第15話 ”母”と悪魔

翌日…

その日は王都周辺が強い雨が降っていたので、本日の鍛錬は中止していた。


無論、サボるわけでもなく…年齢層に合わせた勉強会をしていたのだが…



「キ、キンジよ…そろそろ休憩を欲しいですぅ…」

「駄目だ。俺が居なかった半月分サボっていた罰だ」


案の定、クラリッサはギルバートさんや美恵の目を盗んだ隙にサボっており、折角鍛えた成績を落としていた為、再度教育し直していた。

しかも、今度ばかりは監視の手を緩めずに、クラリッサの周りで全員勉強をする事にしていた…


「ねぇ、錦治っち。ここの意味は分かる?」

「どれだ?…ああ、それは妖精国の計算式だから…これを引き、これを合せれば解けるぞ」

「あっ、ホントだ!ありがとう錦治っち!!」


直子の妖精国の数術式を教えていたら、今度は美恵が聞いてきた。


「錦治君…この語学にある綴りの意味は分かりますか?」

「悪魔国の土魔法の術式の詠唱文か。あそこのはイタリア語とギリシャ語辺りの引きながら調べると解けるから、やってみてくれ」

「畏まりました」

「それにしても、大分敬語は使わなくなったな…」

「何かが吹っ切れたましたので…あと、直子のお仕置きが…」

「あー…お疲れ様」


そう言って、俺は美恵の頭を撫でてやると、恥ずかしそうながらも喜んでいた。


そんな感じで、色々教えていた時の事…

次郎さん達の一言で、ちょっとした話が始まった。


「錦治君、君って本当に秀才と呼べるぐらいに勉強が出来るね」

「まるで、ある人を見ている気分だわ」

「…誰の事でしょうかね?」


俺が何気なく答えていたが…隣に居た冴子は察して、手を休めて俺を見てきた。

…いらん心配を掛けさせてしまったな。


「ねぇ…真理恵さんの事、本当に許すつもりは無いの?」

「あの糞お袋など、未だに親だとは思いたくは無いな。少なくとも、俺はな…」

「やはり、勇次郎さんを捨てたから?」

「いや…あの親父はどうしようもないからな。だが…今までは散々使用人に育てさせておいて、使えない屑と称しながら我が子を家を追い出して消えた奴など、女以前の問題だと思う」


そんなキツイ俺の一言に、冴子は黙りこくってしまった。

…少し、言い過ぎたか。


「…すまん。言い過ぎたみたいだ」

「ううん…気にしなくていい。私がうっかり口を滑らせたから」


そう返してきた冴子を、俺は優しく頭を撫でてやった…

一方で、次郎さんと花子さんは冴子から出たお袋の名前…真理恵の名前を呟いて、何かを思い出そうとしていた…


そして、「あっ!?」という二人の声と共に、話を出してきた。


「もしかして、錦治君…錦治君の母親って、横山真理恵ではないかね?」

「…?そうですが」

「やっぱり…あの横山真理恵だったなんて…天才帰国子女で有名だった彼女が、貴方の母親だったなんて…」

「もしかして、お袋の事を知ってるのですか?」


俺のその問いに、二人は頷いて答えてきた。

そういえば、お袋や親父…20年前の出来事には何も語らなかったな…


「まさかね…神童と呼ばれた女子高生だった彼女が、貴方の母親だったなんて」

「全くだ。…あの人は怖かったからな」

「ねぇ、次郎さん。良かったら、教えてくれませんか?私や錦治でも、あの人の知らない部分が聞けるかもしれないし」

「それは俺からもお願いします。お袋は、成績が優秀だったとしか聞いてない」


俺と冴子の問いに、他の皆も食いつく様に話に乗ってきたので…観念したのか、次郎さんは花子さんと顔を合わせて、頷いてから答えてきた。


「まぁ…何処から話せば良いかな…」

「まずは、横山真理恵という人物の学歴プロフィールでも」

「…彼女、横山真理恵は凄い人だったわ。私達が在籍していた特進高校の中で、国語、数学、社会、理科、英語等の五科目は勿論こと、全ての必須科目を一つも余さず残らず、常に満点を取るほどの勉学が出来るぐらいの実力を持っていて、十五カ国を言語を自由に喋る事が出来る上に、武道に精通するほどの文武両道を言わせるぐらい凄い人だった」


