クズその28【スキ】
女神降臨……既に転生女神は降臨しているが、この場合また違うっしょ!
遂にすーちゃんを引き当てた。
彼女は俺のスマホを覗き込みながら、
「わ~い♪ 何が出るかなぁ? 楽しみ楽しみ~」と、頬を桜色に染めている。
そんな彼女に対して、俺は初恋の人であり、すーちゃんの姉でもあるなっちゃんの姿を重ねた。しかし、戻らない時間を嘆いた所で何も始まらない。哀しく忌まわしき過去(自業自得だが)とはもう決別しなければ。姉は姉、妹は妹だ。よし! と、心の中で気合いを入れ直しプレイング・ルーレットを回した。
狙うは当然【キス】一択。
しかし、仮に【定規】が連チャンしてしまったらどうしよう? その場合は軽く手首にシッペでも試みるか? いや……逆に、ケツをおもいっきりフルスイングするのもアリか?
ふふ……ぐふふふっふっ。おっと、余計な事を考えちゃダメだダメだ。全ての神経を指先に集中させろ! 俺は深く息を吸い込み、全ての煩悩、欲望、その他諸々の邪念全てを込め、【キス】を引き当てる事だけに集中させた。
いっ……けぇえええ!
【三十】
三十……今までの流れからいくとキスではない、しかし、まだわからないぞ。キスが一つだけとは限らないはずだ。
【スキ】
え? え? はい?
浮かびあがってきた文字を見て、緊張の糸が切れた。【スキ】って何? もしや、昔みたいに右から読むとか? そしたらキスだよな……いいや、そんな都合の良いシュチュエーションが組まれているとは思えない。じゃあ……【スキ】って一体どんなゲームなんだよ?
戸惑った俺は田中に視線を移した。しかし彼はいまだ天井を仰ぎ、フルスイング定規で得た痛覚の余韻に自己陶酔中で、ゲームの解説どころではない。
一方、鈴木はブツブツと「羨ましいぞ田中の……我も定規の大で胸筋を……我の胸筋を定規の大で……ぐぬぬぅ」と嘆いているし、キッチョンに至っては鯛の尾頭を枕にして、いつの間にか酔いつぶれている。
……参ったな。これじゃあゲームが進まない。視覚データ呼び出して情報を得るしか──
「タッキー……」
「え?」
すーちゃんに呼ばれた俺は、目の前で繰り広げられるカオスな状況から視線を移した。
……うっ。頬杖をつきながら斜に構えるその姿は、まるで天使のよう……いいや、小悪魔とも言えるか? とにかく今日一カワイイ表情なのは間違いない。酒の影響か、ポタージュのようにとろりとした瞳がより一層愛くるしく見える。あぁ……すーちゃんとキス、キスしたい……あああぁぁぁぁ! キスしたいキスしたいキスしたいキスしたい! キィスゥ、しぃたぁい――
「……大好き」
……え? いまなんと?
「タッキー、大好きだよ」
頬杖をついたまま、ロリ顔はふんわりとした口調でそう告げた。そして、「エヘヘ……やっぱいざとなると照れるなぁ~。熱い熱い」と、両手をうちわにして顔をあおいだ。その頬は、夕焼けのように真っ赤に染まっていた。
好き……大好き? もしかして、【スキ】ってこういう事か? 告るって、事なのか?
うわああぁぁぁあああ! 初めて……生まれて初めて女の子から告白されたぁあああああ! 正確には既に死んでいる……いや半分死んでいると言った方がしっくりくるか? まぁ、そんな些細な事はどーでもいい。勿論、すーちゃんの好意は移ちゃんに向けられたモノであって、インストールされている葛谷遼に向けられたものではない。それでも、この告白は俺にとってある意味キスよりも貴重な経験になった。
「……すーちゃん」
「ん? なぁに?」
俺も、俺も……君の事が……君の事がぁ!
「しゅき!」
ぐはっ! 噛んだっ! ちゃんと伝えたかったのに噛んだ! 不覚! なんたる不覚! くおおおぉぉぉぉ!
「あは♪ うんうん、タッキーだぁいしゅきぃ~♪」
すーちゃん渾身のフレーズ炸裂。
その瞬間、ガラスが割れたような音が聴こえた。それは、頭の中から聴こえたのか、心の奥底から聴こえたのかは解らない。でも、でも確かに聴こえた。きっと、すーちゃんの言い放った呪文が、俺の心に長年滞在していたトラウマという名の呪いを打ち消したのだ。
勇者に転生する為のキスポイントは逃したものの、それ以上に得たモノは大きい。しかし、女の子ってのは超一流の魔法使いだ。たった一言の呪文(ことば)で相手を幸にも不幸にも出来るのだから。
清々しい気持ちになった俺は、ジョッキに残ったビールを一気に飲み干した。
あぁ……こんなにも旨い酒は生まれて初めてだ。
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