クズその26【リベンジ】

 おしぼりで口元を拭った俺は、ビールを一気に飲み干して昂る気持ちを落ち着かせた。


 稚拙(ちせつ)だ……なんて稚拙で悪ふざけな行為なんだ。

 縁起の良い鯛の尾頭を、こんなくだらない事に使うとは……この罰当たりめ。あら炊きや漁師汁にでもしたらさぞかし旨いだろうに。つか、いっぺん餓死してみ? 食材に対する有り難みがわかるから。


 推しとのキスを逃しただけに、ショックはかなり大きい。期待を裏切ったキッチョンに対して、怒りと不信感以外の感情が沸き上がってこない。


 ふぅ……待て、一旦落ち着け、落ち着くんだ俺。冷静に考えてみれば、酔いどれ腐女子の単なるイタズラじゃないか。心頭滅却すれば、火もまた涼し……だっけ?

 こんな戯れ程度で感情を揺さぶられるな。俺にはチートなイケメン勇者に転生するというスペクタクルな目的があるじゃないか。ハッハッハ! それに、このゲームの支配者は俺、『移女王たま』なんだ。ルール改変やら何やら、どーにでも出来るさ。そうだな、次に【キス】を引いたらこっちから強引に唇を奪ってしまおう。


 そして、唇をベロンベロンに舐めてやろう。なんなら舌を入れるってのもアリだな。ついでに前歯も舐めてやろうか? そして、心ゆくまでキッチョンを辱しめてやる! よし、そうと決まれば急がば回れだ。


 そんな思考を経由して変態領域に到達した俺は、うねうねしながら田中に近付き、


「ユ、ユガムッチィ~」


 と、声色にほのかな色気を混ぜてヤツを呼び寄せた。


「何でありますか、女王たま?」

「あのね、ボクまだ遊び足りないなぁ~。このゲーム、まだ続けたいなぁ」

「な、なんと! いつもは終電までしか開催されない移たんゲームを、まさかの続行でありますか!?」

「う、うん。久しぶりに楽しい飲み会になった事だし、今回は特別ルールにしよーよ」

「……アリであります。既存のルールを破壊してこそであります! 今日はタクシーを呼ぶであります!」


 よし。これでまだチャンスはある。何としてでも【キス】を引かなければ!


 葛谷遼は神や仏が見放すほど引きの弱い人間だったが、今の俺は移ちゃん。そう──滝本移なのだ。

 女王たまゲーム始まって以来という【キス】を二回連続で引き当てたんだ。今の俺は持っている。ニ度ある事は三度……ある!


「では、女王たまゲームゥ、三回戦目開始であります!」

「おー!」


 ノリノリで握り拳を突き上げる田中と鈴木だが、それ以上にノリノリなのは何を隠そうこの俺だ。ルーレットの狙いは滝本移&可愛絆、もしくは滝本移&愛妻優。


 引ける、引ける! 俺は引ける! そう強く念じてダーツのアイコンをタップした。


【滝本移+田中由我夢】


 ノォォオオオオオオォォォォ──────!

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