第13話 厄神への見解

夜…

図書館の多くの蝋燭ランプの明かりの元で、俺は調べ物をしていた。


亜人種の生態…


この世界の各国の宗教…


そして、魔導書…


こちらの世界の言葉で書かれているが…今となってはスラスラと読めるぐらいに解読出来ており、訳さなくても頭に入ってくる。


当然ながら、この異世界でやってくる場合はあの神から無条件でつけさせる事で要らんトラブルを回避していたのであろう。

その上、日本以外の外国人も異世界にトリップしてきた際にも、同じ様に付加。

そんな所だろう。


とまぁ…そんな事を考えながら、皆が寝静まった後に一人で調べ物をしていた。

…と、思っていたら、白い肌をした手が伸びてきた。


「…どうした?冴子」

「何処に行ってたんだよ…と思ってな」

「全く…他の奴らと一緒じゃあ駄目なのか?」

「私はお前の傍の方が良い」

「そうか。隣の席が空いてるから、座れよ」


俺がそう促すと、冴子は大人しく従って俺に寄り添う様に座ってきた。

そして、今俺が読んでいる本を興味持つかのように見ていた。


「『創生の時と乱の時の歴史』…と、書いているの?」

「これの事か。以前、ドワーフの長老が言ってた乱の時という言葉を思い出し、図書館で調べていたら見つけてな…どうやら、俺達の先駆者が書いて、後世に伝えようとしていたらしい」

