クズその43【静かなる攻防戦】

『痴女』──それはセクシービデオ等の企画モノに登場する、男性に対する痴漢行為に性的興奮を得る女性を指す。しかし、現実にそんな女性が都合よく居る訳もなく、男の欲望によって生み出された都市伝説、妄想でしかないのだ。

 だがしかし、俺の目の前に居るこのOL風美女がその痴女である可能性は高い……  

いいや、むしろ痴女であって欲しいと切に願いを乞う。

 本来、痴女の獲物となるのは男性が対象のはずなのだが、この女は違う……この女の獲物は女性だ。つまり、これは『百合』。百合展開なのだ。この女は移を性の対象として認識しているという訳だ。

 しかぁああぁぁしっ! この女は知らない……当然だが知る術もない! お前がロックオンした移という超絶美少女の中に生粋のクズ、葛谷遼が搭載されているという天変地異を。

 フッフッフッ……ハーッハッハァ──!! 最高……ううん、絶頂だ! こんなに都合のいい事はないじゃないか。

 俺の推測だと、このOL風美女は、恐らく毎朝女性専用車両に乗り、女の子を品定めしているのだ。そして今日、移(俺)に出会い、痴女る為に接近を試みた……間違いない、間違いないぜヒャッハァ──!! 

 しかしだ、接近してきたはいいが、躊躇してしまい攻めあぐねている……と、これが現状だろう。ならば、俺様がお前の自制心をぶっ壊してやろうじゃないか。

 未だ眼球だけを動かし、こちらの様子を伺っているOL風痴女(OL風美女からマイナーチェンジ)に対して、俺は『攻めて』みる事にした。

 まずは、様子見……ジャブだな。

 OL風痴女の目を見つめ、焦点が合うのをひたすら待った。そして、彼女が俺に目配せした瞬間、目が合った。今だ! 俺は左目を瞑り、ウインクをOL風痴女に向けて放った──

 どうだ、攻撃魔法その一、【チュリンク】の味は? 痴女の瞳孔が開いた事を確認した。痴女は一旦俺から目を逸らすも、その頬は桜色に染まっている。

 効いている! 『チュリンク』の効果絶大! よし、今度は……。

 俺は思い切り息を吸い込み、OL風痴女の鼻先に向けて「はぁ~……………ん」と、セクシーを混ぜた吐息魔法【チュリリンブレス】を繰り出した。その直後、OL風痴女の小鼻がピクリと動いた。

 嗅いでいる……移が生み出す桃色吐息を嗅いでいやがるぜ、ぐふふ。周囲に漂う爽やかなペパーミントの香り。

 OL風痴女は目を瞑って堪能し始めた。葛谷遼時代には腐敗臭でしかなかった口臭が、美少女になった途端もはやオーデコロン……効果絶大なり。

【チュリリンブレス】──実はこれには俺も驚いた。

 昨晩、大学復学のお祝いとして、銀座の高級焼肉店で、特上カルビ(焙煎ニンニクダレマシマシ)を十人前程食べたのだ。(勿論、移の貯金を使用して)

 本来ならば、翌日の口腔内はニンニク王国に支配されるのが通常の人間。葛谷遼時代の時にそんなモノを食おうものなら、警察に通報されるレベルになるだろう。

 しかし、移ちゃんは違う。あれだけ大量の焼肉を食ったにもかかわらず、軽く歯磨きしただけでこれだ。つまり、カワイイ女の子というものには、特別な機能が備わっていて、何を食べてもペパーミントの香りになるのだ(勿論勝手な見解)。

 多分フラボノイド的な何かが体内に存在していて、臭いの源を分解しているんだ。う~ん……流石は美少女、レベチだ。

【チュリリンブレス】を喰らったOL風痴女は、どうやら香りを堪能した様子で、再び目を合わせてきた。

 欲しかろう……もっと欲しかろう。いいぜ、俺のターンはまだ終わっちゃいない、与えてしんぜようじゃないの! 今にも唇を奪ってきそうなOL風痴女と、至近距離で見つめ合いながら俺は待った。これから繰り出す『溜め技』の為に。

 焦るな……まだだ。自然に、さも自然にぶちかますんだ。待つ事一分──『溜め技』を発動するタイミングがやって来た。電車は緩やかなカーブに差し掛かり、電車内では身体のバランスを崩した乗客達がヨタつき出した。

 ──今だ! 

