クズその41【背面スライム】
駅に到着したボクは、キッチョンとすーちゃんの到着を、駅構内にあるキヨスク近くの柱に寄りかかって待った。
確か待ち合わせ場所はここだよね? 彼女達が飲み会の時に『沖縄時間』だと言う事が判明しているだけに、少々不安になる。
到着して五分が経過──
待ち合わせの時間になった丁度その時、「チュリ~」とボクを呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、キッチョンが手を振りながら歩いてきていた。
「おはー。流石はチュリー、いつも通り五分前に到着しちゃってるぅ~」
「おはよう、キッチョン」
キッチョンの後ろにいたすーちゃんが、背中越しに顔を覗かせた。
「タッキーおはよん♪」
「おはよう、す~ちゃん」
「はいコレ、タッキーの復学祝い的な~」
「あ……ありがとう」
来る時にコンビニで買ってきてくれたのだろうか? すーちゃんから手渡されたのはアイスミルクティーだった。これはボクの大好物で、食事時でも愛飲する程好きなドリンクだ。
ボクはペットボトルの側面を頬に当て、蒸し暑さの火照りを冷ました。
──すーちゃんは本当に優しいな。
今日の彼女は純白のワンピースに七分丈のカーディガンを羽織っている。少し斜に構えて話すクセが凄くカワイイ。
キッチョンは露出度高めの定番ギャルファッションに、程よい小麦色の肌がマッチして、とてもセクシーだ。
そんな二人と談笑を交わしながら、ボクは駅のホームへ向かった。
「今日のサークル楽しみだねぇ。チュリーが居ない間は活動休止だったから、久しぶりだよ~」
キッチョンは満面の笑みを浮かべて、サークル活動再開を喜ぶ。
休止していた理由は、言うまでもなくボクの入院が原因だ。『滝本移を愛でる会』というサークル名通り、ボクが居なければ当然活動も停止する。
仮転生した事で、滝本移という存在はこの世から消えずに済んだ。つまりあの時、葛谷遼が転生に失敗した事で、滝本移という存在を守り、彼女達の笑顔も守ったのだ。
生きている価値の無かったクズが、死ぬ間際に奇跡を起こした事を無駄にしてはならない──この楽しい時間をエンジョイしようじゃないか。まっとうに、そうまっとうに。
【間もなく八番線に電車が参ります──】
電車の到着を知らせるアナウンスが流れた。ライムグリーンの車両が此方へ向かって走ってくる。
いよいよ始まるボクの新しいキャンパスライフに向けての第一歩。夢と希望を乗せて走り出すんだ──
その時、ボクはふと視線を地面に落とした。そこには『女性専用車両』という大きなラベルが貼られていた。
──女性専用車両? ん? 女性専用……専用? 女性? 女の子? ん? 専用…………専用……………………女の子だけの車両……………………じょ! じょ、じょ、じょじょじょじょじょじょじょ女性専用車両おおおおおおぉぉぉおおお──!?
【モード 滝本移】僅か三時間弱にて終了。
【モード 葛谷遼】強制移行。
おいおい。おいおいおいおいおいおい! マジかっ! ガチかっ! ガチなのかっ!
女性専用車両──
読んで字の如く、女性だけが乗車する事を許された、男性禁制の車両。つまり、この車両には頑張るサラリーマンが自分の意思とは無関係に分泌を余儀なくされる、残念な男臭が一切漂わないパラダイス車両、そんな夢の扉が今、開く──
──ぐふぉお!
