第7話 吸血鬼の残念優男
紅衣の森から三日ぐらいが経過…
今度は南に下って歩き、俺達が旅団と共に最初に渡った川まで辿り着いた。
「改めてみると、この川は対岸までが長いな」
「船を使ってもかなりの距離があるからな」
「そういえば、お二方や他の方も含めて、始めて異世界入りした場所がこの先であるのですね?」
「そうなるな。まぁ、今回は川を渡るのはやめておくが」
「そうだな。というか、エミーは流水は大丈夫なのか?吸血鬼は川を渡るのは、苦手だと聞くんだけど」
「幾らなんでも、空を飛べば渡れますよー。ただ、泳ぐのだけは無理ですが…」
そう言って落ち込むエミーを、俺は肩を叩いていた。
とりあえずは西側が下流になっているので、俺達は川沿いの上流を目指す形、進む事にした。
が、その時である。
その川沿いの付近にある村の上空に、無数の蝙蝠が飛んでいるのを俺達が目撃し、蝙蝠達が村の大きな屋敷の中へと消えていくのを見てしまった。
「…あの蝙蝠の動き、どう考えても不自然だったよな?」
「ああ。吸血鬼族の眷属化しているな。エミー、心当たりがあるか?」
俺がそう問いかけると、エミーは顔を横に振って答えてきた。
「分かりません。恐らくは別の氏族崩れか、はぐれ吸血鬼の可能性もあります。むしろ、魔力の探知を致しますと…村の住民を眷族にして制圧してる可能性がありますね」
「なるほど…強硬派の連中かもしれないと」
「はい。反乱した吸血鬼族の中には、もう一度力つけて悪魔国へと復讐する者が少なからず居ますからね」
「そうか。だが、ここは亜人国家となりつつあると同時に、人間にも対等に扱い、調停の平穏を作る事を目指すのだからな。その国の住民を勝手に手駒にしようとする者には、成敗をしておこう」
「ああ、それなら私も手伝うぜ。錦治」
「私もお手伝いさせて頂きます。もしかしたら、知り合いが暴走するのを止めに入るのも、同胞としての役目ですし」
冴子とエミーはそう言いながら、お互いの獲物である剣を構えながら、俺は拳を唸らせて、村の中へと入っていた。
と、意気込んで入っていったのだが…
「はぁーい♪愛しのハニーちゃーん♪今日も元気かねー?」
『はぁーい♪』
一人の金髪の吸血鬼青年が、白髪の吸血鬼の女性達を家の中で侍らせて、イチャついていただけであった…
しかも、女性達の年齢からすれば、30過ぎたあたりの色気たっぷりになって…
というより、もうじき油がのってマダムになるぐらいの境目の歳見た目であった。
無論、その光景を見た俺達全員ずっこけた。
「な、何なんだ…こいつ」
「というより、なんで自分よりも年上の女性しかいないんだよ…」
「思い出しました…彼はヘルツ。吸血鬼族ストリゴイと呼ばれるヴァンパイアの上位種です」
「ヴァンパイアにも、やはり種族ランクがあったのか…」
「申し訳ないですが…コレでもヴァンパイアは吸血鬼族でも一番最下位です…」
そう言って落ち込むエミーを、冴子が呆れながら肩を叩いていた。
…正直に言えば、ただの好色青年しか見えないからな。
「ん?トロールにオーガ…しかも異世界からの転生人だね。それと…まさかの落ちこぼれのエミーではないか。ついに亜人達の配下になるとはね」
『ヘルツ様ぁー?この野良吸血鬼は?』
「彼女は吸血鬼の氏族でも役立たずの屑牙さ。僕の相手にもならないぐらいに弱いヴァンパイアだよ。ハニーたt」
その瞬間、俺は奴らの後ろの壁を、どす黒い魔力の塊を投げつけて破壊して、風通し良くしてやった。
すると、奴ら全員は一瞬にして呆けて、呆然と眺めていた。
「…全く、俺の女にケチを付けてくれるとは、見掛け倒しの優男だな」
「相変わらず、自分の身内に貶されると手が早いな。錦治」
そんな俺の行動に、冴子は呆れながら眺めて物を言ってきた。
まぁ、その指摘には否定はしないがな。
「な…あんなの当たったら死んじゃうでしょ!?」
「いや、殺す積もりで放ったんだが?」
「いやいやいやいやいや!?いくらなんでも不意打ちは卑怯でしょ!?」
「生憎だが、俺は卑怯が売りなんで」
そんな俺の啖呵切りに、エミーは唖然と見ていたが…さり気に声を掛けてきた。
「あのぉ…錦治様。流石にやり過ぎでは?」
「そうか?これから全員纏めてボコろうかと思っていたが…」
