第16話 堕落聖母

空に浮び、雨に打たれながらも涼しげな顔をしながら、俺を見下してる悪魔…


横山真理恵は俺の姿を見た後、地面に降り立って俺に近づいてきた。


だが、俺はすぐさま身構え、拳を作って戦闘体制に入った。


「ふん。即決で敵と見なしたか。…悪くない判断だ」

「黙れよ、悪魔が。貴様みたいな女など俺の身内ではない」

「相変わらず減らず口を叩くなぁ。それで強くなったつもりか?小僧」


その瞬間、俺は反射的に拳を突き出し、横山真理恵の胸を殴りかかった。

少なくとも、子を見捨てて何処かに消えた恨みは晴らさんとばかりに、俺は直に殴りかかったのだ。

だが…


奴は身構えることなく、女性用スーツにあるタイトスカートのポケットに、手を突っ込んだまま俺の拳を軽やかに交わしたのだ。


「何だ?その拳は。遅すぎて欠伸が出る」

「減らず口を…!…っ!?」


その瞬間、奴はヒールを履いた足で蹴り上げて俺の頬を掠めてきたのだ。

咄嗟に回避したとはいえ、後一歩遅かったら…俺は眼球ごと頭を吹き飛ばされていたのだ。


無論、鋭いヒールと速度のある蹴りであるため、トロールの厚い皮膚をさっくり切り裂いていたのだ…


だが、その回避した瞬間に、奴は俺の腹に両手による掌底を当ててきたのだ。


「がはっ…!?」

「隙が多すぎるぞ、小僧。お前、本当に私の息子か?」


当てられた衝撃で腹にある内蔵が押しつぶされ、内容物と共に血反吐を吐いて、俺は吹き飛ばせてしまった。

無論、奴は返り血を一つも浴びずに、目の前に立ちながら…


その衝撃によって、俺は不老不死による蘇生が発動をし、すぐさま復帰は出来たのだが…復活した事によるペナルティによって能力が低下してしまった。


「ほぅ。あの偽神に不老不死を貰っていたのか。実に羨ましいな…妬ましいほどにな…何度殺してやろうか?」


その台詞が終えた瞬間に、今度は心臓を奴に貫かれてしまい、生きたまま心臓を引きずり出され、握り潰されてしまった。


勿論、声など出せるわけが無かった。

いきなり肺ごと潰されて抉られた時に声を出せなど、出来はしないのだから。

だが…それでも不老不死による咎によって、すぐさま俺は再生を始めたのだ…


「いいぞ…私を失望させた罰だ。何度耐えて復活できるか、やって見せろ。私を楽しませてくれよ。なぁ…我が愚息よ」


そう言いながら、反撃しようとする俺を尻目に、奴は俺をサンドバックにするかの如くに、甚振りながら殺し、蘇生を待っては襲い掛かってきたのだ…





――――――――――――――――――――――――――――――――――――





王城に衝撃が走ったと同時に、私の中で胸騒ぎが起きた。


「…錦治!?」

「あ、姉御…どうしたの?」

「わりぃ、皆。ちょっと錦治の所に行って来る」

「一緒に付いていこうかしら?」

「いや、良子。お前らはここに残ってくれ。頼む」

「どうしたのよ。一体…」


たぶん、こいつ等と次郎さん達は連れてはいけない。

行ったらたぶん、取り返しの付かない事になりそう…


「頼む。…もしも、五分以上戻らなかったら、探してくれ」

「…分かったわ」

「冴子さん…無茶はしないで」


皆も了承して、私は部屋に置いていた剣と盾を握って部屋の外に出て行った。




錦治が居そうな場所である、王城のテラスまで走って向かう事にした。


大抵、アイツがふける時は屋上やベランダといった空気が流れる場所に行くと思うから、そこに。向かっていけば良い。


早く急げ…


もっと早く急げ…


じゃないと、錦治が壊れそうだからだ…!!