「ああ。やっぱり次郎さん達以前にも異世界に連れて来られていたのか…ん?もう一つのは…『祟り神と呼ばれる種族の書』って、これ…」

「そうだ。厄神の事、祟り神についてをこの書物に書き記されていた。但し、モンスター…つまりは魔物などの化け物としてな」

「おいおい…日本の祟り神や他の国の古き神は、大抵昔の故人が怨霊化して、祟り祀り上げられた神様なのに…」

「だが、それを知らない人間達からすれば、ただの化け物や邪神扱いだ。現にこの前の貴族の怨霊がレギオンになった姿も、この書物では魔物として扱う」


俺のその言葉に、冴子は静かに『種族の書』を読み始めて、俺も付き添った…



大体一刻が過ぎ…深夜の一時に差し掛かる頃…


「と言うことか…」

「なるほどな…既に理解の許容できない神様や邪神達を一択にして魔物として扱ったのか…そりゃあ、神様達だって怒るに決まってるよ」


大体読み解いて考察しながら、俺達二人はそう言い合っていた。

そんな中を、エミーが紅茶が入ったポットを、クラリッサがランプを持って、俺達の座っているテーブルに近づいてきた。


「こんな夜更けまで調べ物をされますとは…」

「夜行性の亜人でも、体に無理をしてしまいますよ」


そう言いながら、エミーはポットから丁度蒸らしあがった紅茶を出して、俺達全員に差し出していった。

実の所、丁度飲み物が欲しかった。


「ありがとう、エミー」

「いいえ、妻以前に従者としての腕が揮えますから」

「それでも、気が利いていて助かるよ。ありがとな」

「それにしても、キンジ。そんな歴史書や魔物の種族の書を開いて読んでる?」


そんな無邪気に答えるクラリッサに、俺は少し溜息を付いて問いかけてやった。


「エミー、クラリッサ。この前の西の貴族領で起きたレギオンコープス騒動の怨霊は、どれぐらいの等級規模だと思うか?」


その問いに対し、クラリッサは現場には居らず、報告書だけでしか見ていない。

一方で、直接見ていたエミーは思い出し、確りと考えてから答えを出してきた。


「うーん…あの大きさのレギオンでしたなら、六等級じゃないですか?」

「不正解だ。あれで三等厄神だ」

「嘘っ!?何百人も領民を犠牲になったのに!?」

「それでもだ。というより、四級厄神までは大した事ではない。そこら辺には、詳しく説明すると長くなるから、耳を正して聞いてくれ」


そんなわけで、俺は冴子を含めた三人に厄神の等級を教えていった。


差し当たって、現在のこの等級という基準は、”どれだけの厄災を振りまくか”と言う物だ。


そこで基準的にどれだけの物か例えてやった。


一等ぐらいなら、家族親類縁者を含めた小規模の悪霊。

良くある亡霊話で、死んで亡霊となった者を家に入れてたら、家族全員はおろか、親類縁者であると迂遠の家系まで死を誘う悪霊がそれに当たる。



二等ぐらいになると、親類縁者どころか近しい者…言葉例えるなら知り合い程度あたりの人間にまで呪い祟るぐらいの悪霊。

ここまでくると、恨み辛みが強く出ている亡霊から悪霊に転じた者が該当する。


三等になれば、それこそ先のレギオンとなった貴族の悪霊がそれだ。

あそこまでになれば、自分の怨念を元に数百人規模の人間を無作為に呪い殺し、魂まで縛り付ける物だろう。


「うーん…なんか、難しい話ですね」

「全くです。と言うより、私達の世界の基準では浄化がありますからね」

「俺達の世界で言う西欧諸国では、それが当たり前だ。その諸国では神が断罪し、浄化して魂を清めると言う価値の下で言ってる。この世界の宗教がそれだ」

「だけど、私達の国の場合は違っていた。皆それぞれに神となる素質…八百万の神々の信仰の下では、敬わず蔑ろにすれば自分に災いが降りかかるという恐れがあったから、例え亡霊や悪霊でも弔い祀るという風習があったんだ」

「話を戻していくと…この先が厄介だ」



そう言って、話の説明に戻していくと…


四等あたりになれば、ここからが本格的に祟り神と呼ばれるようになる。

それでも、規模的に言えば千人程度であり、礼節弁えて崇め奉れば大丈夫な氏神あたりがそれに当たる。

本格的な神として扱われるのはこの辺だ。


そして…ここからが本当の厄神、祟り神の領域だ。


五等あたりからは、かの有名な大怨霊:菅原道真…天神様の大規模な祟りを振り撒く厄神として扱われる。


「以前、フェイシャに話した都に雷を落とし、焼き焦がしたとされる祟り神が、この菅原道真公であったんだ」

「魔導士か何かの職に就かれていたのですか?」

「いや、唯の学者で政治家だったお人だ。しかし、当時の醍醐天皇…つまり帝がこの人を都から辺境の地に追放し、若くして亡くなった時に怨霊と化して、恨み晴らさんとばかりに悪霊となって雷を落としていったという」

