クズその23【鱚?キス?】

 ある意味そんな怨むべき女の妹である、すーちゃんを見つめながら、復讐心に似たような、似てないような感覚に包まれたような気がした。


 なっちゃん、君はどうやら幸せな人生を歩んでるみたいだね。溺愛する妹が、過去に君が虐げたキモガキの隣で、無防備かつ無邪気な笑顔を見せているとは想像もしてないだろうね。


 ……どうしてやろうか。復讐を遂げる選択肢は山ほどある……いや、そんなにないかも知れない……いやいや、むしろ復讐どころか単なる逆怨みです、はい。ごめんね。それでも……それでも俺は、あの時味わった辛さを忘れる事なんて出来──


「タッキー、あ~ん♪」


 すーちゃんが俺の口元に鯛のお造りを近付けてきた。

 え? あ~ん? もしかして、かの有名なあの、あ~ん?


「……あ~ん」


 モグモグ……ゴックン。旨ぁぁあ……てゆーか何々? 

 俺生まれて初めて女の子から『あ~ん』ってしてもらっ……もらっ……もらららららららりゃりゃりゃりゃりゃあああぁぁぁぁぁ! 


 カワイイッ! 何この子めっちゃカワイイ! それにめっちゃ優しい! カワヤサ? いや、ヤサカワ? なんだそれ。


 あー、過去の忌々しい記憶なんて忘れた!今この瞬間に綺麗さっぱり忘れた! エグい初恋の思い出など、餓死した時点でオワコンなんだ。現在俺のアバターは無双女子、滝本移だ。だったら……だったら、だったら、だったら! これはもう存分に愉しませてもらう以外、他ならぬでしょ!


 テンションが爆上った俺は、追加のビールをがぶ飲みし、超光悦モードへ移行させた。その時、田中が何やらスマホをいじり出した。


「お待ちかねであります。これより第三十二回『移たんモキュモキュタイム』、開催であります! では皆の衆、アプリを起動させたり! あ、させたりぃ! であります!」


 田中が妙なテンションで高らかに宣言すると、全員がスマホを手にして、なにやら準備し出した。


 モキュモキュタイム? 何だそれ? 


 俺もスマホを取り出し、アプリの一覧を表示させてみた。そして、何やら違和感のあるアイコンを発見した。


【移LOVE】


 ……これか。魔法アプリ並みに怪しいな。


 アプリを起動させると、ゲームと思われるタイトルがズラリと並んだ。よく見るとタイトル全ての冠言葉に、『移たんと──』が使用されている。


 コイツ……いや、コイツらどんだけ移ちゃんの事が好きなんだよ? ここまで来ると正直怖いわ。


「では、本日の移たんゲームはなんぞねなんぞね~? であります!」


 怪奇テンションの田中がスマホを操作すると、俺のスマホの画面に金色でいかにもな感じの薬玉が表示された。これは一体……? と思っているとドラムロールのような音が鳴り響いて薬玉がパカリと割れた。その瞬間、『移たんと女王様ゲーム』というタイトルが浮かび上がってきた。


「移たん女王たまゲームゥゥ! キキキ、キタキタ、キター、キター、キターーーー! であります!」


「ウオオオオオォォォォ?」


 ガッツポーズを決める田中と鈴木を横目に俺は戸惑った。おいおい、何だよ女王たまゲームって。まさか変な事させられるんじゃねーだろうな?


「では移たん……否、移女王たま。全ての権限は貴女に、であります」


 田中は恭しく一礼すると俺にそう促してきた。権限って言われても分かんねーわ。どうしようかな、適当にごまかすか?


「……え、えっ~とぉ。久しぶりだからやり方忘れちゃった、アハハハハ」


「なぁ~に、簡単であります。まず、画面に表示されている【スタート】を押すだけであります」


「あ、う……うん」


 俺は言われるがままスタートボタンをタップした。すると、画面にルーレットが表示され、全員の名前が表示された。


「では、これよりダーツを二回投げてもらうのであります!」


 ダーツ? 戸惑いながらも俺は画面上のボタンをタップして一回目のダーツを投げた──

 ダーツは【可愛絆×愛妻優】に命中した。んん? これはキッチョンとすーちゃんが選ばれたってことか?


「ムフフフン……ヒロインズ、でありますか。では続きまして、プレイング・ルーレットであります!」


 画面には二回目のルーレットが表示され、一~五十一の番号が割り当てられている。そして俺はさっきと同じように二回目のダーツを投げた。ダーツは十七に命中した。


「……十七ですと? こ、これは………」


 田中が険しい顔で画面を凝視している。プレイングルーレットってことは、これはあれか? かの有名な『王様ゲーム』みたいなモノか?


【キス】


 画面を見るとそう浮かび上がってきた。


「出たぁぁ! ついに出たであります! 移たん女王たまゲーム初のキッスが降臨したであります!」


 興奮気味の田中が絶叫すると、鈴木も興奮を隠しきれず不敵な笑みを浮かべる。


「なんという引きの強さ……血湧き肉踊るな滝本の! 今日は祭りだ! フハハハハ!」


 ……え? キ……キス? キスって、天ぷらとかにすると旨いあの鱚?


 キッチョンはすーちゃんの方を見て、「え~、すーちゃんとキスかぁ。何か照れるなぁ」と、頬杖をつきながら目を潤ませている。一方、すーちゃんは、「田中くんと鈴木くんだったら、拒否権発動だけどぉ、キッチョンなら全然いいよ~」と、ほわほわした口調でキッチョンにそう伝えた。


「んじゃあチュリー、ちょっとごめんね。すーちゃん、こっち来て」


 キッチョンは俺に断りを入れた後、すーちゃんを手招きした。


「あ~い♪」


 すーちゃんは身を乗り出し、キッチョンの方へ顔を向けた。え? え? 何コレ? 


 俺を挟み、俺の眼前で見つめ合う二人。そして、キッチョンはすーちゃんの両頬に両手を添えると、そのまま引き寄せ──むちゅっと、すーちゃんの唇を覆うようにキスをした。


 うわあああぁぁぁ────! したぁ! キスしたぁ! しかも結構熱いキッスゥ!

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