これでキスポイントゲットだ! 縁ちゃんにフルボッコされたのも良き思い出なり。う~ん、しかし、しかしだ。やはり初キッスの瞬間を多少なりとも垣間見てみたいのがチェリーの心理というもの。どれどれ……俺は薄目を開け、状況を確認した。

 OL風痴女が目を閉じて唇を近づけてくる。う~ん、ロマンティック! まぁ、おニューなお方とは言え、これだけの美貌の持ち主ならノープロブレムだ。葛谷遼時代、いじめっ子達の一興で女装をさせられた事があったが、あの時はキツかった。女装姿のままコンビニへジュース買いに行ったら通報されかけたもんな。うんうん、それもまた良き思い出じゃないか。俺もせめて女装が似合う素材だったら、まだマシ……はっ! 

 その時、本能が目を開けろと命令した。そして、眼前まで迫っていたOL風痴女のキスを間一髪でかわした。

 ……ちょっと待て。仮に、仮にだ。このOL風痴女が『おニュー』ではなかったとしたらどうなる? 唐突にそんな疑問が脳裏を高速で過った──OL風痴女がもしも『おニュー』ではなく『女装家さん』だったとしたら、心は男性であるパターンが十分有り得る。この場合、仮転生規約に基づいて考えると、『同性』に分類されて、キスされた瞬間即死だ。勿論、心が女性ならばキスポイントは成立する。する……のだが、トランスジェンダーや女装家さんには様々なパターンがあるし、よもやこれは生死を賭けた大博打じゃないか?


「……どうしたの? 恥ずかしがり屋さんなのかな?」


 肩透かしを喰らった感のOL風痴女がそう耳元で囁いてきた。俺は一旦目線を外し、右斜め下に顔を逸らした。

 落ち着け俺、よ~く考えろ。どっちだ? コイツは一体どっちなんだ? 視線をOL風痴女の股間に移動させ、考察開始。う~ん、タイトなパンツがはち切れんばかりに聳え立っているじゃないか……これは移を性的対象として見ている確固たる証拠。しかし問題は、コイツが男として移ちゃんを見ているのか、それとも女として見ているのか、だ。

 う~ん……う~ん……わかんねぇ。わっかんねぇぇえええ! 

 ダメだ、不確定要素だらけだし、何より情報が少なすぎる。こんな危険なギャンブルに自分の命は賭けられない……転生期限までまだ二ヶ月半あるし、移ちゃんのスペックならばもっと確実なキスポイントが稼げるはずだ。男か女か判別出来ない奴と、一か八かの勝負をする必要はない! 回避だ、回避しなければ……「ぶみゅっ!」

 悩み苦しんでいたその時、OL風痴女が強めのアゴクイを繰り出してきた。 


「……するよ?」


 いや、しないで! キッス、もういいっすぅうう! 

 チャンスからの急転直下大ピンチ。性欲マックスのOL風痴女を制欲しなければ即死だ。誰か……誰か気づいてくれ! 俺は横目でキッチョンの方を見た──しかし、キッチョンは相変わらず【〇〇をやってみた動画】を絶賛視聴中。しかもイヤホンまで装着しており、完全に自分の世界に入っている。気づいてもらえる素振りすらなく頼りにならないキッチョンをさっさと諦め、視線をすーちゃんに移した。君ならきっと、きっと気づいてくれるはず……。


「っ──!」


 なんと、すーちゃんは立ったまま眠っている。それはまるでそよ風に吹かれる草木のようにゆらゆらと揺れながら。

 勿論カワイイよ? 少しヨダレ垂らしてるとこもカワイイよ? でもさごめん、起きてくれない? 俺、死ぬよ?

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