クズその15【ゴブリンか勇者か②】

「――ちょ、ちょっと、痛っ!」

 余りの動揺に舌を噛み切りそうになった。危ない危ない。

「っ……ちょっと待ってください! ゴブリンに転生って、女神委員会の決議はどうなったんですか?」

「あ~それ?」

 女神ルナは満面の笑みを浮かべたまま、

「女神委員会がね、移ちゃんと面談したんだけどぉ。彼女、このまま異世界で生活して行く事に何の躊躇も無いし、不満も無いんだって。だから、遼くんがゴブリンに転生した所で、何の問題もナッスゥイング!」

 ふっ! ざけんなよコラ! と言いたいが、言ったらどうなるかなんて火を見るよりも明らかなので言わないが、心中では怒り大爆発だ。

 つまり、滝本移は既に異世界ライフを楽しんでやがるってことだ。

 ダメだ……ダメだダメだダメだっ! チートでイケメンな勇者として異世界ライフを満喫するのはこの俺だ! 

 マズイ……この状況は非常にマズイ! 何とかしなければ。

「で……でも、本人はそれでいいとしても、移ちゃんの家族や友達の事を思うと、俺は【ゴブリンコース】を選べないよ。だって俺がゴブリンに転生したら、この世界の移ちゃんは再び死んじゃうわけでしょ? どうしようもないクズな俺だけど、そうなることが分かっていながら、そんな決断はできないよ」

 真剣な眼差しで女神ルナを見つめて、心境を吐露してみた。効き目の方はどうだ?

「遼くん……」と、女神ルナは瞳を潤ませ、

「君がそんな……そんな気持ちだったなんて。うっ! ううう……」

 目に涙溜めてうつむいたぞ。これは! これは効いたか!

「うははははははははは! そんな思い付きのアオハル風味エピソード、通じる訳ないじゃあ~ん! あー、笑いすぎておなか痛ぁ~い。マジウケる。あのね遼くん、何か勘違いしてるようだからハッキリ言っておくと、あたしは天使でも悪魔でもないし、ましてや救世主(メシア)でもないの。あたしの仕事は~、『死んだ人間を異世界に転生させる事』なのね。それ以上でもぉ、それ以下でもないんだよぉ。つまりぃ、移ちゃんの肉体が腐っちゃおうが焼かれようが、家族や友達が泣こうが喚こうが~、あたしはなーんにも動じないしぃ、何も感じないの。だからぁ、遼君はさっさとゴブリンに転生しちゃお! イッエーイ♪」


 イッエーイ♪ って馬鹿か! てゆーか鬼畜か! そんな愛嬌たっぷりのまろやかな笑顔しときながら、発言がエグすぎるわ! 

 ダメだ。このポンコツ女神は、とにかく自分のヘマさえ帳消しに出来ればそれでいいんだ。

 ふざけんな……ふざけんな! 勇者コースは俺にとって最後のチャンスなんだ。諦めて……諦めてたまるかよ!

「じゃあ遼くん、聞くまでも無いけど、仕事上一応君の意思を聞いとかなきゃならないからとりあえず訊くね。どっちのコースにしますか!」

「【勇者コース】でお願いします!」

「いやいやいや、ははっ……はははは。【勇者コース】? あはははは、遼くんってホント面白いよね~。大体さ、君にクエストを達成出来るとは思えないんだけどぉ。だって……ねぇ、君チェリーだよね? どう考えても無理じゃね? 成功するイメージすら出来ないもんっ! まぁ、移ちゃんの見た目ならワンチャンあるかもだけど、何せ十人とキスしなくちゃならないクエストだし、無理無理無理~」

「十人……え? 十人っ? いやいやいや! 何で十人なの?」

「はぁ? 一人キスしただけで勇者になれる訳ないじゃん。そんな簡単なクエストでいいなら誰でも勇者に転生してるっつーの! いい遼くん、君みたいなクズが勇者になるにはそれなりの難関が課せられるの」

 十人とキス……チェリーの俺が十人と? これは流石にムリゲーじゃね?

 いや、いいや! この選択だけは妥協出来ない!

「確かに……俺は今まで何一つ、目標を達成した事は一度もないよ。でも、それでも、俺は【勇者コース】を選択する。移ちゃんを元に戻してあげたいんだ」

「ふ~ん、あっそ」

 女神の顔から笑顔が消えた。

「んじゃ【勇者コース】って事で。とりあえず頑張ってみ。あ、ちなみに期限は三ヶ月。期限内にミッションクリアしないと即死。それと、絶対NGアクションは【男の子とキス】ね。これも即死だから気をつけてね~」

「……え?」

 今なんて? 即死?

「死……死ぬんすか?」

「そりゃそうだよ。いつまでもダラダラと移ちゃんの身体で暮らして行けるとでも思ってたの? 今の状態はあくまでも『仮』って言ったじゃん。詳しく説明するとぉ、移ちゃんの肉体が君の魂を受け入れられる活動限界が三ヶ月。それ以上経過すると、拒絶反応を起こして強制パージ、つまり即死。で、【女の子とキス】が君の願望なのにもかかわらず、【男の子とキス】なんて事になろうものなら、ミッション失敗とみなされ即死。君みたいに現世でなーんもしてこなかったクズ餓死野郎が、異世界で華々しいハイスペックの職業に転生するってのは、それなりのリスクがあるって事だよ。移ちゃんの可愛さが仇になる事もあるだろうしぃ」

 甘かった。つか、見抜かれていたのかも知れない。

『移ちゃんを元に戻してあげたい』なんて、格好いい台詞を吐いてみたものの、内心では『失敗したら移ちゃんとして生きて行けばいっか』と、楽観的寄生思考があった。

 まさか……まさか、三ヶ月ルールや、男とのキスがDD(ダイレクトデス)に直結しているとは。やはり、異世界といえど世の中は甘くない。てゆーか、このポンコツ腹黒女神、そんな最重要情報を後出ししやがって……明らかに【ゴブリンコース】へ誘う策略じゃねーか!

「その事を踏まえてもう一回訊くけどぉ、本当に【勇者コース】でいいんだね?」

 俺は項垂れながらも、女神ルナの顔を真正面に見据え、「う……うん。【勇者コース】一択で」と勇敢を装って答えた。

「りょ。まぁ、いつでも【ゴブリンコース】に変更する事は可能だから、とりま頑張ってみ。じゃあ、また来るね~」

 女神ルナは両手をヒラヒラと振りながら、神々しい光の中へ消えていった。

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