クズその34【暴行の極み】

 そういい放つと、縁ちゃんは右足を頭上よりも高く振り上げ、俺の下半身目掛けて勢いよく踵を振り落とした。


 ────死っ⁉

 生命の危機を本能的に察知した俺は、身体を反転させた。


「ぎゃむぶっ!」


 縁ちゃんの踵が俺の背中に突きささった。今まで受けた事の無い激痛が内臓に伝わる。


「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 物騒なワードを連呼しながら、間髪入れずに降り注ぐ縁ちゃんの踏みつけ攻撃。

 俺は無意識の内に後頭部を両手で庇い、身体を丸めて、『タートル・ディフェンス』を発動させた。


「オラオラ! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」


 止まない縁ちゃんの踏みつけ攻撃。まさか、この下着がプレゼントされたモノだったとは……なんたる不運。違う下着をチョイスしていれば、状況も違っていたかも知れないのに。いや、そもそもこの姿に戻った事が全ての元凶だ。


 ──俺は呪った。この醜い姿はもはや妖怪人間。せっかく仮転生したというのになんたる悪夢。あぁ……はやく移ちゃんに戻りたーい! 


 亀防御でひたすら罵倒&踏みつけに耐えていたその時、急に攻撃が止まった。


「……へ?」


 縁ちゃんは俺に背を向け、何故かそのままウォークインクローゼットを出ていった。


 ……た、助かった、のか………………?


 そう思ったのも束の間、縁ちゃんは再びこちらに戻ってきた。右手に包丁を握りしめて──


 え! え!? ええっ? 包丁? あれ包丁だよな? うん! 間違いない、包丁だぁ♪ アハハハ~って、おい! 笑ってる場合じゃないぞ。この子はシリアルキラーなのか? はたまた、ナチュラルボーンキラーなのか? なんにしても、今が絶体絶命の超修羅場モードなのは間違いない。


 縁ちゃんは無言で俺に近づき、包丁を床にそっと置いた。


「……これ持てや」

「はい? はい? はいぃいいい?」

「ワイとワレの戦力差は、素手の人間が猛獣に立ち向かう事と同等や。せやからワレが包丁(それ)を持ってようやくその戦力差は埋まるんや」

「な……何をおっしゃっているのか、全く意味がわからないんですけど」

「まぁ、それは単なる既成事実やけどな。素手のワレを殴り殺したら、ワイは刑務所(ムショ)行きや……せやから、ワレが包丁を持って姉貴の部屋に侵入、それに出くわしたワイが、自暴自棄になったワレに襲われるっちゅーシナリオやったら、今ここでワレを殴り殺しても正当防衛が成立するっちゅう寸法や」


 何ソレ! 任侠映画? 思考が半グレすぎませんっ? とにかく、これはマジでヤバい。何とかして脱出プランを考えないと。


「……何してんねんな。はよぉ持てや。ワレみたいなド変態クソ野郎はな、一回死んだ方がええんや!」


 既に一回死んでますから! あたす、一回死んでますからぁぁぁぁぁあああ?


「ちょ……ちょと待ってよ、母さん!」

「あン! 誰がお前のおかんやねんコラァ?」

「いや、違っ!」


 しまった。緊張のあまり、また悪い癖が。あぁ、思えば母さんには散々迷惑かけたよな。母さんと猫のタマ、元気かなぁ。ん……? 猫? はっ! 閃いた! この状況を打破する脱出プランがっ!


「往生際の悪いクソ野郎やのぉ……はよ、包丁持てやコラ」


 促すと言うか、もはや強要。俺は床の包丁を手にした。


「……よっしゃ。これでインスタント暴漢の出来上がりや。姉貴が帰ってくる前にさっさと始末せやんとな」


 暗殺者(アサシン)? もう出てくる言葉が任侠通り越して殺し屋の台詞なんですけど! ああ、握っちまった。もう腹を括るしかない。


「……かかってこんかい」


 暗殺者と化した縁ちゃんは、左手で挑発する仕草を見せた後、ファイティングポーズを取った。それはもう殺る気満々だ。


「う、うおおおおぉぉおおお──?」


 俺は右手に包丁を、左手にスマホを握りしめながら叫び、身体をクルリと回転させて縁に背を向けた。そして、全力ダッシュでクローゼットの扉を開け、中へ突入した。


「あ…………? おいおい、何してんねんワレ。そんな所に逃げ込んだかて、八方塞がりの状況は変わらへんで。ワレはもうとっくに詰んどるんやからな」


 扉を閉めてクローゼットの中から透視で外の状況を確認する。

 縁ちゃんは両拳をバキバキと鳴らしながら、どこぞの世紀末覇者のように鋭い眼光をギラつかせて、こちらを見据えている。透視能力の効果で、俺には全裸に見えているのだが、恐怖で煩悩すら湧き上がってこない。


 怖えぇぇ……めっちゃ怖えぇぇ。でも、力で勝てないなら、頭を使う以外に活路は無い。覚悟を決めろ、俺!


「……おい、ド変態キモ野郎。五秒数えるまでに出てこいや。それまでに出てきたら、楽に絞め殺したるさかい。出てこーへんのやったら、この扉を破壊して、撲殺確定や」


 殺る気じゃん! どっちみち殺る気じゃん!


「五……三……」


 ちょちょちょっとぉ! 何そのカウントォ! ハショリ過ぎでしょーが! 撲殺以外の選択肢ないじゃん!


「……ゼロ。ジ・エンドやな」

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