「なんか…物凄く怖いものです」

「そう。私ら日本人は恐れを大事にするから、怨霊のなったお人を祀り上げて、大人しくさせてもらうんだ」

「そう言うことだ。ちなみに、力として言わせるなら、柝雷さくいかづち若雷わかいかづちがこの等級に該当をする」


そう言いながら、俺は更に話を進めていった。


その次の六等…ここからは、本格的に大怨霊を通り越した、正に祟り神と呼ぶに相応しい神となった人物が、都はおろか、国の軍そのものに災いを招いた。

一番有名な祟徳院上皇が、平家一族を壇ノ浦で滅亡する予言を招く災いを招いたとされる「雨月物語」の「白峰」の話が上がるだろう。

他にも、牛頭天皇、平将門、早良親王、吉備真備が上がる。

どれも天皇家や豪族に災いを招き、そして神として崇め奉られた者達だ。

ちなみに、さくから言わせるなら、伏雷ふすいかづち鳴雷なるいかづちがこの等級に該当するとの事だ。



そして…ここからが本当の意味での神仏…完全な神の状態で祟り神として崇め、人々に災いを振り撒く前に祀り上げなければ、国の民の半分が葬り去る程の物であろう…七等だ。

差し当たるなら、鬼や天狗となる人物がそれに該当をし、荒神とまで扱われる。

特に、国津神あたりにある、ミジャクジ、アラハバキ、別の神々ならば、犬神、疱瘡神ほうそうしんあたりが該当をする。

なお、この等級に該当するのが、火雷ほのいかづち黒雷くろいかづち土雷つちいかづちである。


最後に残った、八等…もはや語るまでも無い。

この等級の神を怒らせるとしたら、そいつは天下の大馬鹿者だ。

文字通り、この等級を本気で怒らせた場合、世界中の生き物が滅びを迎える。

しかし、大抵この等級に属する神の場合は、全ての生き物に愛しいと考えてる。

ゆえに、自ら破壊をする事は無い。

ただ…例外として、この等級に属する神には元から破壊を望む者がいたりする。

日本の神々として該当するなら、紛れも無く伊耶那美命がこれにあたる。

そして…対する破壊の神とするなら…


天津甕星あまつみかぼし…まつろわれた神、金星に属する禍津神と呼ぶに相応しい神あたりがこれに該当するな」

「うーん…イメージが湧きません」

「しいて言うならば…悪魔で言うなら、堕天使ルシファーがこれに当たるな」

「うっ…それ、魔王神と呼ぶに相応しい悪魔じゃないですか」

「よく分かったな。つまり、それクラスの悪魔、邪神、破壊神がうじゃうじゃと居る等級が、この八等だ」

「紛れも無く、相手にしたくない相手だと分かるな」

「最後に付け加えるなら…八雷やくさのいかづちの最後の一人、大雷おほいかづちがこれに該当する」


そう締めくくった時、闇からゆらりと出現した気配があった。

それと共に、俺を除いた三人は警戒して戦闘体制に入ったが…

俺はすぐさま三人に警戒を解く様に指示した。


その闇からは…あの国塚萌が立っていたからだ。


「ご機嫌麗しゅう御座います。錦治様」

大淫婦バビロンの当主が何の用件だ?」

「当主だなんて…一言も言っておりませんが…まぁ、そう言う事にしましょう。なにやらご教授中でしたので、はせ参上致しましたわ」

「錦治を闇に落とそうとしている奴が何しに…!」


そう言って突っかかろうとする冴子を俺は手を上げて阻止して、話の続きを聞く事にした。


「錦治…何故…」

「こいつの口から何か利けるかもしれないな。そうだろう?第八等厄神であり、色欲の悪魔:アスモデウスの異名を持つお前がな」

「なっ…!?」


俺のその言葉に、エミーは驚愕していた。

悪魔族ならば知っているであろう…大悪魔で七大魔王の一つ、七つの大罪である色欲を司る悪魔アスモデウスの事を。

それを厄神として例えていったから、驚きを隠せないであろう…

そんな俺の言葉に、国塚は溜息をして俺達の向かい側の席に座っていった…


「いきなりその言葉は無いと思いますが…」

「他にも、アエーシェマ、ベルフェゴールと呼ばれているみたいが…バビロンの大淫婦と呼ばれる悪魔の由来は、其処から来ているからな」

「本当に博識でありますわね…尊敬を通り越して嫉妬を致しますわ」

「嫉妬はベルゼブブ…蝿声厭魅さばえのえんみの仕事だろう。他人の仕事を奪ってどうする」

「手厳しいですわね。まっ、それはどうでも宜しくて…」


そう言いながら、俺はエミーが入れた紅茶を飲んでいった。


「流石に何も持て成し無しではいけないだろう。何か飲み物でも出そう」

「良いのかよ錦治…相手は敵なんだぜ…」

「構わん。それに…こういう時の国塚は何かの情報か、要求をしてくると思う。現に、自分の出身国である悪魔国や、魔王軍にとって不利益な立場の国の王女であるクラリッサに、意図的に情報を流しているからな…その見返りが欲しいのであろう」

