クズその10【町中華②】

 キタキタ……Aセットは叉焼麺(チャーシューメン)と青椒肉絲飯のセットだ。俺はこの店に通い続けて以来Aセットを必ず注文する、ヘビーAセットユーザーなのだ。

 じゃあまずは、大好物トップ3に入るであろう青椒肉絲飯から……。

 俺はレンゲで青椒肉絲と飯をすくい上げ、一口で頬張った。

 旨い。しみじみと、じんわりと旨い。

 シャキシャキとしたピーマンの苦味と、彩りに花を添える赤パプリカの甘味。そして、歯応え抜群のタケノコと、肉汁が染み出る細切りの牛肉。それらをとろみがかった甘辛い餡が包みこみ、口の中で米と共に踊る。まるで社交ダンスのように上品かつ情熱的な大人味。この青椒肉絲飯をまた食えるとは、夢にも思わなかった。

 そんな事を考えながら食べ進めていると、なぜか目の前に瓶ビールが置かれた。

「……え? あ、あの、追加なんて頼んでないですけど」

「サービスネ。オネサン、トテモカワイイ。ソシテトテモオイシソニタベテクリルカラ、ワタシウレシデス。イヒヒ」

「あ、ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて……」

 マジか……マジでか。

 葛谷遼として通い続けていた時は、一度もこんなサービスされた事ないぞ? 何年も通った常連客が、初めて店を訪れたカワイイ女の子にあっさりと敗北するとは。ローマは一日にして成らず……名言の信憑性すら疑わしく思えてしまうな。

 まぁいい。俺はサービスで提供されたビールを飲み、口腔内をリセットした。

 さぁ……メインディッシュに挑もう。大好物トップ3の栄えある第一位……叉焼麺だ。 

 この満天軒という中華料理店が長年続けてこられたのも、看板メニューである叉焼麺が絶大な支持を受けているからである。

 本来、ラーメンなどの汁物を食らう場合、提供された直後の熱々を頂くのが定石だが、唐揚げ同様ここのメニューはとにかく熱い。なので、比較的温度が低い青椒肉絲飯をまず三口程食べ、ほどよく熱気が落ち着いた状態の叉焼麺に挑むのだ。

 よし……ではいざ尋常に勝負! 

 まずは軽く胡椒を振って、スープを一口──あぁ……旨い。コクのある豚骨ベースの白湯スープから滲み出た背脂が、食道をコーティングしていくのが分かる。この作業が次なる工程、麺へと進む為のお膳立てとなる。箸で麺をすくい上げ、一気にズババババ! とすすった。

 モムモム……ゴクン……旨ぁ。

 自家製だというチュルチュルの卵ちぢれ麺が、背脂でコーティングされた食道で加速──急降下して、胃の中へ滑降していった。餓死を経験したからこそ、より一層旨い……涙が出そうだ。実際には涙ではなく鼻水が垂れそうなのだが、それをこらえて主役に挑む。

 そう……叉焼だ。旨味の塊であり、この器を支配する王様は、白湯スープという名の旨味マントを纏っている。

 ……頃合いだ。さぁ、王様よ! 世界線を越えてこい! と叫びたい気持ちを圧し殺しながら、俺は器という狭い世界から、虹の架け橋の如き箸さばきで、叉焼を最大限の敬意を表しながら口の中へ移動させた──

 じゅわ~ぁん。叉焼はたった一噛みで爆ぜた。二噛み目、分散した叉焼群はピンボールのように、口腔内の壁に次々と当たり、旨味成分を粘膜に塗りたくる。役目を終えた叉焼群は、喉奥へと追いやられ、胃に落ちていった。あああ……あ~ん、旨ぁああい。

 至福の一時。食事とは本来こうあるべきだ。悟りを開いたが如く悦に入った俺は、ビールで再びリセットをかける。

 さぁ、二周目に参ろうぞ。スープ、麺、叉焼の極上ループを器の底が見えるまで続けるのだ。 

 あれ? 何故かスープに雑味を感じるぞ?

 そんな違和感がありながらも、俺は続けて麺をすすった。ちょ……何コレ。食べ始めた時には感じなかったが、明らかなエグ味が麺に絡んでいる。絶対におかしい。

 何やら器の中で『異変』が起きている様子だ。箸で叉焼を避け、麺を掻き分けた。すると、器の底から何やらブヨブヨした物体が浮かび上がってきた。

 は? はぁ? これは天かす……? いや、衣……か?

 更に箸で器の底をつつくと、何か弾力のあるモノが沈んでいるのが分かった。それは長方形にカットされた肉塊だった。

 異常事態に戦いていたその時、厨房から熱い視線が注がれている事に気付いた。チャンさんが俺に向かって右手の親指を立て、「サービスネ」と笑顔で呟いた。隣でバイトの店員がしゃがみながら何かを食べているのが目に入った。

 あれは、まかない……か? どんぶり飯の上に何か乗せている。揚げ……物? 

 まさか、この底に沈んでいる物体の正体はあれか? この店のメニューにあんな揚げ物は存在しないはず。ならば、可能性が高いのは近所のスーパーで購入した、まかない用のお惣菜……おいおいマジすか?

 俺は温泉で入浴を堪能している最中にナマズをぶち込まれたような不快感を覚えた。

 何でこんな余計なサービスを……せっかくのご褒美が台無しじゃないか! 移ちゃんの美貌はチャンさんの感覚まで狂わせてしまうぐらい破壊力があるのだろうか? 

 そうだとしても、ビールはともかく惣菜をラーメンに入れるなんて愚行を……ところで、揚げ物の正体は一体何だ?

 箸で長方形の肉塊を持ち上げ、凝視した。鳥……いや、豚肉……っぽいな。そしてこの衣はパン粉…………?


 まさ、まさか……これは。


 このタイミングでまさかの発動。


【魔法:豚カツ】


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