クズその39【滝本移】

「……はぁ」

 俺はベランダの片隅で、ブランケットにくるまりながら身を潜めていた。

 暗殺者と化した縁ちゃんから俺を救ったのは、奇しくも彼女が引いた魔法だった。それは【記憶削除】という魔法で、俺の半径一メートル以内に居る人物の記憶を一時間だけ消去出来るという、何とも都合の良い魔法だった。まさに九死に一生……いいや、あれはもはや十死と言っても過言ではない。そんな確実な死から俺は生還したのだ。なんたる強運……いや、やはり豪運と呼ぶべきだろう。しかし、あの圧倒的な強さ……一体彼女は何者なのだろうか?

 俺は視覚データで縁ちゃんの詳細情報を表示させた。


【滝本縁の武勇伝・幼少期の頃から姉である滝本移に異常な執着心があり、彼女に危険が及ぶと、人格が切り替わる。その清楚な見た目と違い、だんじり風味の関西弁を駆使し、精神的、肉体的に相手を徹底的に追い詰める】


 ……は? 俺は更にデータを呼び出した。


【滝本縁の強さの秘密・生まれつき身体能力をコントロールしている制御が外れており、身体能力の百パーセントを使用出来る。男子生徒との喧嘩は無敗、小、中、高のスポーツにおける記録を全て塗り替えている超人的な能力を有しているが、編み物が大好きで将来的には手芸を生業にしたいという夢がある】


 ガ……ガチで殺されるところだった。

 俺は胸を撫で下ろした。しかし、この生還を手放しでは喜ぶ事は出来ない。何故ならば──


■一時間分の記憶が消去されるまでに十二時間が必要。

■その間、縁ちゃんは睡眠状態。

■つまり、キスポイントを稼ぐのは無理。


 ぶっちゃけ、現在眠り姫状態の縁ちゃんにキスしてしまえば、1ポイントゲットなのだろうが、撲殺されかけた輩とキスする気持ちになんて、とてもじゃないがなれない。それに、魔法アプリの効果を百パーセント信頼出来る保障もない。むしろ、疑念しか沸いてこない。縁ちゃんが目を覚ます可能性も考慮した方がいいだろう。とは言え、ワンチャンの可能性も捨てきれない。けど、やっぱり怖い。

 この悲惨な状況に陥ったのは、言うまでもなく自らの欲望が招いた結果だ。仮に、魔法を世の為人の為に使用していたら、きっとこんな凄惨極まりない恐怖を味わう事はなかったはずだ。縁ちゃんが目を覚ます頃には移ちゃんの姿に戻っているだろう。過去の未練を絶ち切り、新しい形式で達成すればいいじゃないか。前向きに、ただひたすら前向きに。今日、俺の心の中に格言が生まれた。


『新しい人生で成功するには、性交を絶つ──』


 しかし、記憶削除か。これをもっと早く引いていたら、キッチョンやすーちゃんに気兼ねなくキス、出来たなぁ……。

 疲れた……疲れ果てた。後何時間ベランダに身を潜めなければならないのだろうか? まぁ、とりあえず少し眠る……か。


・・・・・・・・・・


【……くん】

 ……ん? 

【遼……くん】

 誰だ? 俺を呼ぶ声が聴こえる……ルナ……か?

【遼くん!】

【はい! え?】

 瞼を開けると、目の前に移ちゃんの姿があった。

【は? は? ちょ……何コレ? 移……ちゃん?】

【どーも、初めましてだね】

【は……初め……まして】

 待て待て……俺、ベランダで眠ってたはずだよね? てゆーか此処はどこ? 何か暗いし、体浮いてない? はっ! ま……まさか。

【転生……失敗? 転生失敗したの俺? じゃ、じゃあ死……】

【まだ死んでないから大丈夫だよ】

【ならこの状況は一体……】

【多分、一時的に意識が繋がってるんじゃないかなぁ。ボクもさっき眠りについたんだけど、気がついたら目の前にキミが居た】

【意識が繋がってる? それってつまり……俺達は今、夢の中に居るって事?】 

【確証はないけれど、多分。まぁ、偶然の産物だろうね。恐らくルナルナもこれは知らないんじゃないかなぁ】 

【ルナルナ……って言うか、移ちゃん異世界楽しんでるみたいだね】

【うん、めっちゃ楽しいよ。勇者は相当なレアキャラみたいで、歓迎されたし。で? 遼くんの方はどうなの? ボクの体で変な事した?】

【は? し……してないよ】

【ふ~ん。ま、いいけど】

【いやそんな事より、君の妹、縁ちゃんどうなってんの?】

 俺は移ちゃんに今日の経緯を話した。

【そっか、それは災難だったね】

【それだけ? あんなにも暴行加えられたのにそれだけ?】

【ゆかたんはボクの事大好きだからね~。でも人格切り替わったとしても、止められる方法はあるから大丈夫だよ】

【マジすか! 是非、是非とも御教授を!】

【それは……】


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「……うぅ。あれ?」

 気づけば朝──ベランダで眠りこけてしまった俺は、すかさず身体チェック。良し、移ちゃんに戻っている。部屋へ入り、縁ちゃんが居ない事を確認して、服を着た俺は、胸を撫で下ろした。




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