クズその9【町中華①】
夕飯を食べに行く為に外出した俺は、とりあえず真っ先にコンビニへ向かい煙草とライターを購入した。そして、即座に喫煙所にて煙草三本をくわえて火を点けた。
「スゥゥゥゥ……ハァアアアァァァ~、旨いぃぃぃ」
数ヵ月ぶりに摂取するニコチン。旨すぎて一瞬倒れかけた。
「よし、じゃあ行きますか」
都内某所──山手線を乗り継いでやってきた場所。ここは俺、葛谷遼が長年住んでいた街である。
「なんか……懐かしいなぁ。あれからまだ三日しか経ってないけど」
ついこの間まで住んでいた慣れ親しんだ街並み。まるで何年も経ったかのような懐かしさに包まれて、少しばかり哀愁を感じながら歩みを始めた。
だが、ふと女神ルナの言葉が頭の中を過った。
「俺の身体……腐りかけてるんだっけか」
抜けガラになったとしても、一応二十五年間世話になった身体だ。せめて警察に通報するなり、何らかの対処をして葬ってやりたい気持ちはあるが、それはできない。
なぜなら仮転生規約に――
【万が一にも、生前の肉体には近づかない様お願い致します。近づいてしまうと、魂を引っ張られ、仮転生が無効になってしまいます】
と記載されていた……はず。なので、何もしてやる事は出来ないのだ。
そんな事を考えながら目的地へ歩く事、約十分。到着したのは中華料理『満天軒』。
黄色い看板に赤い文字という、ベタかつ非常に目立つ店舗は、簡素な住宅街ではかなり浮いているが、味やボリューム、低価格に定評があり、地元の住民に人気がある町中華だ。
この店は、俺がこの街に住み始めた頃から週に二~三回は通っており、餓死する前に食事をした、いわば『最後の晩餐』となった場所でもある。
「……久しぶりだな。よし」と、俺は店内へと歩を進めた。
「イラッシャイマセ~」
カタコトの日本語で挨拶をする店主、ベトナム人のチャンさん。あぁ……懐かしき。あれからまだ一ヶ月しか経ってないけれど、とても懐かしく感じる。感極まり気味の俺はカウンターの一番奥、壁際の席に座った。
この席は俺の『指定席』とも言える席で、来店して空いていなかったら出直すぐらいお気に入りなのである。まぁ、単に他の常連客に話しかけられる事を避けているだけなのだけれど。
暫くすると、カウンター越しにチャンさんが、「ゴチャウモンハオキマリテスカ?」と尋ねてきた。
在日三十年が経過したというのに、相変わらず間違った日本語で接客するチャンさんには愛らしさを感じる。
「じゃあ、いつもの」
そう告げると、チャンさんは燻(いぶか)し気な表情で、
「……ハ? オネサン、コノミセキタコトアタカ?」
「あははは……先月来たばっかだし、俺の事忘れ……」
あああああぁぁぁぁぁぁ──! 仮転生した事すっかり忘れてたぁぁぁぁ──⁉
「センケツ? オネサンミタイナカワイイヒトダタラ、ワタシワスレナイヨ! イヒヒヒ!」
「……あ、あはは。えっとぉ~」
俺はごまかしながらメニューを開き、「……じゃ、じゃあAセットと唐揚げ。後、ビールをお願いします」
「ハーイ、Aセットト、カラアケ、ビールネ!」
……ふぅ、危ない危ない。リラックスしすぎて、今の自分が滝本移の姿だって事、完全に忘れていた。とりあえず、気持ちを落ち着かせて料理が来るのを待とう。
「ハイ、ビールトカラアケネ」
ほどなくして瓶ビールと唐揚げが目の前に置かれた。
俺は手酌でグラスにビールを注ぎ入れ、グイッと一気に飲み干した。
カァアァァアアアァァァ──! この一杯の為に生き返ったなぁー! ま、仮転生だけどね!
次は唐揚げだ。ここの唐揚げは出来たてを一口で頬張ると、確実にヤケドを負うから、先ずは一手間が必要。箸で少し衣と肉を引き裂き、中の蒸気を逃がす。そこへレモンを軽く絞ってほどよく冷めたところで──
ザムッ! むむむむ~ん、うまぁ!
サクサクの衣とジューシーな肉汁が相まった上に、レモンの酸味っ! からの~。
ゴクゴク……ぷっ──はぁああぁぁぁ──! 最高だ!
さて、後はメインの料理が来るのを待つだけ。厨房に視線を送ると、チャンさんが額に汗を滲ませて鉄鍋をゴトンゴトンと振っている。
そんなチャンさんに対して、俺はいつもこう思っていた。ご苦労様……と、上から目線で。
それにしても、来る度いつも思うのは、何故ベトナム人のチャンさんは、ベトナム料理店ではなく、中華料理店を営んでいるのだろうか? という疑問。まぁ、日本人だからといって、皆が寿司を握っているわけではないし、そもそも餓死した俺にそんな事を気にされる筋合いなど無いのだけれど。
そんなこんなでビールを一瓶開けた時、「オマタセシマシターAセットネ」と、目の前に料理が置かれた。
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