「今の所は見返りは要りませんですわ…では、私も紅茶をお願い致します」


国塚の要求通り、エミーは魔法で熱したお湯で煎れた紅茶を国塚に提供し…

国塚は静かに紅茶を飲んでいった。


「…実に素晴らしい。吸血鬼族の上流階級の交流場で一度頂いた紅茶とは、比べ物にならないぐらいに美味しいものですわ」

「それは…光栄で御座います」

「さて…この度の訪問で御座いますが…。一つ、お願いがございまして…」

「ほぅ…『王』の素質を持つお前からお願い事か…これは、明日は嵐になるな」

「ご冗談を…いきなり本題で御座いますが、この度のノスフェラトゥ達との戦いあたりについてですが、出来る限り戦いを長引かせて貰えないでしょうか?」


その国塚の申し出に、俺以外の皆は首を傾げていた。

何故、態々長引かせる事を所望するのか?


「その理由を聞いても良いか?特に、俺達へのリスクがあるかないかを」

「単刀直入で申しましょう。我が主の他に、属していない厄神が存在しており…少し手を焼いております。その為にも、貴方方に邪魔をされない様に、お願いを申し出ておりますが…」

「なるほどな。要するにお前達の邪魔をしない為にも長引かせろと?悪魔国が、後ろにいるのにも掛らずにか?」

「悪魔国の悪魔族達は、私と我が主には無関係でありますが…こちらも、どうせ身動き取れなくなりますからね。放っておいても問題はありませんですし、あの魔術教団となった一部の悪魔族達も、ノスフェラトゥ達と共に自滅するでしょう」

「何故、そう断言できるのでしょうか?」


クラリッサの問いに、国塚は人差し指を上に立てて、唇に当てていた。


「それはトップシークレットですわ。お姫様…まぁ、現状の貴方方には不利益に成らない様には致しますが」

「そうか…ならば俺から言わせよう。”太歳たいさい”の招来を防ぐ為に、お前の組織は足止めをするという訳か?」


その言葉に、国塚は少し空気を凍りつかせる殺気を放っていた。


「それは本当にトップシークレットの事ですわ…錦治様。あれは誰にも触れてはいけない…存在してはいけない者ですから」

「図星だったか…まぁ、それ以上には触れない様にしておこう。お前の主とやらも”奴”の出現するかもしれない不安感で、お前を働かせようとしているわけだな」

「…そう言う事にしておきましょう。要するに、制御できない強大な厄神が暴れてしまっては元の子も無いですからね。本やゲームの物語でも、いきなりラスボスが現れてしまっては、物語としては破綻してしまいますから」

「なるほど…次に聞くが…今回のお前の行動は主からの命か?」


そう言い返すと、元の空気に戻した国塚は目を細めてながら、一言言った。


「…違いますわ」

「そうか。最後に一つ…あの”お袋”は生きているか?」

「無論、ご健在で御座いますわ」

「そうか…ならば、お前のその願い。善処はしておこう」

「おおぉ…!ありがとう御座います…」


国塚はそう言いながら…女としては見えない悪魔らしいスマイルをして答えた。

そして、霧の様に塵散して消えていった…


それと同時に、エミーがドッとして冷や汗を噴出して俺の体によろめいて来た。


「な、なんという人でしたか…!?」

「錦治…アイツ、本当に悪魔なんだな」

「ああ。…クラリッサは大丈夫か?」

「問題ありませんわ…前回も彼女はあんな感じで御座いました」


そう返していたクラリッサであったが、その彼女からも手袋から滲み出る手汗を俺は見逃さなかった。

今回のアイツで、油断は出来ない存在であると認識したのだろう。

そう考えていたら、冴子は寄り添う様にして聞いてきた。


「なぁ…錦治。アイツの願いとやら、答えてやるつもりか?」

「…完全に聞く必要は無いが、考えておかねばな」


そう言いながら、俺はすっかり冷めた紅茶を飲み干していった…


敵は、他の厄神や『王』の素質を持つ者達や各国だけではないと…






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