クズその22【忌々しき記憶】

「マ……ママママジか。すーちゃんがなっちゃんの妹だなんて。こんな……こんな超ド級の劇的奇跡が訪れるとは……仮転生って最高ぉおお!」


 衝撃的事実を知った俺は席に戻り、とりあえずビールを一気に飲み干して気持ちを落ち着かせた。心頭滅すれば、火もまた涼し──冷静に、冷静になれ。抑えろこの感情を……この衝動を。

 すーちゃんがニマニマしながら俺の顔を覗き込んできた。


「なぁ~にぃ? タッキーなんか凄く嬉しそぉだけど」

「──え? そ、そぉかな? あははは」


 すーちゃんが両手で頬杖をつきながら俺を見つめ続けている。まさか……まさか悟られたか?


「……そうだよねぇ、嬉しいよね~。だってさぁ、こうしてまたみんなで集まれたんだもん……ねっ♪」


 ねっ♪ って、くはぁあああ! カワイイ! 違う違うそうじゃない! 俺が嬉しいのは、君がなっちゃんの『妹』だからだよ! だってありえないでしょ? 初恋の、しかも生理的にも物理的にも拒否られてた好きな女の子の妹と、こんなにも仲良く出来てるんだぜ!? そりゃ無意識に表情もゆるゆるになるわ! なんならもう吐くわ! 


 そう──あれは忘れもしない小学校卒業間際。美術の授業で哀しき結末を迎えた『接近作戦』以来、なっちゃんに対して一声も掛けられなくなってしまった俺は、一大決意をした。キモいと罵られようが消えぬ想いを、卒業までに何とかして伝えたい──だから、俺は告白する方法を考えた。


 選択肢は三つ。


 その一、『直接告白する』

 これは無理だ。そもそも呼び出す勇気なんてあるわけないし、本人の目の前で「好きです!」なんて言った瞬間、緊張のあまり気絶してまうので却下。


 その二『電話やメールで告白する』

 これも無理。そもそも電話番号やメアド知らないし、仮に入手出来たとしても電話をかけたりメールする勇気もない。


 その三、『ラブレター』

 これなら直接本人に接する事なく間接的に想いを伝えられる。三つの選択肢どころか、必然的にラブレターしか選べなかった俺は、すぐにラブレターを書き、後は渡すだけとなった。


 しかしながら、ヘタレな俺がラブレターの手渡しなんて当然出来るわけもない。ベタに靴箱に入れる事も考えたが、誰かに見られたら最悪だ。なので、俺はなっちゃんを尾行し、自宅を突き止め郵便受けに投函することにした。ハイハイ、わかってますよ。歴としたストーカー行為ですよねー。キモいですよねー。でも……それでも、俺は彼女に気持ちを伝えたかったのだ。


 ラブレターの内容はこうだ。


【好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きですキスしたい好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです好きです】


 何で小六の俺はこんな事を書いたのだろうか? 

 脳が膿んでいたのかな? 

 大人だったら確実にお縄だよね。


 そんなサイコパス要素満載のラブレターと共に、当時人気だった男性Kポップグループの生写真(わざわざ新大久保まで出向いて購入)を同封した事は多少あざといとは思ったが、魚を釣る事と同様に『餌』は必要でしょ? と、無理矢理自分を正当化させていた。


 しかし、その翌日事件が起きた。


 卒業式前日だった事もあり、朝からざわつく教室だったが、俺はただならぬ『異変』を察知した。その予感は的中、朝のホームルームにて担任が、「緊急の学級会を開く」と切り出したのだ。


 教室内は急遽会議形態になり、担任が「葛谷、前に出ろ」と俺に指示をした。バリバリ心当たりがある俺は、『え? 意味わかんないんですけど』的な態度を取り、ふてぶてしさを演出して壇上の横に立った。


 そして、学級会が始まると、書記長が黒板にチョークで『葛谷くんの変な手紙について』と書きやがったのだ。


 なんと、なっちゃんは俺のラブレターを担任に渡したのだ。担任は具体的な内容に触れはしなかったが、『とても不愉快な事が書かれていました』とみんなに公表しやがったのだ。


 え? え? え?


 ナニコレ? 現実? 現実に起こってる事なの? いやいやフィクションだよね? 卒業式前のサプライズ?


 自律神経がおかしくなったのだろうか? 両ワキから異臭がしてきた。クッサ! え? 何この臭い? クッサ! 死臭? クッサ! もう死にたいんですけど! と思いつつも、地獄の学級会は進行していった。


 女子生徒の一人が、明らかに手紙の内容知ってますけど的な表情を浮かべ、『なんでそんな気持ち悪い手紙を書いたんですか?』と質問してきた。あの瞬間は本当にキツかった。袋小路に追い詰められた猫のように真上に飛び上がり、天井をぶち抜いて逃亡したい気持ちになった事は未だに忘れられない。


 そして、精神的圧迫を受けてテンパった俺の解答は、『ちょっと待ってよ母さん!』だった。何故か母親の名前を出してしまったのだ。これにクラス中は大爆笑。その笑い声を最後に俺の意識は途絶えた。


 気付けば保健室のベッドの上──保健の先生いわく、どうやら俺は貧血で倒れたらしい。そのおかげと言っては何だけど、学級会という名の公開処刑は、有耶無耶な状態で閉幕したという。そしてその翌日、俺は体調不良を理由に卒業式を欠席した──


 そんな忌々しい記憶が走馬灯のように蘇った。

 ……そうだよな。考えてみれば、あの日から今に至るまで、俺は女の子を本気で好きになれなくなったんだ。もしも『山本なつみ』に出会っていなければ、俺の人生少しはマシになってたかもしれない。

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