クズその29【男に戻れる?】

 仮転生から一週間が経過したとある午後──


 俺はリビングのダイニングテーブルに鎮座している(もはや常設だが)ロボピーの前に立って、本日の『魔法くじ』にチャレンジした。


 今まで引いた魔法の中で当たりと呼べるモノは、

【透視】【半径二メートル以内の瞬間移動】など。

 逆にハズレは【加齢臭倍増】【体毛が一部分濃くなる】【激烈口臭】【高精度猫の鳴き声】などだ。


 ピロロ、ピロロ、ピロロピィ~ピィ~ピ~、ピ~ピ~ピピロッピロピーロ、ピロピーロ♪


 おぉ、軽快なリズム。コイツは『当たり』の可能性があるんじゃね? 

 解析(ほぼオカルトだが)した結果、ロボピーが奏でるメロディによって、出現する魔法スペックに差がある事が判明した。

 耳障りなメロディの場合は用途不明な魔法が多く、心地のよいリズミカルなメロディの場合は様々なシーンで使える魔法が多い。さて、今日はどんな魔法が出── 


 ピロピロリーン、ピロピロリーン、ピロロロロロロロロロ…………ピキーン!


 え? 何だコレ。このパターンは初めてだよ……な。まるでパチンコのロングリーチからの大当たりみたいな派手な音が、部屋に鳴り響いた。


 ティントン♪


 来た来た。ちょっとこれは期待しちゃうよ。どれどれ……

 俺はスマホの【魔】というサムネイルをタップし、魔法アプリを起動させた。フォルダには今まで引いた魔法がズラリと並ぶ。このコンテンツの良さは、魔法をストックする事が可能で、好きな時に使用出来る点だ。つまり、当たりの魔法をヒロインズと一緒に居る時に使用すれば、『ムフフ』な展開も夢ではないという事。

 葛谷遼時代に、貯蓄という概念は存在しなかったが、煩悩に関する事ならば努力は惜しまない。それが餓死経験者たる所以なのだ。


 俺は画面をスクロールさせ、【NEW!】というファイルを開いた。


【一日限定! 男性に戻れる*】


「……は? 男に? ん? んんん!?」


 その時、俺は唐突に理解した──


「……マッ! マママママママジかぁ! コイツは超大当たりじゃねーか!」


 そう。周知の通り、俺は童貞のまま人生を終えた。今思えば、せめて『ムフフ』なお店にでも行っていれば、もしかしたら餓死で死ぬ事はなかったのかも知れない。 

 うん、多分……いや、それはそれで結局注ぎ込んで餓死ルートに……とにかく、俺は容姿に対して人一倍……いや、人億倍といっても過言ではないほどコンプレックスがあった。


「……だが! だぁが、しかしぃ! 移ちゃんのハイスペックな容姿を手に入れた俺はまさに無双! これで男の姿になれば、どんな女子だろうと落とせる! キスどころか、チェリーを卒業する事だって可能だ! 勝てば官軍負ければ逆賊! これでチートなイケメン勇者への転生は鉄板! ほぼ確定だ! 結局、見た目さえよけりゃ勝ち組なんだよ!」


 おっと、歓喜のあまり自分でも意味がわからない事を叫んでしまった。まだ勝ちどきを上げるのは早い。とりあえずビールでも飲んで冷静になろう。


 ビールを飲みながら、シュミレーションを開始した。まずは移ちゃんが男になった場合、どんな感じになるのだろうか? 参考までに スマホで移ちゃんのインスタをチェックしてみた。ほぼコスプレ画像がアップされており、どれもこれもクオリティが高い。流石は超美形なだけある。


 ……ん? コスプレ画像の中に、執事コスをしている移ちゃんを発見した。え~、何コレ~めっちゃ麗しゅうじゃん、クッソイケメンじゃん。まるでBL漫画で総攻めされそうな美男子……よし、これなら男の姿になっても、この宝塚月組レベルの美貌は保たれるな。


 俺はウォークインクローゼットに移動し、男に変身する準備を開始した。クローゼットの半分がコスプレ衣装(全て田中からのプレゼントらしい)なのはご愛敬として。移ちゃんの私服は、基本的にボーイッシュなアイテムが多いので非常に助かる。


 俺は男装に適した服を幾つか選び、入念なフィッティングを行った。


「……よし。コレだな」


 純白のブラウスに、黒のスキニーパンツ。シンプルな組み合わせだが、移ちゃんのポテンシャルを最大限に活かすには適切なチョイスだろう。


「さて……じゃあ、そろそろ始めるか」


 男の姿に戻れるのは一日限り……つまり二十四時間だ。現在、時刻は午後四時。しかも今日は金曜日……山手線で渋谷まで繰り出せば、女なんて星の数ほどわんさか湧いているはずだ。そこへ、国宝級イケメンと化した俺が降臨すれば、逆ナンの嵐に巻き込まれるだろう。もしかしたら今日中に二、三人ぐらいキスポイント稼げちゃう? ふふふ……。


 再びスマホを手に取り、アプリを起動させた。


 画面には【一日だけ男性に戻れる*】というタイトルと、その下に【魔法を使用しますか? はい/いいえ】との表記が出現した。


 よし、これを押せば俺は国宝級イケメンだ。いくぜ! 俺は妙な気合いと共に、【はい】をタップした。その瞬間、全身が神々しい光に包まれた──


 ……あぁ。葛谷遼時代、唯一の心残りである目的がこれで果たせるかも。某有名美少女戦士的な変身が完了。さて、どんなイケメンに変貌したのかな?


「……ぐぶっ!」


 鏡の前へ移動をしようとしたその時、とてつもない圧迫感が全身を襲った。


「……いて! いててて! ちょ……な、何だよコレ!?」


 服が身体に食い込む。もしや男性化した事で、筋肉が急激にパンプアップしたのだろうか? 

 俺は拘束着と化したブラウスとスキニージーンズを、死にもの狂いで脱ぎ捨て、下着姿になった。


「……ふぅ。マジで締め殺されるかと思ったぜ。さて…………『アレ』は復活してっかな?」


『シンボル』の有無を確認した。よし、しっかりついている。無事に魔法の効果が発揮されたようだ。


「……これで、準備万端…………ん?」


 その時、目の当たりにしたのは、太ももとすねにかけての広範囲に渡る大量のモジャモジャとした無駄毛だった。


「……え? え? え?」


 そこに移ちゃんの滑らかで、しなやかに伸びる長い両脚はなかった。更に俺は両手を確認した。


「……は? 何……コレ?」


 移ちゃんの白魚の様な手と、宝石の様に美しい爪が、ゴツゴツとした形状、短い指、小さい不細工な爪に変化している。そして──


「ゲフン! あ……あああぁぁ~」


 その声は移ちゃんの硬質かつ滑らかな心地良い美声ではなく、野暮ったい聴き覚えのある、いや──聴き馴染みのある声だった。


「……え? ま、まさか」


 胸の奥底から沸き上がってくる得体の知れない強迫観念。ギャンブルに負ける直前、必ず味わう感覚だ。不安に駆られた俺は、鏡の前へ移動した──


「……あ、ああ。あああぁぁぁぁぁああああああ!」


 見るものを苛立たせるハの字眉に微妙な二重瞼。そして、黄ばんだ歯、だらしない肉体──


 鏡に映ったその姿は、仮転生前の俺、葛谷遼だった。

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