クズその17【美女と野獣】
俺とキッチョンはとりあえず店内に入った。見渡すと、大き目のテーブル席がちょうど空いていた。
「ここにしよっか」
「うん……そだね」
席に着いてしばらくすると、店員がお冷やと付き出しを運んできた。
キッチョンはすかさず、
「食べ放題と飲み放題プラン五人分でお願いしまぁ~す」
と、馴れた感じで注文した。
五人分? え? それってつまり、後三人も来るの? むしろもうキッチョンだけでいいのに。いや……待て、全員女子ならそれは女子会という名のパラダイス……つまり、俺にとってはハーレムだ。皆にガンガン酒を飲ませて、ぐっ! でん、ぐでんに酔わせたら、色々と愉しきイベントが発生するかも……ついでにキスミッションも達成に近づくし、いいことずくめじゃないか。ぐふふふ。
俺の脳内はハグの影響により、九十五%が下心(残りの五%は食欲)で埋め尽くされていた。
キッチョンよ、今、君の目の前に居るのはチュリーではない。『童貞(チェリー)』だ。君はチュリーではなく『チェリー葛谷』を抱きしめてしまったのだよ! ふははははは。
「ねぇねぇ、チュリー。この間コミケ行ってきたよ。なので戦利品を持ってきましたぁ」
キッチョンはトートバッグの中から薄い本を数点取り出した。
ん? 戦利品ってなんだ?
「はい、これあたしからの快気祝い。じっくり愉しんでねぇ……ウフフ」
意味深な笑みを浮かべるキッチョンから薄い本を三冊手渡された。その表紙には、美形のショタコン男子達が恋人のように密着したイラストが描かれている。
これは所謂BL本?
「さぁさぁ、遠慮せずに開いてみたまえよ」
ニヤニヤしながら促してくるキッチョンを横目に、俺は生まれて初めて目にするBL本を見開いた。
……う~ん。まぁ、だから何? だよなぁ。ノーマルでスクエアな性癖の俺は、特に驚きや興奮もなく、ショタコン男子同士が只々まぐわうシーンを淡々と読み飛ばした。
「どぉ? 今回の作画神じゃね? 久々の当たりだよね~」
「う、うん……凄く綺麗な絵だね」
形容詞以外の言葉が出ない。あぁ……BLではなく、俺は君のB(バスト)とL(レングス)に興味があるんだ。それにさっきのハグ……スライムが俺の胸に密着して気持ちよかったなぁ。滝本移が『つるぺた』である事に心の底から感謝。
そんなこんなで引き続き、キッチョンによるBL本解説を心此処にあらずモードで聞いていると、俺達のテーブルに二人の男がやって来た。
「おー、滝本の。退院おめでとう」
「滝本氏、退院おめでとうであります」
……は? 何だよコイツら。一人はゴリラみたいなガチムチマッチョ。もう一人は、ふくよかを極めた豆タンク。おいおい待て待て、野郎かよぉ~。
興醒めだ。残り三人全て女子だと思い込んでいたから余計にキツい。
仕方がない、とりあえずコイツらのデータを見てみるか。まずはガチムチマッチョから。
【鈴木力也(すずきりきや)◆同じ大学のスポーツ科◆身長一八五センチ:体重九〇キロ◆趣味、筋トレ◆学生ボディービル選手権第三位の実力者◆滝本移に上腕二頭筋を触らせて、ドヤ顔をする事に生き甲斐を感じている】
……次。豆タンク。
【田中由我夢(たなかゆがむ)◆同じ大学の工学部◆身長一六〇センチ:体重一三〇キロ◆アニヲタ、メカヲタ◆メガネ、チェックのカッターシャツ、ジーパン、赤い運動靴がトレードマーク◆「~であります」が口癖◆滝本移に下腹部をタプタプされ、萌える事が唯一の悦楽】
……あっそ。クソみたいな情報だな。犬も喰わないとはまさにこの事だ。上腕二頭筋を触らせてドヤ顔するとか、下腹部をタプタプされて萌えるとか、性癖にクセありすぎだろ。
愛想笑いを浮かべながらも、一気にテンションが下がり始めたその時、俺の背後から「タッキ~」と呼びかけてくる女の子の声がした。振り向くと、そこには手をヒラヒラと振りながらこちらへ向かってくる、激烈美少女の姿があった。
「ごめんね~、お待た……きゃっ!」
激烈美少女は席に到着する直前、足を滑らせてしりもちをついた。
え? 今、何もないのに転んだぞこの子。
「……あいたたたたたぁ」
俺は咄嗟に激烈美少女へ歩み寄り、「だ、大丈夫?」と声を掛けた。
「おぉ~タッキィ~。大丈夫大丈夫。そんな事よりも、退院おめでとー」
激烈美少女はしりもちをついたまま、ニヘラと笑った。
や……やっべぇえええええぇぇぇ──! カワイすぎるぅうう! 早速データだ!
ピロン♪
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