そして、やっと王城のテラスに出た時…私は目の前の光景に我が目を見開いて、絶叫を上げた。


「――――――っ!?錦治ぃぃ!!?イヤァァァァァァァァ!!!」


目の前では…血の海に沈んで、内蔵を引きずり出され、潰されながらも蘇生され続ける錦治の姿と…


それを喜びながら甚振りつけている血まみれの女物スーツを着こなした女悪魔が立っていた…


しかも、その姿は…あの錦治の母親、横山真理恵の姿そっくりの悪魔だからだ…


「誰かと思えば、小川の末の小娘ではないか。白いオーガとなった身としては、上物の女になったな。実に羨ましい…実に妬ましいぞ…」

「その言い方…間違いない。何故、錦治をここまで甚振るんだ!真理恵さん!」


私が激昂した声を上げながら、剣を引き抜いて真理恵さんの体に切りかかった。

だが、真理恵さんはスカートのポケットに手を突っ込みながら回避して、距離を取っていた。


そして、その瞬間に魔法の弾が飛んできたので、私はすぐさま盾で振り払って、弾を別の方向へ飛ばしてやった…


「ほほぅ…愚息とは違って動きがいいな。だが、何時までそれが続くか…なぁ、楽しませてくれよ。小娘」

「ちきしょう…」


真理恵さんの挑発通りに、今すぐにでも切りかかりたいところだが…

今は錦治を優先したい。

そう思いながら、私は盾を構えながら、転がりながらも再生し続ける錦治の傍に寄って行った…


「馬鹿…や…ろう…何…してる…早く…にげ…ろ…!!」

「錦治!喋るな!!この人が私が…!!」

「ちが…う…あい…つは…力を…封じる…!!」


力を封じる?

何の力を封じるんだ?

たどたどしい錦治からの言葉を、整理しきれない私であったが…

私は創生の力を発動させて、剣に魔法の力を宿していった。

だが…


「貴様も創生持ちか…実に妬ましい…妬ましいぞ」


その瞬間、真理恵さんの中から何かが流失し始めた瞬間、私が纏わせていた剣の魔力が消失した。


「…!?なんで!!?」


もう一度発動させて纏わせても、すぐさま消失して使えなくなっていた。

錦治が言っていた”力を封じる”とは、創生の力を封じる事だったのだ。


「くっ…そんなことって…!!」


だが、私は諦めずに剣を握り、真理恵さんに向けて構えながらも警戒した。

今一歩でも引けば、間違いなく錦治の精神を壊してくるだろう。

錦治が前から言っていた…幾ら不老不死でも精神が死んでしまったら、それこそ本当の死と同じになり、ただの肉塊として残り続けるだけだと…


だから、私はそんな錦治の姿など、見たくは無いのだから…けど…


「なんで…なんで実の子どもにここまで酷い事出来るんだよ…真理恵さん…」


そう言いながら、私は泣きながら真理恵さんに問いかけていた。

だが、そんな私を真理恵さんは鼻で笑いながら返して来た。


「私は子どもを産んだのではない。役に立つ道具を産んだだけだ。使えん道具を捨てて、壊して何が悪いのだ?」


その瞬間、私は激昂して真理恵さん…いや、横山真理恵に切りかかっていた。

もはや、この人には母親などと言う道徳が通用しない。

人間…いや、自分以外の存在を、使える道具と使えない道具の二つでしか、見ていないのだ。


例え創生の力や魔力が使えなくても、速度を上げれば良いだけの事だ。

私は全力で剣を引き抜いて、光剣術の元となる高速剣術を発動させた。

そして…


「やるな、小娘。褒めてやるぞ」


微力ながらも、奴の前髪の毛を切る事が出来た。

たが、それはほんの少しだけであって、誰が気付くか分からない程度だった。

しかし、剣を当てた事には間違いは無かった。


だけど…その瞬間、私の体に焼けた鉛の液体を掛けられた痛みが全身に走った。


「…っ!?ああああああああっ!!」


余りの痛みに、思わず悶絶して気絶しそうであったが…何とか堪えていた。

だが、その隙の瞬間に、奴に高速の蹴りを腹に入れられ、口から血を吐いて吹き飛ばされ…錦治と重なるように倒れた。


何度か死に慣れているから、大体の感触が分かるのだが…どうやら、あの一撃で一回死んでしまって、再生が始まっているのだ…

その所為で力が入らずに、中々立てなかった…


「ご…ごめ…ん…きん…じ…」

「にげ…ろ…と…いっ…た…のに…」

「み…すて…る…こと…なん…て…でき…なかっ…た…」

「すま…な…い…」


二人でそう言い合いながらも、互いにがばう形で重なっていたが…

奴はそんな私達を蔑むように見ながら…


「全く、使えん道具達だ。だが、似合いだな」


そういって、私達を二人ごと踏み潰していた。



しかし、その時である…



「マリエ…マリエェェェェ!貴女は短気ですわねぇ。彼らは成熟してないのに、早々に壊してどうするのですか?ここは、じっくりと育てるべきでしょう」

「凡俗の貴様には分かるまい。国塚」


真理恵の隣には、あの国塚萌が立っていたのだ。

よりによって、大淫婦バビロンの勢力までもがやってきたのだ。


「それよりも、貴様の役目は果してきたのか?」

「いえ。その前に、やって参りましたのです。真理恵、君の役目はあの厄神を監視する事でございましょう。また若輩者の彼らを甚振る暇があるなら、先に優先する事項を成し遂げるのが道理ではないですかね?」

