クズその38【迫りくる死の気配】
────ギュン!
「ぶげっ!」
俺は超高速移動を使用して、命からがらリビングへ移動した。しかし、四つん這いの態勢のまま発動させたので、ダイニングキッチンの下へ潜り込んだ形になってしまった。
「……イテテテ」
しかし、これは九死に一生のチャンス。ここならば縁ちゃんの攻撃は一旦防げる。
俺は必死で握りしめていたスマホで魔法アプリを開いた。
何か無いか? この危機的状況を回避する魔法は!
【全身の毛穴から甘い匂いが発生する】
【生卵を割った時、黄身が二つになる】
【超絶口臭】
【ポケットから鳩を出せる】
やっぱり使えねぇ。口臭が増した所で縁ちゃんの動きを止められる訳じゃねーし。やっぱもうガチで詰みなんじゃ……ん?
【New】
……これは。もしかして、さっき縁ちゃんが魔法ガチャを引いた時に送信されてきた魔法か? 俺はフォルダを開いてみた。
「……こ、これは。イケる! これなら──」
「そうや。ワレは今から『逝く』んや」
「……へ?」
いつの間に? 気配もなく現れた縁ちゃんは、俺の髪を鷲掴みにし、机の下から強引に引きずり出した。
「ぐぶ!」
打ち下ろされた右拳が顔面に炸裂し、俺は床に叩きつけられた。
「ぐわぁああぁぁぁああ──?」
……痛ぇ。歯、歯が……折れた。何コレ……何コレ? 何この激痛? 異世界転生どころか、もはやバトルモノになってんじゃん! 激痛に耐えきれず、床でのたうち回っていると、縁ちゃんは「やかましいのぉ……」と呟いた。
その直後、ゴン! という音が頭内に響き渡り、身体から感覚が無くなった。
え? 何したの? 意識も朦朧としている。現状理解出来る事は仰向けになっている事、そしてそんな俺を縁ちゃんが無表情で見下ろしている事だ。
眼球だけは動く──縁ちゃんに視点を合わせていると、右足を大きく振り上げた。
ゴン! という音が再び頭内に響き渡った。
えぇ~。嘘でしょ? もしかしてサッカーボールキックした? 感覚も無く意識も朦朧としている為、定かではないが恐らく縁ちゃんは、俺のコメカミに不朽のサッカー漫画に登場する、ユニフォームの袖をまくりあげたエースストライカー並みのシュートを炸裂させたのだ。
え~、マジすか~。しかも二回蹴ったよね?
俺さ、クズだけど一応君と同じ人間だよ? 生き物だよ? そして、元の姿に戻れば、君の大好きなお姉ちゃんだよ? なのにちょっとそれは酷くない? 冷静に考えてみれば、俺が一体何をした? 下着姿でこの家に居ただけだよね? それなのに、こんなにもフルボッコにされてさ……あ~、流石にムカついてきたよ俺。
こうなったら、さっさと切り札の魔法を発動させて、このふざけた状況を打破しなければ。
あれ ?あれれ? あれれれ?
無い──
暴行を受けながらも必死に握り締めていた命綱のスマホが、スマホが……ぬわあああぁぁぁぁい! ヤバイ、コレはヤバイ! スマホが無ければ魔法が発動出来ねー! どこだ? どこいった? さっきのサッカーボールキックの時か?
「おいおい、まだ逝かさへんで~。ワレが猫ちゃんにした『悪魔の所業』は、こんな程度では済まされへんのやからな」
だからぁ! 猫居ないって! 俺の嘘だもん! ぬいぐるみを猫だと思い込んでる時点で君の方が遥かにヤバいから!
縁ちゃんはまたもや俺の髪を鷲掴み、無理矢理俺の身体を引き起こした。
いやいや、マジすか? マジすか~? 体重七十キロ近い成人男性を、こんな風に軽々と持ち上げるなんてさ、これはもう化け物だよね? 縁ちゃんに宙吊りにされ、もはや風前の灯火状態。これは流石にヤバいかな。だってさ、もう痛くも痒くもないんだもの。
「ブホッ!」
宙に舞う鮮血を見た。まるで、気まぐれな春風に吹かれて舞い散る桜のようだ。あぁ……これは……ビンタ……か? 縁ちゃんが放った強烈なビンタが気付けとなり、失いかけた意識が戻った。右のほっぺたがジンジンと熱を帯びている。
「……おい、まだ寝かさへんで。こんなんは前菜に過ぎへんからな。猫ちゃんが味わった痛みはこんなもんやあらへん。フルコースで逝かせたるわ」
バチッ! バチン! と何度も何度も炸裂する縁ちゃんの超往復ビンタ。その破裂音と威力は、まるでバレーボールのスパイクだ。ベキッ! あれ? 今、歯……飛びました? ただでさえ少ない歯がまた折れた。なんか頭も痛いし……コレ、脳挫傷になるんじゃね? このまま叩き殺す気……ビチィ!
「グベッ!」
超強烈な一発が炸裂、宙吊りの状態からぶっ飛ばされた俺は、床に倒れこんだ。
「前菜は終いや。次はお待ちかねメインディッシュ……肉か魚、どっちがええか選べや」
うう……前菜でこのダメージ、てゆーか肉か魚って何? 肉を選んだらどんな暴行するんだよ! 魚だと多少暴行が和らぐのかよ?
──クソ……。理不尽極まりない縁ちゃんの暴行によって、いじめられっ子東京代表を自負する俺ですらも、流石に怒りの感情リミッターがレブを越えた。俺は激痛に耐えながら、周囲を確認した。
スマホ……スマホは何処に……あ、あった!
床に落ちているスマホを発見。命からがらほふく前進で移動し、何とかスマホを確保した。そして、素早く画面をタッチし、魔法フォルダを表示させた。
「……おいおい、こんな状況でもスマホをイジリだすやなんて、依存しすぎやろ。ほな、ワレの命より大切なそのスマホを踏み潰して……あん? おいコラ……よく見たらそのスマホ、姉貴のやないかい!」
「今頃気付いたのかい? そうだよ……これは君のお姉さん、移ちゃんのスマホだ!」
「…………あ? なんやねんワレ。急に攻撃的な口振りになったのぉ。ええ度胸やないけ」
「俺は、俺は移ちゃんに代わってチートなイケメン勇者になる男だ……こんな所で、こんな所でヤられてたまるか!」
「……は? 何を訳わからへんことぬかしとるんやコラ。寝言は……逝ってからほざけやこのド変態クソ野郎が!」
縁ちゃんは開いていた手のひらを握りしめ、形状を拳に変えた。そして、俺の髪を鷲掴むと、ノーモーションで顔面目掛けて正拳突きを繰り出した──スロットで鍛えた動体視力は、眼前に迫りくる右拳をスローモーションにして映し出す。
凶器と化した縁ちゃんの右拳が、鼻先に到達しようとしたその瞬間、俺はスマホの画面をタッチした──
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