花子さんのその言葉に、皆は関心を集めて「へぇー」という声で集っていた。

…ただ、俺と冴子と直子と美恵の四人だけは違った。

あの女の鬼才は、そこから生まれていたのだと。


「と言う事は、兄さんの才能は其処から来ていたのかな」

「あまりその言葉は好きではないがな。蓮」

「あっ、ごめん。兄さん…兄さんが真理恵さんを凄く嫌っているのを忘れて…」

「気にするな。…無論、それだけではないでしょう?花子さん、次郎さん」


俺の問いかけに、次郎さん夫妻は頷き、口を開いていった。


「そう。あの人は何でも出来て、誰もが羨ましがる存在であったと同時に…」

「周りの人間を不安にさせる。物凄く怖い。いるだけで戦慄を上げさせる…」

「そんな人だった…」

「だろうな。実の子でさえ分かるからな…」

「錦治…」


冴子は俺の名を言いながら、俺の手を握っていた…

…あの女の周りは、何時も空気が冷えていた。

夫どころか、実の子どもでさえ常に壁を作り、接触する人間にも壁を作りながら社交的な態度で接しながら、利用できる人間か定め、価値の無い人間と判明した場合は容赦なく、文字通りに血祭りにしていた。


現に、次郎さんが言うように、語学以外にも武道も精通をしており…

俺が記憶にある限りでは、小学に上がる前の俺の目の前で、国際大会に出場予定であった超重量級の柔道の選手やレスリングの選手に絡まれた時に、気に入らないという理由で、”死なない”程度に骨法、柔術、琉球空手といった殺法による一方的な暴力の上に、相手の脊髄などの神経を寸断させて選手生命を終わらせたほどの非道を見せ付けた。

無論、闇社会である暴力団等の反社会組織にも絡まれた事もあったが、全員亡き者にされた上に、西園寺の一族の権限で無かった事にされた。

歳が重ねる毎に、襲撃回数は減ったものの…あった時としたら、それは凄まじい物であったのだ…


故に、世間からはこう評価されていた。


”あの女には、一切関わるな”…と。


そんな女の腹で生まれた俺だから、少なからずとも影響が出ていたのであろう。

俺が非道的な行動が出来るのと、底辺ながらも教養力が豊富なのは。



「しかし…その割には、性格などは似て無くてよかったな」

「逆ですよ。あの女だったから、反面教師で育ってしまったと…」

「そうか…」


次郎さんはそう呟いた後、これ以上触れない方が良いと判断したのか、語るのを止めていった。


そんな空気が嫌になったのか、俺は一人で部屋の外に出る事にした。


「ちょっと、一人で部屋の外の空気を吸ってくる。…大丈夫だから」

「ああ。気をつけてな…」


冴子の見送りを受けた俺は、皆を余所に部屋を出て行った。




王城の廊下を歩いてる最中、途中ですれ違ったエミーと…この前の吸血鬼の女性テレーズの二人に声を掛けられた。


「錦治様。これからどちらへ?」

「ちょっと、外の空気をな。ノスフェラトゥ達は今の所は動かないんだな?」

「今の所は動きません事よ。この雨では、幾ら上位種でも流水弱点による魔力の流失は逃れませんですわ」

「そうか、ありがとうな。…それと、体の調子はどうだ?」

「順調ですわ。ただ、殿方とのあの激しくされた事を思い出しますと…体が凄く切なく感じてしまいますわ…ヘルツでは満足できませんのに」

「…彼では役が足りてないのか?」

「彼は優しすぎますわ。次生まれたら、もう一度おねが」


その瞬間、エミーがテレーズに触れて、首筋に甘噛みして彼女を制止した。


「テレーズ…下のお口が寂しいのでしたなら、今度私がしてさしあげますから、錦治様に手を出すのは止めてください」

「は、はい…♪」


そう返事しながらガクガクと震えるテレーズを余所に、エミーは俺に軽く会釈をした後、彼女を引き連れて吸血鬼族がいる部屋へ向かっていった。

…たぶん、この後は伽るんだろうな。



王城のテラスに出て、屋根の下の中で雨に濡れずに外を眺めていた。


…お袋か。


正直に言えば、冴子からああ言われていたが…俺は奴を許す気など無い。

そして、これからも…


むしろ、歳が重なるごとに、奴を許してはいけない気がしてくるのだ。


俺や親父すら知らない、何か取り返しのつかない事をしてそうで…



「こんな所に居たか、愚息。何をしていると思えば、ふけてたそがれただけか。全く持って使えんな。貴様は」

「―――――っ!?」


忘れもしなかった。

今、確かに聞こえた声は、間違いなく俺が考えていた女の声だった…


その声が聞こえた方向に顔を動かすと…

そこにはあの女…俺の実母で、天才と呼ばれた学士…横山真理恵が空を飛んで、俺を見下していた。



しかも、その姿は…完全な青肌の悪魔の姿をしていたのだ。





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