第14話 深淵ナル場
その場所を例えるならば、深淵の闇と呼ぶに相応しいぐらい光が差さない場所…
まるで、海の水底にみたいに神秘的でありながらも深海の如くに光を差さない…
神も悪魔も見放され、深海魚みたいな異形のまつろわれた者達が集る様な世界…
そんな深淵の世界に立てられた豪華で雅なステンドグラスが張られている教会の礼拝堂にて、
悪魔族のデーモンでありながら、淫魔族のサキュバスに近い彼女であるが…
今の祈りを捧げている
そんな薄暗い青白い蝋燭の明りしかない礼拝堂の中…蝋燭の火の揺らめきと共にある人物が入ってきた…
「遅かったじゃないですか。真理恵…」
「それは貴様もであろう?国塚」
国塚の対面側に、闇と共に出現した女悪魔は…礼拝堂の教壇に腰をかけながら、国塚の姿を捉えていた。
ただ、その目つきはただの悪魔ではなく、まるで獰猛な猛獣が鼠を全力で殺す、それぐらいの殺気であった。
「…相変わらず、貴女は嫉妬深いものですわね」
「ふん。何もかもが羨ましいからであろう」
「かつて、僅か18歳にして十五カ国の言語をマスターし、全ての教科を満点を取り続け、ハーバード大学から特待生としてオファーを貰い続けながら、神童と呼ばれていた完璧な貴女に、これ以上に何を羨ましがるのでしょうかね?ねぇ…錦治様のお母様であり、私の母…
その女悪魔…横山真理恵は「フッ」と鼻を鳴らして、国塚から受け取った書類を目を通していった。
横山真理恵…
かつて、20年前における異世界集団トリップに巻き込まれ、当代の勇者と共に魔王を討伐し、見事元の世界へと帰還した人間である。
当時の彼女の才能は、在籍していた特進学校の中でも一位を誇るほどの成績で、在学中は十五の国の言語を喋る事が出来、全ての必須科目は勿論の事、当時では余り見かけられなかったTOEICの点数が900点をキープするほどの成績を誇るほどの、天才帰国子女として有名になっていた。
だが、そんな彼女が異世界トリップという事件以降は失踪事件として話題になるものの、一ヵ月後には無事に帰還してる事から、単に遭難して行方不明になったと公言したぐらいだ。
そんな人間だった彼女が、夫でありもう一人の進学校の天才と謳われていた…
西園寺勇次郎と結婚し、子どもを儲けながらも…何故他の男を浮気し…
何故人間から悪魔族のデーモンとなったのか…
それは彼女自身の野望から生まれたのであろう…
その20年前の帰還後、この世界と自由に行き来が出来ると悟った彼女が、先に取った行動は…『王』の素質を持つ者による世界の覇権を握れる事だ。
彼女は持っていたのだ。自分が『王』の素質を持つものだと。
それは、人間の国が治める王国とかそんなものではなく、魔を統一する者…
つまりは『魔王』になる素質になれると。
そこで、彼女は人間でありながら魔王になれる方法を探りながら、自信の後継となる我が子を産む事にした。
その過程で生まれたのが…あの横山錦治だ。
だが、彼が生まれた後に、もう一人の赤子が生まれていた。
それこそが、目の前にいる女悪魔…国塚萌だ。
これには、横山真理恵も誤算であった。
当時、勇者:西園寺勇次郎が魔王を倒した際に、魔王が真理恵に悪魔の子を孕む呪いを掛けており、これによって魔王の魂を宿した赤子が生まれたのだ。
しかし、それが父:勇次郎の子である錦治ではなく、誰の夫なのか分からない、正真正銘の非性交懐胎による妊娠で、国塚が生まれたのだ。
だが…やはり真理恵の子なのか、魔王が呪いと共に真理恵の体に入り込んでいたのだが、国塚は赤子でありながら魔王の魂を喰らい、成長して生まれ出でた。
無論、魔王の魂を喰らった国塚は、生まれながらにして『王』の素質を持って、真理恵の前に出てきたのだが…当の真理恵は自身に失望していた。
自分よりも先に魔王の素質を持つものが生まれてしまったと。
だが、彼女は国塚を殺す事はせず、利用する事を考えた。
悪魔の子だから、私生児として自身の戸籍に登録をせずに、使用人である国塚の家の人間として育てさせてやることにした。
無論、自分が生んだ母親だと言わせない様にするほどの徹底振りに。
その後は、勇次郎達の西園寺一族が、この世界でのビジネスに乗り出し、帝国を支援しながら世界の実験を握ろうとしている中、真理恵は一人だけ模索をして、魔王の覇権を握ろうとしていた。
その為にも、元の世界における天才といわれた人間の冷凍精子を購入して受胎、もしくはこの世界における強者の部類に入る悪魔族の男と何度も寝て、受胎をして産んでいた。
しかし…どいつもこいつも生まれてきた子どもは、駄作で凡人程度の物でしか、生まれ出でなかった。
やがて年が過ぎ、夫である勇次郎に浮気がバレた真理恵は離婚をして、実子の錦治を下宿に押し付けた後は一人でこの異世界に潜伏。
悪魔に転身する技法を使って、自らも悪魔族となって力を蓄えていたのだ。
錦治と”萌”以外の実子を生贄にする事で…
その一方で、”手駒”として育てていた国塚を、真理恵は西園寺の一族の監視役として送り込む事にしたのだが…
