クズその32【豹変】

 なんで? 魔法クジ引けるのって一日一回じゃないの? 

 パニックに陥りながらも、スマホで魔法くじについての注意事項を確認した。


【魔法くじが引けるのは、一人につき一日一回です】


 一人につき? えええ? 俺以外でも引けるって事? 普通こういうのは第三者が触っても無反応ってのが定番じゃないのぉおお? 

 やられた……絶妙に悪意ある注意書きにまたしてもやられた。後悔先に立たず、そんな事よりも今の着信音でウォークインクローゼットの中に隠れている事が縁ちゃんに知られてしまった。


 縁ちゃんはロボピーから離れ、こちらへ向かってくる。うおおおお! 全裸だから直視しづらいが、彼女の行動から目を離す訳にはいかない。どうする? 自ら外に出て土下座でもするか? いや……待て。まだ他に方法はあるはずだ。考えろ……思考を止めるな!


「ニャ~ン」


「え? 猫? おねーちゃん猫飼い始めたの? わー、見たい見たい!」


 俺は魔法【高精度猫の鳴き声】を使用し、縁ちゃんの警戒心を緩和させるという、巧みな心理作戦を用いた。


 ……よし。ここからが勝負だ。


 脱出プランその二を下方修正。

 縁ちゃんを可能な限り玄関から遠ざける為、猫の声真似でこちらに誘き寄せる。そして、ドアを開けた瞬間に【二秒だけ時間を止める】を発動、全力疾走でリビングを駆け抜けて脱出。我ながらナイス修正である。


『鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトドキス』


 かの有名な大将軍、徳川家康を表現した名文句のような作戦に酔いしれそうだぜ……ふっふっふっ。


「猫ちゃあ~ん、縁たんですよぉ~♪」


 縁ちゃんは相当な猫好きらしく、表情を緩めながらドアに近づいてくる。


 しかしあれだな、ツルペタな姉と違い、スライムみたいな豊満なバストを搭載なされている。体格が良いというか、アスリート系というか、結構筋肉質だ。移ちゃんにもせめて縁ちゃんの半分ぐらい胸があったのなら、ポインポイン出来ただろうに……。

 隣の芝は青いってやつか。この状況でそんな事を考えられる俺、意外と余裕。


「怖がらなくても大丈夫だからね~♪ んじゃあ開けるよ~」


 猫なで声を出しながら、縁ちゃんはドアノブに手を掛けた。待て、まだだ。焦るな俺。時間は二秒しか停められないんだ……もっとギリギリまで待つんだ。


 ドアノブのレバーがゆっくりと下りる。猫が居ると思っている縁ちゃんは、驚かさぬようにそっと開けようとしているのだろう。ドアが徐々に開く──


 ドア付近の壁際にへばりついている俺の心拍数も徐々に上昇し始めた。


 まだだ。肉眼で確認するまで引き付けるんだ……そうだ、スロットの目押しを思い出せ。ビッグフラグが立ち、リーチ目を確認した瞬間の興奮。そして、動体視力を駆使して7を揃える歓喜の瞬間を思い出すんだ!


 ついにドアが開かれた。入ってくる、全裸の妹がついに。縁ちゃんの鼻先が見えた──


 発動するか? いいや、まだだ! このタイミング次第で、人生が変わるかも知れないんだ……焦って失敗してきた前世を思い出せ遼! 景色がスローモーションに見える──

 大丈夫だ、落ち着いている。そう思った瞬間、縁ちゃんの横顔を確認した。


 今だ!


 俺は魔法【二秒だけ時間を止める】を発動させた。後は疾風怒濤、全速力で玄関まで駆け抜けるだけだ。いくぜ!


 ──────あれ?


 目の前に縁ちゃんが立ち塞がっている。え? 何で? どうして? えぇっ!? 


 予期せぬ状況を目の前にして、身動きが取れない。そう思った次の瞬間、完全にフリーズしている俺の顔面に、縁ちゃんの右拳がめり込んだ。


「ブホッ!」


 俺は後方に仰け反り、そのままギュイン! と一回転して床に叩きつけられた。


「ぐわぁあああ! 痛えええぇぇぇぇ──!」


「……おい。誰やワレェ」


「へ………?」


 激痛に身悶えながら、上を見上げると、そこには鬼の形相と化した縁ちゃんが仁王立ちして俺を睨み付けていた。

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