「あっ、錦治の元の世界であった伝説の一つ『鬼潰し』の癖が出たわ…」
「『鬼潰し』って何ですか!?」
「んーと…、元の世界での一年前に、私ら学生だった六人と共に歩いてた時に、不良系ナンパ男が集団で私らに声をかけた時に、錦治が追い払おうとしたらさ。そいつらが血走って襲い掛かってきたが…全員人間だった錦治の拳で血祭りにされた挙句に、男全員の金玉を踏み潰した事から、学生の間で『鬼潰し伝説』と語られるようになったんだよね」
「…もしかして、魔力や武器なしでですか?」
「そっ。しかも、途中から私も参加したからね」
「…あの出来事の話は止めてくれ。正直、血走ってやらかした騒動なんだから」
俺は冴子に苦言を差しながら、目の前の優男吸血鬼に睨みつけていた。
無論、そんな話を聞いてしまったのか、優男は股間を手で守って震えて泣いて、取り巻きの女吸血鬼達も優男の股間を守る様に庇っていた。
「…とりあえず、エミーに謝れば許してやる」
「は、はい…!!」
余りにも情けなく泣く男に俺は呆れながらも、男がエミーに謝るまでは気を緩め無かった…
あの後、エミーに謝罪した優男のヘルツとやらと、取り巻きの女吸血鬼達を含めて全員正座した後に話を聞いていく事にしたら、大体の流れが分かった。
このヘルツという男、あのエミーが居た屋敷から出た後に一人で彷徨ってたが、偶然立ち寄ったこの村に眷族を増やそうとしたんだが…
見事に若い娘や男達は吸血鬼となった瞬間にヘルツをビンタやパンチでボコり、そのまま何処かに飛び去ってしまったとか…
して、唯一残った老婆達を自暴自棄になって眷属化してみたら、見事に若返り。
そして、若返った彼女達はヘルツを崇拝して眷族兼妻となったとか…
ちなみに、今のエミーの話は、先ほどの彼からの口から出なければ知らないとか言っていた事から、俺達が来るまではずっとイチャついていただけだったとか。
「…なるほどな。だが、それは報復受けてお互い様だろ」
「はい。おっしゃるとおりです…」
「はぁ…まぁ、今回はお咎めなしにしよう。むしろ、次に…」
「だ、大丈夫で御座います!!むしろ、貴方様に従えさせてください!!」
『わ、私達からもお願いいたします!』
そう言って頭を下げてきた心が折れた吸血鬼達に、俺は頭を掻きながら考えた。
まぁ、成り行きで家を壊したしな…
「悪いけど、旅をしてるから大人数にしたくはないし…そうだ。王都に行く事を進めてやろうか?」
「えっ?あの人間至上主義の都市にですか?」
「政権交代したから、今じゃあ平等的になってる。あと、吸血鬼族全体が難民に成ってる事ぐらいは、エミーから教えて貰ってる。居住許可証と仕事の斡旋状を書いてやるなら出来るぞ」
「お願いします!無職でプラプラと出るのは辛いんです!!」
「…今まで彼女達に何を食わせてたんだ?」
「錦治様、吸血鬼族は主の血と精があれば生きていけるんです…」
「…して、その主は余所で生き物の血を吸って補填していたと?」
「もう…野性のイノブタの血を啜って惨めに生きるのは嫌なんですよ…」
流石のヘルツの言葉に、エミーは同情の眼差しをしてみていた…
あんまりにも哀れなこの男に、とりあえずはギルバートさんに頼む形で許可証と斡旋状を無言で書いていった…
とりあえずは、文官的な仕事は出来ると言っていたので、ヘルツ達吸血鬼全員を纏めた書類を渡して、王都に向かう様に指示しておいた。
「あと、今の所は悪さはするなよ。下手すると国内の吸血鬼族がやばくなるから」
「は、はい!分かりました!!」
そう言って眷族の彼女達と共に翼を広げて飛んで行った優男吸血鬼を見送った。
同時に、溜息しながら残った残骸の家にあるソファーに座った。
「…エミー」
「なんですか?錦治様」
「吸血鬼って、一度プライドが潰れるとあんな感じなのか?」
「…少なくとも、吸血鬼族の下層種族はあんな感じになります」
「そうか…冴子」
「ん?どうしたんだ?」
「今日はエミーの頭を撫でてやってくれ…」
「ああ…」
そう言いながら、俺と冴子は二人でエミーを頭を撫でていた…
やはり、階級社会が強い種族ほど、泣ける物があるな…
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