クズその40【心機一転?】

 男性化によるキスポイントゲット作戦が失敗してから一週間が経過した初夏。滝本移こと俺、葛谷遼は反省……いいや、猛省していた。

 思い返すだけでもおぞましい、縁ちゃんによる『暴行殺人未遂事件』を命からがら乗り切ったことで、流石に『心』を入れ替えなければならないと悟った……様な気がしたのだ。


 せっかく移ちゃんという超美少女として仮転生しているんだ。これはある意味、異世界で真っ当に生き抜く為のチャンスではないのか。

 このチャンスを無駄にする事は神への冒涜……いいや、転生女神のルナに対して失礼だろう。

 そうと決めたからにはまずは気持ち、『心』から真っ当にならなければいけない。いくら身体が完璧でも、心がクズのままでは意味が無いからだ。


「これで良し……」


 俺は魔法ガチャ、ロボピーをガムテープでグルグル巻きにした。『葛谷遼真っ当化計画』の第一歩として、まずは魔法を封印する事にしたのだ。

 そもそもこんな魔法ガチャなどと言う、欲望まみれのアイテムがある事自体が問題なのだ。コレを封印してしまえば、湧き出る煩悩を制御する事も可能なはず。


「う~ん……見映えは悪いけど仕方ないか」


 ガムテープでグルグル巻きにされたロボピーは、さながら事件性を感じさせるホラー風味を纏う物体と化した。

 怖いので、出来れば移動させたいところだが、何せ想像を絶する程重い。

 一人で運ぼうものなら確実に腰を破壊されてしまう事は必至だ。若干ダイニングテーブルの脚部が歪んではいるが、このままの状態にしておくしかない。


「……さて、じゃあ朝食を作るか」


 最近、自炊を始めた。外食オンリーだった怠惰生活を改める為だが、やってみると料理も結構楽しい。

 葛谷遼時代に気付いていれば、餓死は免れたかも知れない。

 さて、今日の朝食は鮭の塩焼きになめ茸の味噌汁、そしてご飯。ザ・日本の朝食だ。


「よし、完成。じゃあ、いただこう。まずは味噌汁から……」


 あれ? 味噌汁が無い。


「うん、おいひいおいひい。鮭の塩加減も中々いい感じじゃ~ん」

「うおおぉぉおい! 何で居る? 何で俺の朝飯を食う?」

「いやね、この間は言い過ぎなぁと思って……撲殺されろとかひっちゃっへ、むぐむぐ……ごへんね」

「食いながら喋んな! てゆーか完食?」


 もぉ~、何だよコイツゥ。何で朝っぱらから出てくんの? しかも最近『降臨演出』無いし、いきなり来るからちょっと怖いし。


「……はぁ。で? 用は何? 今日から大学に復学だから、忙しいんですけど」

「大学? 無い無い、必要ナッシング! 今回持ってきた転生権利を聞いたら、遼くんソッコー転生したくなるから!」


 やけに自信満々だな。しかし、コイツがそんなに良い案件を持ってくるとは思えない。


「まぁ、一応聞くよ。でも、ゴブリンと魔法使い(使えない)は却下だよ」

「わかってるってぇ。今回の転生権利はぁ……ジャジャーン! 魔王でぇす! パチパチパチ~♪」

「ま……魔王? それって、魔族の王様、略して魔王の事ですか?」

「そ! 魔王! どぉ? めっちゃ良くない? 異世界の支配者よ支配者!」


 魔王……か。

 まぁ、何がなんでも正義感溢れる勇者になりたいって訳でも無いし、支配者なら結構いい思いが出来るかも……例えばダークエルフの女の子とか配下につければ、ムフフな展開もありえるな。


「う~ん、アリっちゃアリかな。ゴブリンに比べれば魅力的だし」 

「お! 食いついたね~。そんな遼くんの転生意欲を更に増幅させる為に、今回特別アイテムもついてきます!」

「特別アイテム?」


 何か某家電通販の番組みたいになってきた感は否めないけど、くれるもんならもらうべきか。


「その特別アイテムはぁ……なんと! 魔界カレー一年分だぁ!」

「は? 魔界……カレー? いや、何をおっしゃって……」

「賞味期限はなんと五十年! 非常食としても活用出来る異世界で大人気のレトルトカレーでぇ~す! これがあれば、転生先の世界で史上最強と謳われる無双チート勇者が攻めてきても安心! ちなみに、この特典は今から三十分以内に転生した方に限られます!」

「待て待て待て待てぇい! 何だ史上最強の無双チート勇者って! そんな輩が居たら確実にフルボッコで倒されるじゃんか!」

「はぁ、出た出た文句。もはや定番になりつつある文句……ウザ。あのね、遼くん。魔王だよ? 魔王。わかってる? 魔王、セイ」

「……何がセイ、だ。いや魔王とは言え、最終的に勝ち目の無い無双チート勇者が居る世界で、魔王やっても最終的には討伐が待ってるんでしょ? なら、遅かれ早かれ結局ゴブリンエンドじゃん!」

「だから! 魔界カレー付けるって言ってんじゃん! そう思って身銭切って特典付けたじゃん!」


 長期保存カレーを食いながら、ダンジョンの奥底で身を潜めろと? 確実に迫りくる討伐までの間、細々と生き延びろと?


「はい! じゃあアンサータイム! 転生する……よね? んふ……」


 吐息混じりで親指を咥え、上目使いで転生を促してくる女神ルナ。

 色気をたっぷり醸し出してはいるが、コイツの思考はもはや半グレの輩と同義だ。


「するか! もういいから帰ってくれ!」

「はぁ……わかりました~。ま、精々頑張ってちょーすけ。思わぬ所に危険は潜んでるから気をつけてね。今の君は意外かつ、簡単に死んじゃうからさ。じゃあねぇ~」


 何やら不吉と言うか、意味深風な言葉を残して女神ルナは消えた。俺の朝飯を米粒一つ残さず胃袋の中に入れて。

 全く……単に女子大生の忙しき朝を邪魔しに来ただけじゃないか。ま、今に始まった事じゃないし、とりあえず落ち着け俺、気を取り直そう。


 女神ルナの妨害を受けたものの、今日から大学に復学だ。

 人生初のキャンパスライフ体験……コイツはワクワクしてきたぞ。移のデータから、彼女がチョイスするであろう服を選び、まだ馴れてはいないものの、しっかりメイクも決めた。そして、ちゃちゃっと朝食を作り直し、ソッコーで食べた。


「ごちそうさまでした」


 独りで居る時の言動も、葛谷遼時代に使用していた汚く下品な言葉はなるべく使わず、移ちゃんを完コピしよう。


「よし、じゃあそろそろ行こうかな」


 俺は……いや、ボクは笑顔で部屋を出て、メトロへ向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る