「ふん。くだらんな…」


そう言いながら、真理恵は私と錦治を蹴って、二人同時に仰向けにさせてられていった…


動きたくても、動けない…


こんなに惨めで、悔しい思いはした事が無い…


「…錦治様を10回以上も殺してる上に、冴子様も二回も殺しておりますとは、これは如何に」

「だが、一日二日で元に戻るであろう。不老不死などそんなものだ」

「確かに、そうですが。しかしまぁ、物事には順序と言う物が御座いますから、それを守って貰わないと困りますがね…おっと、どうやら他の者達が駆けつけて来たみたいですよ」


その言葉通り、残っていた皆や駆けつけてきた騎士団全員がやってきて、私達の姿を見て悲鳴を上げる者や、国塚と真理恵の二人に睨みつける者に分かれてた。

だけど…エミー達吸血鬼族が、驚愕の声を上げてきた。


「…”堕落聖母だらくせいぼ”の魔人マリエ!?何故ここに!?」



堕落聖母?

ああ、そうか。この人も錦治達が言う『王』の素質の…

けど、意識がハッキリしていても声が出ない私は、雨に打たれながら見るしか、出来なかった…


「そんな…」

「真理恵さん…何故貴女が悪魔に…」


次郎さんと花子さんもまた、真理恵の姿を見て驚愕していた。

やはり、知り合いが変わってしまった姿に、驚いてるんだろうな…


ああ、寒い…

隣に居た錦治の手からも、冷えるような感触がしていた…

二人して、精神的に磨耗し…不老不死の蘇生による疲れで”死に体”になりつつ有るみたいだ…



そこからが、私の意識がぶっつりと切れた。





次に目を開けたら…石造りの天井が見えてきた。


「はっ!?こ、ここは…?」


辺りを見回すと…そこは何時も使っていた王城の客室であった。

…どうやら、私は搬送されてここに。

って、錦治は何処なんだ?

そう思って辺りを見回したら、隣に錦治が寝ていた…


「…起きたか」

「錦治!?無事だった…くっ!?」


私は体を動かそうとすると、全身に火傷のような痛みが広がっていて、まともに動く事が出来なかった。

しかし、それは錦治も同じ状態だったらしい。


「気付いたか?」

「…ああ」

「とりあえず、創生の力は使える様にはなっているが…あのお袋の力の反動だ。今日明日はまともに動く事は出来ん」

「そうか…ごめんよ、錦治。助けが遅れて…」


私はそう言うと、痛みに堪えながらも錦治の傍に寄っていった。

それと同時に、錦治からも手が伸びて私を抱きしめたと同時に、頭に軽く拳骨をされてしまった。


「馬鹿野郎…あの策士であるお袋に猪突猛進で責める奴が何処に居る」

「うっ…ご、ごめん…」

「…まぁ、あんな悲惨な現場を見たら、激昂したくなるのは分かる。しかも…」

「ああ。…錦治、私は真理恵さん、いや…横山真理恵を一生許さない」

「分かっている。あのお袋の言葉、皆が激怒していた。あの加奈子ですら…な」


あの加奈子が…?

いや、分からんでもないかな。

あの子は、ああ見えても他人に敏感な所があるんだが、逆に他人を利用する様な人間を嫌っていた。


だから、あの人が放った「使える道具を産み、使えん道具を捨てて壊す」という言葉には、加奈子の中の良心をひっくり返すようなものなのだろう。


…?そういえば、もう一人気配がある事に気付き、周りを見回していたら…

ベッドの横に、加奈子が椅子に座っていて…疲れてるのかウトウトしながら寝ていたのだ。


「…そうか。加奈子の奴、ずっと回復魔法をかけていたのか」

「それだけじゃない。交代で俺達の看病すると皆で言ってるのに、一人でずっと俺達を看病していたのだ…」

「そっか…起きれる様になったら、何かしてあげないとな」

「ああ…。疲れただろう?今は眠ろう」

「そう…だね…おやすみ、錦治」


二人でそう言いながら、私は錦治の手を握りながら眠っていった…







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