まさかの国塚の家で”主”となる人物が潜んでいたとは…
長らく失望することになった真理恵は、国塚を手放して一人だけの組織を作り、今日までひっそりと生きていたのだ。
初代・
そんな生い立ちの状況の中の真理恵にとって、国塚萌との関係などどうでも良い。
むしろ、問題なのは山積みであったから…
かつて、自分が作り上げた大淫婦以外にも勢力が生まれていたのだ。
天狗の
鬼の
獣人の
復活した魔王軍…
西園寺一族が立ち上げた組織、”光の改革”…
そして、錦治達が寄り集まって出来た亜人連合…
どれも真理恵にとって妬ましく、羨ましいぐらいに輝いてる”人間”達を見て、自分が考えていた当初の計画から外れていくのに恨みを抱くばかりであった。
だが…現状としては、そんな事は置いといても良かったのだ。
この世界と元の世界は、”まだ一部の表層である”のだと判明したのだから。
そして、その表層の一部から…自分が知っている以上の厄災を持った化け物が、沢山要る事も分かったのだから…
現在、真理恵は厄神の中で一番脅威だと判断している八等級を確認しに出かけ、戻ってきた所なのだ…
「さて…真理恵…どうしたものですかね?」
「実直な所…あれは役に立たないな」
「やはりですか…。まぁ、木星の悪魔如きでは制御は無理と?」
「単調、短絡過ぎて使い者にならない。私の役にも立たない塵以下だ」
「手厳しいですねぇ。それだけ脅威と言う事で宜しいですね」
「愚問。それぐらいの頭は持ち合わせろ。私の遺伝子を持っているだろ?」
「…そう言うときだけ、母親面をするとは…これは如何に」
「言っただろ?私は役に立つものか、役に立たないものしか考えん」
「そう言う人で御座いましたね。…時に、ご子息の評価で御座いますが…如何でありましょうか?なんならば、点数で100点満点でお答えくださいませ」
国塚の問いに、真理恵は顔色一つ変えずに即決で答えた。
「30点。はっきり言えば、落第点数ギリギリの所だ」
「本格的に鬼評価ですね。それだけ、現状では役に立つ事に望めないと?」
「現状ではな。愚息の現状の力では、あの厄神に相手した所で手も付けられずに全滅するのは必死だ。仮に愛宕陣ぶつけても、
「ごもっともですね。私としても、現状の彼を点数に致しますなら、ギリギリの50点…少なく見積もっても40点ぐらいですね」
「貴様もか。色欲の目で見ているくせに」
「これでも、あの方を普通の『王』としての評価ですわ。まぁ、現状の強さからして見ますなら、周りが足枷になっているとも有りますが…」
「ふん。小川の末の小娘は見た目は不良だが、アレは頭がいい。学問に関しては興味が無いだけで、実際の教養は豊富だ。駒使いの小早川も、見た目に反してはキレてはいる。他の三人の奴らは…凡人と比べたらそれなりの才能だ。しかし、互いに甘えが生じている所為で力が発揮していないだけだ。正に愚直」
「やはり、そう来ましたか…だが、あれらは彼の安定剤としても、役割を持っておりますが…」
「だから、正に愚直…愚直であるが、羨ましい限りだ…」
「でしょうね…私は、彼の妻として中に入りたかった」
「禁断の関係か。正に悪魔だな」
「そう言う貴女こそが悪魔でございましょう」
「違いない」
そう言いながら、他の資料を目を通していた。
「それにしても、他の勢力はいかが致しましょうか?」
「間違いなく、光の改革、魔王軍は放置で良い。あれらは大した物ではないし、何も期待は出来ん。現状としては愛宕陣が一番脅威であるが、あれらは唯暴れている他ならん。愚息どもも然り」
「なるほどですね…英雄人狼は如何ですか?」
「旧ドイツの犬どもは利用する価値はあるな。あれらは、別の意味で使える」
「ほほぅ…
「最後の千方衆だが…あれはわからん」
「流石の天才学士でも、あの盲打ちは分かりませんですと?」
「ああ。正に何も考えずに手を打ってくるような連中に、どう対処すればいい。だが、捨て置いても邪魔立てになる事もあるだろうよ」
「なるほど…だが、彼らにも主と言うものがいるみたいですが」
「そうみたいだが…」
「まっ、いずれ私から接触を致しますわ。彼らに都合よく動かない様に忠告を、致したいと思ってましたから」
「そうか…」
そう呟いた真理恵は、静かに教壇から降り…闇の中に消えようとしていた。
「何処に行かれますか?」
「何、早々に挨拶をしておきたいからな」
「…そうですか」
「最後に一つ。…今の貴様は、主の意向で斯くを計らえと言われ動いてるか?」
その真理恵の問いに、国塚は深く溜息をついて、口を開いた。
「…違いますわ」
「そうか。貴様は、貴様の役を果せ」
そう呟いたを最後に、悪魔:横山真理恵は闇に融けて消えていった…
その様子を見届けていた修道女の格好をした女悪魔もまた、ニヤケながらも口を開いて呟いた…
「全く…素直じゃあありません事。
女悪魔はそう笑いながら、深淵の中にある礼拝堂の蝋燭の灯火が消えると同時に闇の中へと消えていった…
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