ぎっしり! いや、みっちり……いいや、ギュンギュンやん! そんな低脳なオノマトペはどーでもいい。とにかく溢れんばかりの女の子が、電車内に詰め込まれている。これはもはや高級料亭の『おせち料理』だ。
「うわ~……一杯だね。ねえチュリー、アッチの車両行く?」
──え? キッチョンがふざけた事を言い出した。
彼女の指す車両を見てみると、この女性専用車両に比べれば、僅かに空いてそうな雰囲気はある。
が! しかし、がぁあああ! しかしだ。それ、普通の車両だよね? 女性専用車両じゃなければ意味が無いよね? そう言えば昔、ギャンブル仲間と飯を食いに行こうとした時、満場一致で天ぷらを食うと決まっていざ出発! の道中に「やっぱラーメンにしようぜ」とか言う奴居たな。
キッチョンは隣の車両に行く気満々で、身体は既にそちらへ向いている。
しかし、俺にはこの女性専用車両に乗る以外の選択肢は毛頭無い。どうする? ヒロインズを無視して単独乗車を強行するか? このまま女性専用車両に留まるか否か迷っていたその時、「ん~、今からそっち行っても混み具合は一緒だよ? こっちにしよ」と、すーちゃんがキッチョンを引き留めた。はわぁ~……流石はすーちゃんナイスブロック!
降車する乗客がハケた所で、いよいよこの車両に乗り込む──いざ、出陣! うお、おお…………おおぉぉ──!
俺は人波にゆっくりと流され、電車の中央にポジショニングされた。柔らかい上質なお肉達に四方八方を囲まれたこの空間は、疑似異世界……いいや、ほぼ異世界だっ! 男には決して足を踏み入れる事ができない空間に俺は居る。そんな幸せを感慨無量で味わっていると、電車がゆっくりと動き出した。
うわ……うわわ……うわわわわ!
超満員の電車内の中心で、身体中の各部位に密着する柔らかな感触に俺は身悶えた。
左腕にすーちゃんの右スライム──右腕にキッチョンの左スライム──後方に見知らぬ女の子の両スライム──大量のスライム達が、俺の身体に密着する。更に、前方の女の子のキューティクルヘアが鼻先に触れている。
ス~……ハァ……ス~ハァ…………あぁ、いい匂いだ………………。
鼻腔を突き抜けるシャンプーの香り。ヤバい……この子の髪の毛をラーメンの様にズゾゾッ! とすすってしまいそうだ。
凄い……何だこの空間は。ここはまさにスライムの巣窟。ストレス空間でしかなかった満員電車が、パラダイス空間に思える日が来ようとは……本当に、本当に餓死して良かったと心底そう思う。
葛谷遼時代、派遣の仕事では遅刻常習犯として名を馳せ、どこに行っても一ヶ月で首になっていた俺だが、ことパチ屋に行くとなると、なぜか朝五時に勝手に目が覚めて、世のサラリーマンと同じように通勤ラッシュの時間帯に電車に乗っていたっけ……ハッ! そうか。要するに、結局物事は考え方一つで良くも悪くもなるんだ。
例えば、ビールを飲む時、『あぁ……後半分しかないのか』とネガティブに思うよりも、『まだ半分もある』とポジティブに考えた方が人生は楽しい。
そう、今がまさにその状態じゃないか。確かにキスポイントゲットは失敗し、痛い目にもあった。だが、移ちゃんに仮転生した事で、今まででは出来なかった事が出来るようになるんだ。
乗車率百パーセントを越える電車内で、体感した事のない感触にまみれ、俺はそう悟った。
しかしあれだ、左右の腕に当たるキッチョンとすーちゃんのスライムも勿論柔らかくて気持ちいいが、背中に密着する見知らぬ女の子のスライムも、これまたたまらない。『背面スライム』の所有者の顔を確認したい所だが、こんなすし詰め状態では方向転換する事もままならない……
いや、待て。待たれい。こんな時こそ『考え方一つ』だ。背面スライムの所有者を想像してみようじゃないか。俺は左右の肩甲骨付近に神経を集中させた。
この面積……サイズ的にはC……Dか? いや、Fはあるな。身長はスライムの当たっている位置から推測するとすーちゃんぐらいだろう。年齢はスライムの弾力感から割り出してみようか。う~ん……柔らかすぎず、固すぎず。しかし、反発力はそこそこあるな……グミで例えるとハードよりのミディアムって所か。
となると、大体二十代後半から三十代半ば……まぁ、よくわからないがそんな感じだろう。
背面スライム所有者について分析を行っていたその時、電車は緩やかなカーブに指し当たった。
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