「あぁっ……」と、俺はバランスを崩したかのように見せかけて、OL風痴女の胸の中に飛び込んだ。

【チュリリリンアタック】炸裂なり。

 ぐふぅ……豊満なスライムゥ…………ン。胸って、胸ってこんなにも弾力があるんだぁ。

 生まれて初めての感触を体験した俺は、OL風痴女のスライムに右頬を暫く埋めた後、悪気など一ミクロンもない「す……すいません」を告げ、元の位置に戻った。

 どうだ? 【チュリリリンアタック】の効果は? お……桜色だった痴女の頬は真っ赤になっている。

【チュリンク】【チュリリンブレス】、そして【チュリリリンアタック】の連続攻撃を成功させ、OL風痴女に瀕死の大ダメージを与えた。よし、そろそろ俺のターンは終了だ。さて、OL風痴女はどう出る? コイツが『百合属性』ならば、必ず何かしらのレスポンスがあるはずだ。

 しかしあれだな、美人で痴女で百合……こんなにも好条件がそろった優良物件は中々無い。是が非でもコイツから『総攻め』を味わいたいぜ……。

 そんな煩悩MAXの思考を駆け巡らせていると、電車は大学の一つ手前の駅に到着した。

 まだだ……まだ降りるんじゃないぞ。そんな願いが通じたのかどうかは分からないが、OL風痴女、動かず。まだ目的の駅ではない様子だ。胸を撫で下ろした『気分』でホッとしていたその時、OL風痴女が動いた。え!? 彼女は俺の横を通り過ぎて、背後で開くドアの方へ歩き始めた。

 マ、マ、マジかぁぁああぁぁ──!! せっかくあれだけアピールしたのに、ここで降りちまったら全部水の泡じゃねーか! どうする? 俺も降りるか? 追いかけるか?  

 様々なルートを考えたが、流石に降りるのはあまりにも不自然だし、そもそも降りる理由が一つも無い。あぁ……なんて無情なんだ。逃がした魚は大き過ぎるぞ。


「タッキーどした? 何か顔色が悪いけど……」


 傷心の俺にすーちゃんが優しく声を掛けてきた。


「あ……ううん、大丈夫だよ。少し酔っただけだから」


 すーちゃん……君は本当にカワイイし、優しいね。俺の右隣でくだらない『〇〇をやってみた動画』を延々と見てるキッチョンとは大違いだよ。


 ──そうだ、俺にはこの子がいる。OL風痴女は確かに惜しい……それはきっと、この先数週間に渡って悔やむだろう。だが、子猫みたいな君とゆりんゆりんする事だけを考えるよ。ごめんね、浮気しちゃって。

 微々たる反省をした俺は、大学まで後一駅の間、左腕に密着するすーちゃんのスライムに集中する事にした。

 電車はゆっくりと発車する。すーちゃんのほどよいスライムを揺らしながら──

 しかしその時、俺は背後に『ただならぬ』気配を感じた。

 まさか? もしや? もしかして? 乗車率が100%を切った今なら、後ろを振り向く事も可能だ。終われない……まだ、終われないんだ。意を決した俺は、一縷の願いを込めて、ゆっくり後ろを振り向いてみた。そこには、『悦』な表情を浮かべ、背後に立つOL風痴女の姿があった。てっきり電車を降りたと思っていたが、なんと彼女は俺の背後に移動していたのだ。

 なんてアグレッシブな行動を……どうやら連続攻撃がかなりの効果を発揮した様子だ。でも、何で背後に? 俺は思考を巡らせた。人の背後に立つという行為は、ある意味危険な事だと勝手に思っている。もしも俺が、某有名スナイパーだったら、今頃グーで顔面を殴り付けられ、『ギャ!』っと声を上げている場面だぞ? 命拾いしたな、中身が葛谷遼で。

 さて、そんなどーでもいい話はこのくらいにして、『OL風痴女、突然背後に立つ問題』の事を分析せねば。先程のおっかさんは不可抗力によるものだが、OL風痴女は違う。彼女は彼女の意思に基づき、俺の背後に移動したのだ。しかも体温を感じる程、結構近い距離で。もはやプロレスラーがバックドロップを仕掛ける状態に近い。ここまでピッタリと背後に張り付くにはそれ相応の理由があるはずだ。

 そんなこんなで、その理由を考えようとしたその時、OL風痴女が俺の右耳に「フッ……」っと息を吹き掛けてきた。ヒャウッ! という声を出来れば出したかったのだが、何とか堪えた俺は悟った。ついに痴女の『ターン』が始まったのだと。キタ……キタコレ、まずは【チージョ・ブレス】か。【チュリリン・ブレス】に対するアンサー攻撃か? いいぞいいぞ……さぁ、次はどこを攻めてくる? 先程の『背面スライム問題』同様、背中に意識を集中させた。しかし、背後に圧倒的な気配を感じると、少し恐怖感を覚える。

 葛谷遼時代に、自分に憑いているであろう『背後霊』を見ようと思い立ち、凄まじいスピードで後ろを振り向く訓練を行った事がある。今考えてみると、とてつもなくアホな事をしていたな。まぁ、現在も充分過ぎる程のアホなのだが。

 ある日、『高速振り向き』も熟練度が上がってきた頃、試しにMAX速度でバッっと振り向いてみた所、首から上が『牛』で、頭部に巨大な角を二本こしらえたマッチョが一瞬見えたので、それ以来『高速振り向き』を封印した。

 何か……怖くなってきたな。圧迫感半端無いし、やっぱ俺にはロリ顔が丁度良いのかも……いや、怖じけづくな、俺! そうだ『考え方次第』だ。人間の目が『前』にしか無いのは、常に前向きでいる為、そして、後ろに目がついてないのは、誰かに背中を預ける為だ。さぁ、次は何だ? 胸を鷲掴んでくるのか? ツルペタだから鷲掴めないぞ? 

 それとも……。

「ねぇ……」

「っ──────!?」


 何と、OL風痴女は俺の耳元で囁いてきた。

 予想だにしなかった攻撃、【チージョ・ウィスパー】により、俺はフリーズした。な……何て大胆不敵な大人攻撃なんだ。俺の攻撃なんて子供騙しに思えるぜ。コイツは相当の手練れだ。気を引き締めろ、俺。油断したら……ヤられる。ま、それが望みなのだけれど。

【チージョ・ウィスパー】によって、主導権を奪われた俺は、とりあえず無反応でやり過ごし、OL風痴女の動向を伺った。


「おしり……触ってもいい?」


 ぐふぉ! ウィスパーシリーズ二発目は、なんと『予告痴漢行為』だった。

 この女、ガチ中のガチじゃねーか! 基本的に受け身である俺は、どんな攻めでもウェルカムだ。だが、その意思を彼女に伝えるのは困難を極める。何せ、両隣にキッチョンとすーちゃんが居るからな。二人に悟られた時点で、OL風痴女は離れてしまうだろう。何とか二人にバレないようにOL風痴女へOKサインを出すしかない……よし。俺は無言のまま、『コクリ』と頷いてみた。

 出したぞ、OKサイン。お前ほどの卓越した痴女なら、解るよな? それから一分程経過した。OL風痴女は一向にケツを触ってくる気配が無い。

 ま……まさか、これは『放置プレイ』なのか?

 受け身の人間に対して、最も精神的ダメージを与える究極奥義。その気にさせておいて、何もしない、何もない──コイツを喰らった人間はその場で受けるダメージよりも、その後、何年にも渡って失望感に苦しめられ続けるのだ。マジか、マジか? マジか! いやいや触れよ! 触れって! いいや、触ってくださいっ! 触ってくださいよぉぉおおお──!!

 あと数分で目的地である大学の最寄り駅に到着してしまう。

 俺は焦った。

 サインが伝わっていないのか? ならば振り向いて子犬のように瞳を潤ませ、「触って……いいよ?」と、人差し指を咥えて伝えてみるか? 

 それとも……いや! とにかく、もう時間が無い。こんな悶々とした気持ちを引きずって、大学の授業やらサークルなんて、とてもとても…………いや待て俺、こういう時こそ考え方次第だ。『後数分しか無い』のではなく、『まだ数分ある』だ。信じろ、サインは必ず彼女に伝わっていると。果報は自家発電して待てというだろ? 

 俺は目を瞑った。そして、やがて来る『衝撃』に備えた。うん、目を閉じたら落ち着いてきたぞ……心が乱れた時は『瞑想』が効果的と、ギャンブル情報誌のコラムに書いてあったし。まぁ『迷走』はよくしてたけどな……。

 その時、電車がカーブに差し当たった。揺れる車内、バランスを崩す乗客達──

 あれ? このパターンは……もしや? その瞬間は唐突にやって来た。スキニージーンズ超しに感じるOL風痴女の艶かしい手つき、生暖かい手のひらが、俺のケツを両手で撫で回す。

 ん……んふぅ…………コレは堪らない。き、気持ち、『E』。一九八〇年代風味でそう言いたくなるほど気持ちいい。もはや言うまでもないが、女性経験がないまま餓死した俺にとって、女性にケツを揉まれた経験など当然ない。いいや、どれだけイケメンでも、公共の場でケツを触られる事なんて無いはず。ある意味、これはとてつもなく貴重な経験なのでは? ひとしきり俺のケツを揉みしだいた痴女は、俺の耳元に顔を近づけ、「……ねぇ、キス……していい?」と囁いた。

 キス……キス? キィスゥウ? 

 なんと、OL風痴女自らキスを懇願してくるという、青天の霹靂展開。これは願ったり叶ったりだぜ! あぁ……素晴らしきかな我が人生。餓死はしたものの、こんな美人とキスしてイケメン勇者にキスポイントがゲットできるだなんて、夢にも思わなかった。 

 俺はキッチョンとすーちゃんの横顔をチラリと見て、心の中で『ごめん、な……』と呟き、キスポイントの本命と第二候補の彼女達に対して、せめてもの気遣いを行った……つもりだ。


 さて、さてさて! それはそれ、これはこれ。OL風痴女にアンサージェスチャーを行わなければ──「お疲れでぇーす」

「いやああああぁぁぁぁぁ!」


 頭上の荷台に突如女神ルナがでた。

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